第18話 幼馴染ちゃんねる 後編

「…………何だ」


 ただの至って普通過ぎる幼馴染同士がイチャイチャしてるだけの動画じゃないか。こんなのを何故亜南と一緒に見なきゃならないんだ。


 そう思っている俺を見ながら、


「この二人、よくない? すごい仲いいよね」


 亜南は何故か嬉しそうに同意を求めながら俺に肩をぶつけてくる。

 もしやこれがスキンシップの始まりなのか?


「そりゃ公開動画だし仲よく見せるだろ……」


 本当に幼馴染かどうかはともかくとしても、何でこんなありふれた動画を見せられているのか。俺の疑問とは別に、亜南は羨ましそうな表情で見ている。


「分かってないなぁ。そういうくだらない考えで見る動画じゃなくて、幼馴染とはこうあるべきだー! って教えてくれてるちゃんねるなんだよ。嘘でも何でも、この二人は楽しそうにしてる。そういうのって必要だと思うんだよ」


 要は必読書的な動画であって、俺とのよく分かんない関係を同じようにしたいって事だろ多分。


 しかし意味が分からん。これを見たからといって、俺と亜南に何の関係が……。


「というかさ。陽斗はると、ウチとこんだけ近いのにちっとも楽しそうじゃないじゃん! 嬉しそうにしたことないじゃん! それってヒドイと思うんだ……」


 急に何を言うかと思えば、亜南の奴が珍しく寂しそうな顔をしている。

 

 至近距離に亜南の顔があってただでさえ妙な緊張が走りそうなのに、こいつに何を言えば解決するのか見当がつかない。


 何かを言えばいいんだろうけどな。

 それでも特に浮かばず、俺は思わずため息をついた。


「フゥー……」

「……ちょっ、息を吹きかけるのやめてくれる?」

「仕方無いだろ。お前の顔が近すぎるんだから」


 すぐ目の前に亜南の顔。

 そんな状況でまともに息も吐けないとか何かの試練なのか。


 それに文句を言ったかと思えば俺をじっと見つめてくるとか反則だろ。

 この状況で俺がやれることといえば。


 さっき見た動画の中で、男がやっていた動きをそのまま実践してみることにした。


 お互いがベッドで横になっていることもあって、あまりに顔が近くお互いの手も自由に動かせる状態――ということで、俺は亜南の頭に手を置いて撫でることにした。

 

 撫でたついでに頭を鷲掴みにして、ヘッドロックのお返しをしてやる。


「……これだな?」

「――っ!」

「よーしよしよしよし……」


 これが正解だったか?

 

 ほとんど触れたことが無い亜南の頭に手を置いて、何度も左右に動かし次第に円を描くようにしながら手の位置を少しずつ首元に近づける。


「にゃろぅ……」

「ん?」


 そこから押さえつけることが出来れば、俺なりのヘッドロックが完成するはず。

 ――という予定で、指先が亜南の首すじに触れた、まさにその時だった。


「ひゃんっ……! て、てめぇ、んにゃろ、こんにゃろう!!」

「うっ!?」

「この変態野郎!! 頭を撫で回すのはフェイクで、実はその手でウチの胸に突っ込むつもりだっただろ! ……っざっけんな!!」

「うえええ!?」


 ヘッドロック完成のつもりが何故に亜南の脇を通って胸に進んだ?

 俺の意思とは別な意思が働いたとか、シャレにならないんだが。


「ご、誤解だ。間違っても亜南をどうこうしようってのは無くて――」

「じゃあその手で頭を撫で回したのは何だ?」

「だから、動画の真似っていうか……」


 フィクションでも何でも、仲睦まじい様子の幼馴染を見せられた以上はそれを信じて行動するしかないわけで。


「真似ぇ? ……じゃあウチをどうこうするってつもりじゃないわけか?」

「よ、喜ぶかなと思って」

「頭を撫でられたら喜ぶ女子ばかりだと思うなよこの野郎!」

「で、ですね」

「少しは期待したのに、陽斗ごときに裏切られるとかショックなんだけど、責任取れこんにゃろう!」


 何を期待されていたのか分からないけど、いい雰囲気でそのままベッドで――というのは違ったようだ。もちろん俺の手が勝手に動いたに過ぎないけど。


 これの責任と言われても全く思いつかない。

 

 しかしベッドの上でどうこうではなく、多分他の女子と似たことをすれば機嫌を直してくれそうな気がする。


「じゃ、じゃあ、亜南」

「……その前に、ベッドから離れろこんにゃろう!」

「あー」


 意外にもといったらブチ切れられそうだが、亜南はどうやら求めてないようだ。


 亜南の言うとおりベッドから立ち上がって亜南を見つめながら、


「デ、デートだよな?」

「は? 何でウチが聞かれてるわけ? 陽斗が上から言うのも謎なんだけど」


 立ち上がった俺はベッドのすぐそばに立っている。俺に対し、亜南は寝転がったまま動かない。亜南を見下ろしているのはさすがに仕方が無いと思うが。


 おそらく姿勢の問題ではなく、言い方の問題だろうな。

 というわけで、


「俺とデートをしてください」

「……望むところだし。最初からそう言えっての!」

「……」


 俺の丁寧な誘いに、亜南はすっかり機嫌を良くしたようだ。

 

 それにしても胸に触れてもいないのに、首すじのそれも肌に触れただけであんなに切れられるなんて、大胆にしているようで実は相当厳しいタイプなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る