第20話 狭くてキツキツな時間
「ちょっ――と!! 強すぎなんだけど!?」
「そんなこと言われても俺はもうこれ以上……くっ、くぅぅ……」
「絶対わざとだろ? 陽斗め~……」
「ちげー!」
何故だ、何故こんなよく分からない状況を作り出してしまったんだ。
◇
夏休み期間中の短期アルバイトがもうすぐ終わりを迎える、そんな最終日。俺と亜南は、いつものようにそれぞれの役割を果たすため、自分の持ち場について頑張っていた。
フロントの亜南は交代時間まで動けないのはいつも通りで、俺は姫野と同じ裏方の仕事を任される――といった具合に、ほとんど顔を合わせることが無く快適なバイト日和を過ごして来た。
そんなバイト最終日。
普段は関わることのない他の女子と片付けの仕事をしていた時のことだ。
いつものように姫野の指示を仰ぎ倉庫で作業をしていると、一緒にやっていた女子がいなくなっていたことに気づいた。
「え?」
二人一組でそれほど広くも無い倉庫で箱を移動したりするだけの単純作業中に、何故か勝手にいなくなっていた。
基本的に裏方の作業は姫野が最初に指示を出すのが決まりになっていて、休けいなんかも姫野が声をかけなければ、勝手に取れないことになっている。
それなのに気付いたらぼっちで作業してたとか、笑えない状況だ。狭い倉庫での作業は、どうしても女子じゃないと入って行けない隙間がある。それなのに俺だけにするとか、これは一体何の罠なのか。
「そこのぼっち男子! サボるな!」
照明が切れかかる倉庫でとりあえず作業を続けていると、人を小馬鹿にしたような声で存在を示して来た奴が現れた。
「サボってねーよ! ってか、何の用で来たんだよ? 亜南」
「仕事ですけど、何か?」
亜南はかがんで箱を持ち上げる俺を見ながら、ふんぞり返りながら偉そうに言い放った。仕事なのは分かってるが、まさかペアになってた女子を買収でもしたのか?
「お前があの子を?」
「あの子……ペアの女子のことなら交代させたけど?」
「俺の知らないところで勝手にすんなよそんなこと……姫野に何て言えばいいんだよ」
「佐紀ちゃんにお願いしてたから問題無いけど?」
ああ、そうだった。こいつにとって姫野は強い味方だったな。俺には内緒にして何気ない顔で指示をしてくるとか、とんでもない奴だ。
「で?」
「――で、ウチは何をするの?」
「……」
「何さ?」
「何にも聞いて無くて来たとか、本当にいい加減だな」
どうせ重い箱やら何やらは俺が全部運ぶことになるんだろうが、そうなるとこいつが出来ることといえば、隙間の通路を使って小物を持ってもらうことしか出来ない。
「言っとくけど、ウチの力は陽斗より上だし! さっきから大げさに箱なんか持ってバカなんじゃないの?」
「バカって言うな! 普通に神経使って慎重に運んでるんだぞ? 俺の方はともかく、隙間を通ることになるのにスカートって何だよ? そっちこそおかしいんじゃねーの?」
「そう言うけどフロントの時は浴衣だし、浴衣で倉庫出来ないじゃんか! だから動きやすいスカートで来たのに生意気じゃない?」
駄目だ。こいつに口答えで勝負しても意味がない。とにかくスカートだろうが何だろうが、やることはやってもらう。
「……じゃあ、動きやすいその格好でこのパーテーションポールを奥に持って行ってくれ」
「余裕なんだけどー」
「へいへい、とにかくここにある奴、全部な」
「奥って、棚と壁の隙間からしか行けそうに無いんだけど?」
「そうだけど? 余裕なんだろ?」
俺の言葉に亜南は耳まで真っ赤にさせて、怒りながら数本ずつポールを運び始めた。思った以上に狭い隙間を通ることにムカついて仕方が無いようだ。
「ふざけんな! ポール重いのに、女子の方がつらみって何さ!!」
「俺だとギリギリだからな。女子の方が線が細いんだから適任だろ。ポールが重いのは俺のせいじゃないぞ」
いくら力が強いといっても、体を反りながらの隙間歩きは想像以上にきつい。それなのに亜南は俺に見せつけるようにして数本のポールを手にしているのだからタチが悪い。
いつもペアになっていた女子は時間こそかかるが、一本ずつ運んでいた。そう考えれば、悪いのは亜南ということになる。
「陽斗~……お願い、手伝って」
――と、結局甘えた声で手伝いを強制されたわけだが。
「せ、狭すぎ……何で俺まで……」
「仕方ないだろー! ウチが向こう側に運ばないと終わらないんだから。陽斗は黙ってポールをウチに手渡しするだけでいいし」
亜南の提案は隙間通路の向こう側で受け渡しをするから、途中まで運べという理不尽な要求だった。
「そう言ってもお前、その位置はおかしくないか? 俺が運ぶ距離の方が多くないか? しかもよりにもよって幅が極端に狭いところで待ってるとか……くっ」
「ウチだってキツキツなの! だからとっとと運べー!」
「もう少し俺がいる方に近づけってば!」
「あーはいはい」
そんな感じで隙間通路で作業していたら、亜南と壁と俺とで挟み込む図が出来上がっていた。
「何でこうなった? 俺はこれ以上奥に行けないのに……」
「うるさい、黙ってろ! ウチが少しずつ動くから、動くなよ?」
「……痛ってぇ。足踏んでるっての!」
「ばかっ! それはこっちのセリフ。陽斗の足、強すぎだし。密着しすぎだばか!」
くそぅ、人をばかばかと。
それにしても二人で何を遊んでいるんだろうかと茶化されそうな体勢だ。
「大丈夫、亜南の胸とかに何の感触も得られてないから!」
「バカ野郎!!」
「痛っ!? 押すなっての!」
何でこんな狭苦しい場所でこんなにも無駄な時間を使っているんだろうか。
何とか少しずつお互いの体をずらしながら脱出をはかっていると、
「二人して何やってるの? 倉庫でそういう行為はどうかと思うけど?」
俺と亜南が奮闘している中、聞こえて来たのは姫野の冷めた声だった。
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