第16話 入る?入れない?

 朝と夜、毎日のように亜南あなみが作る料理を食べさせられて一週間が経った。バイト以外、常に亜南の監視下にあり自由に出かけられなくなっている。


 そうなった原因は、俺が奴に鍵を渡したところから始まった。


 親が長期留守にするのに加え、預かった資金だけではひもじい思いをするのが決定的だったのが、奴の何かに火をつけたらしい。


 今まで亜南はおひとりさまで満足し、自分の家から全く出て来なかった。


 それなのに、夏休みに入った途端に抑圧されたものから解放されたように動き始めたのだから、こっちとしてはたまったものじゃない。


 しかも今日は貴重な休み。昼にバイトが無いのに何故こいつといなきゃいけないのか。


陽斗はると、まだ?」

「――くっ。こんな朝から大盛の丼物なんて早食い出来るわけねーだろ……」

「情けない奴だよね、君。ウチなんかぺろっといけちゃうのにさー」


 嘘つけ……チェーン店でも見たことが無いくらいご飯を盛りやがって。元々朝は適当に済ませていたし、食べなくても問題無い生活を送っていた。


 それがどういうわけか、亜南はきっちりと大量に食べさせようとしてくるからタチが悪い。


「……俺を肥えさせてどうするつもりだ?」

「朝は多めに食べても動くから太らないよ? 昼のバイトで結構動くじゃん? 最初は待機ばっかだったみたいだけど、今は佐紀ちゃんと一緒に動いてるって聞いてるしすぐ消費するでしょ!」

「バイトがある日はそれでいいけどな……でも今日は大盛じゃないだろ」


 だがこいつは夜もそこそこ大量に作るクセがある。朝は大盛、夜は多めのご飯とともに、何故か俺を教育するようになった。


「バイトがあっても無くても同じ量食べても問題なくない? 動けば肥えないわけだし」

「よく言うよ……じゃあ夜の言い訳は? 夜は食べた後にお前、自分の家に帰るじゃねーかよ!」

「あ、もしかして寂しい? 陽斗も一人だけの時間が欲しいだろうし、一人じゃないと出来ないことをするのかなぁと思ってるからこその遠慮だったんだけどなー」

「それはお前だろ? どうせ俺のいない時にヤバそうなASMRでも聴いてんだろ」

「聴きたいなら陽斗にも聞かせよっか?」


 否定しないとか、駄目だこいつ。


「いらねーし。俺はお前と違って真面目なんだよ」

「へぇ? 真面目な男子がバイト先の女子を見るたびに声をかけるんだ?」

「話しかけられただけで声なんかかけてないけどな」


 亜南の他、基本的に女子の仕事はフロントや案内係といった接客がメイン。とはいえ、暇な時間が長かったりするので女子も軽い荷物を持ったりすることが増えた。


 短期間で短時間ながらも、色々と任されたりして結構大変だったりする。そんな中、亜南が言うように声をかけてくる女子もちょこちょこ出て来た。


 フロントにいるとそういう行動も取れないせいもあって、俺にこんなことを言うようになった。


「で、好きな女子はいた?」

「そういうのじゃないし、バイトでそんな関係にならないだろ……」

「や、普通にあるし。むしろ夏休み中に彼氏出来るのって、バイトとかイベントとかで出来るのが多いし。だからって初日に告る男子は問題外だったけど」


 バイト初日によりにもよって亜南に告白した俺のダチ、律は数日経ってからやめてしまった。元々の目当てが亜南だったらしく、初日に告ったのが気まずくなったのが理由らしい。


「それはもう許してやれよ……」

「それはどうでもいいんだけど、陽斗はどうしたいと思ってるの? まだ誰かと付き合いたいとかほざく?」

「そりゃ付き合いたいに決まってるだろ。俺の家……部屋に誰も呼べたこと無いし」

「部屋に入れてナニをしようとしてるんだろうね?」

「話をして仲良くする……」


 実のところ、俺の家に上がり込んでる亜南でさえ俺の部屋には入ったことが無い。家はともかく部屋は完全な個人空間。あれこれ見られたり触られるのが嫌だからというのもある。


「お話をするだけ? それならもういるのにね?」

「はぁ?」


 俺の首傾げに亜南は自信満々に自分を指している。


「ははは、お前じゃ緊張感なんか生まれないな」

「ムカー!」


 いつも近い距離にいて憎まれ口を叩く仲な奴だと、どうしても緊張する感じにはならない。しかし他の見知らぬ女子だと家に呼ぶのも緊張するし、興奮状態になってしまう。


 だがこいつではそういうことになりそうもない。料理の腕やらバイトでの動きは大したものがあるが、他の女子と違って驚きがないというかなんというか。


「俺の部屋もそうだけど、亜南だって俺を家の中に入れたことがないだろ? それと同じだな」

「…………こんにゃろう」

「ん?」


 小声でよく聞こえ無かったが、握りこぶしを作りつつも何もして来ない所を見ればどうやら反撃もここまでのようだ。


「じゃあ入れろよ?」

「どこへ?」

「陽斗の部屋にウチを入れろ!! そしたら絶対何か変わる!」

「お前を? 嫌だよ。何でそうなるんだよ」

「他の女子だと緊張して興奮してサカリのついたバカになるのに、ウチじゃそうならないっていうなら、陽斗の部屋に入れてみればいいじゃん!」


 なんでまた余計なことを放つんだこいつは。何でこんなくだらないことで朝から張り合わなきゃいけないんだ。


「……そこまで言うなら入れてやるよ! 何も変わらないのは明らかだからな!」

「うんうん、とりあえずご飯を食べてからにしてね?」

「くっ……」

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