第19話 ガチなんで 

「えー? まだ買うのか?」

「つべこべ言わない!! 陽斗は荷物持ち。ウチはそれ以外すべてなんだぞ? ぜいたく言う分際じゃないよね? ねぇ?」

「……そ、そのとおりだけど」

「それならつべこべ言わずに追加のカゴを持ってこい!」


 ――などと、亜南の荷物持ちと化した俺である。


 何故こんなことになったのかというと、俺がデートすると言ったからだ。しかし直後に駆り出されたところは、近所にある業務用スーパー。


 その辺の公園やカフェなどではなく、所帯じみた場所に来ている。


「持って来た」

「じゃあいっぱいになった方を持ってそのまま待機! ウチは空っぽのカゴに食材を入れてくる」

「わ、分かった」


 亜南いわく「陽斗のお金と胃袋はウチが管理する! だからママさんが帰って来るまで荷物持ちな! 異論は認めないからそのつもりでいるように」ということだった。


 バイトがある日の昼は強制弁当だからまだいいとしても、朝と夜はありがたいことに亜南の手料理が必ず振る舞われるという、いいのか悪いのかという状況だ。


 問題なのはバイト以外で亜南といる時間が大幅に増えたことで、俺に自由が利かなくなったことにある。夏休み中に新たな彼女を見つけて付き合うのは、もはや至難の業となった。


 それも業務用スーパーでカゴいっぱいの買い物って――普通じゃない。願わくば好意を持つ女子に目撃されないことを祈るしかないな。


「あれっ? すめらぎくんじゃない?」

「うっ――その声は、待田さん……?」

「背後なのによく分かったね! 当たりです」


 やや重量のあるカゴを両手で持つ俺の背後から声をかけて来たのは、タワマンに興味があって俺の家の前まで来てくれたポニテの部活女子だった。


 もっともあの時はどこからともなく感じた亜南の視線と妙な気配で、あっさり逃げられてしまったわけだが。


 まさかこんな所で声をかけられるとは思ってもみなかった。もう俺のことなんて気にしてないとばかり。


「待田さん、ここで何を?」

「スーパーに来たら買い物しかないじゃないですかー?」

「だよねぇ……はは」


 何をアホなことを言ってるんだ俺は。


「そういう皇くんも、買い出し?」


 正面に回ってきた待田さんは体を揺らして、俺が持つカゴの中を覗き込んでいる。


「そんなところかな」

「ふぅん。何だかカゴいっぱい入っててまるで合宿っぽいけど、部活してないですよね?」


 そう思われても仕方が無いくらいカゴいっぱいだな。買いだめで来たとはいえ、一人で食べるにしては変だと思われても無理も無いか。


「してなくて、これはあの……夏休み中の食糧っていうかね」

「あぁ! なるほどです」

「へ、変じゃないかな?」

「全然! 皇くんって運動してなくても筋肉ついてるぽいし、筋トレしてるよね? だったらそれくらい食べるかなって」


 まさか待田さんに声をかけられた上に、こんなに会話することになるとは。あの時逃げられた時点でもう近付いて来ないものとばかり。


「え、えーと、待田さん部活は?」

「今は暑いじゃないですかー。だから朝練した後は自主練する期間なんですよ」

「なるほど……」

「……なので、皇くん」

「うん?」


 何やら俺のことを見てくるが、何か用でもあるのだろうか。


「一緒に運動しません?」

「――えっ!? お、俺と?」


 これは驚きだ。てっきり俺にはもう何の脈も無いと思っていたのに。


「な、何で? 俺の家で逃げ……怖くなって帰ったのに?」

「あぁ、あれは~……」

「あれは?」

「皇くんの後ろにいる彼女に睨まれたことが後で分かったからなんですよ。ですよね、空上さん?」

「へ? 空上……!?」


 まさかと思うが、亜南が俺の後ろにいるというのか?

 それに気づいていて挑発とか、一体どういうつもりが……。


「どうも、空上です。スーパーで逆ナン? 待田ゆかりさん」


 まさしく本物の亜南だ。しかも亜南によって待田さんの下の名前を知ることになるとは。


「逆ナン……そんなところです。空上さん、皇くんとは?」

「幼馴染ですけど、何か?」

「幼馴染だから一緒に買い物に! なるほど。じゃあ大丈夫っぽいですね」


 何か分からないが鳥肌が立つのは何でだろう。


「……陽斗。そのカゴをカートに置いて」

「あ、うん」


 何やらピリピリしてるな。


「で、待田さんはどういうつもりで陽斗に?」

「え? 同級生の男の子と話をすることの何が駄目なんですか?」

「変な勘違いをさせるつもりがないなら、コレにちょっかいを出さないでくれるとありがたいんだけど?」


 俺をコレ呼ばわりとか相変わらず酷い。

 

 しかしこの会話の感じ。まるで待田さんが俺に好意を持ってくれているようではないだろうか。


「人聞きの悪いことを言うんですね。そういう幼馴染の空上さんこそ、彼をどういうつもりで?」


 待田さんの質問に対し、亜南は俺を睨んでいる。

 直後、


「ウチにとってもガチなんで! 余計な真似はしないでくれる?」

「ふぅん? まぁいいですけど、今になってガチになっても気付いてもらえるんですか?」

「気付かせるし! 突発的に出てきてちょっかい出してもらっても、マジで迷惑!」

「……じゃあ、こっちもでいかせてもらいますね」

「――!」


 ――などと何やらバトルが始まりそうな雰囲気だ。

 しかし俺に声をかけ、運動に誘ってきた待田さんはすぐにこの場から離れた。


 一体何が起きたのか。


「陽斗!」

「な、何?」

「後は会計するだけだから、カートを押してくれる? ウチも一緒について行くから」

「わ、分かった」

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