第15話 甘々な時間と味?

陽斗はるとーオカズは何がいーい?」

「んー……何って言われてもすぐには思い浮かば……」


 亜南に鍵を預けたことにより、少なくとも親のいない夏休み期間中は、朝ご飯と夜ご飯の心配が無くなった。


 昼はバイトがあるうえ弁当がもらえることもあり、その意味でもお金が減る心配が消えた。


 そして今、亜南が俺の家のキッチンでご飯を作っている。何を作ってくれるかは不明だが、どうやら甘いものを作るらしい。


 声だけのやり取りで俺に注文を聞いてきたかと思えば、不意打ちのように顔を見せて、


「ウチのことをオカズにハーハー言うのは禁止な!」


 ――などとアホなことを言ってくるからタチが悪い。


「――っ、バカじゃねーの? 亜南なんかで欲情とかあり得ねー」


 完全にからかわれているのは分かっているのに、俺自身の突っ込みにも鋭さがついた気がする。バイト先での光景を見てるだけに妙に気になっているのが腹立たしい。


 しばらくして。


「ほい、お待たせ!」

「……おま、これ――おかずじゃなくて……」

「うんうん。好きだろ? チョコクレープ」

「この野郎――」

「野郎じゃありませーん! 残念でしたー」


 何で俺の家にいるのに負けてる気分になるのか。


「本当にこれか……?」

「うん。そうだよ。だって甘いものがいいって言ったじゃん」

「言った。言ったけどこれは違くねー? おかずじゃねーし、スィーツじゃねえかよ! しかも味噌汁とパンとクレープは……いじめか?」


 朝の不法侵入もとい合鍵で入って来た亜南が作っていたのは、辛みのある肉だった。舌が今でもピリピリしていることもあって、せめて夜は甘い料理を――という希望を出したのにまさかのスィーツとかあんまりすぎる。


「あのねぇ……何を食べたいのかはっきり言わないと分かるわけ無いじゃん! ウチは隣の家で暮らす可愛いだけの幼馴染なんだよ? 隣の家に住む変態幼馴染の好みなんか知るわけ無いじゃん!!」

「…………言い過ぎだ」


 どさくさ紛れで好き勝手に言う奴だ。自分のことをそこまで言えるのはある意味すごいな。


「悪かった。明日から気をつけるから、ちゃんと作ってある甘い料理を出してくれ」

「は? 無いけど?」

「――無い? まさか真面目にこれが今夜のご飯?」

「うん。大真面目。だって、ウチは普通に夜クレープだったし。パンと味噌汁とか変でも何でもなくない?」


 こいつが普段から何を食べていたのかなんて知るはずも無く、そう言われてしまうともはや何も言えない。そうなると俺が屈するしかなくなる。


「くそぅ……じゃあ明日の朝はパンとコーヒーな!」


 面倒だが毎朝と夜に食べたいものを言っておくしかなさそうだ。


「あ、無理。食材無いから」

「マジかよ……」


 全てにおいて期待出来ない答えばかり返して来やがる。


「明日一緒に買い物行って欲しいんだけど、行くよね?」

「いつ?」

「もちろん、バイトが終わってからだから夜。荷物持ちよろしくね!」


 俺の食事が確保されるならそれくらい許すしかない。


「じゃ、口を開けてくれる? というか、開けろ!」

「……今度は何をするつもりだ?」


 クレープはすでに亜南が持つフォークに刺さっていて、その行き先を待っている。要するに俺が食べるのは確定事項というわけだ。


 さすがに味噌汁とパンは自分で食べれるとしても、クレープは強制的に食わせるらしい。


「はい、あーん……」

「あー……」


 おこちゃま扱いされてるが、今は気にしたら負ける。


「! 美味い! これ、亜南が?」

「どうだ! 参ったか! 元々料理するの好きだから覚えるし、ひとりが多いからこれくらい楽勝だし。ウチに惚れ直してくれてもいいんですよ?」

「それは遠慮しとくけど、甘いし美味い」

「……もっと美味しくなるし、少しだけ酸っぱくなる隠し味があるけど使う?」

「そんなのがあるのか? 美味しくなれるんならやってくれ!」


 伊達だてにおひとりさまを堪能してたわけじゃないんだな。見直すというか、亜南に対する考えを改めないと。


「じゃあ、さ。少しじっとしていてくれる?」

「ん? おぉ……このまま顔を止めてればいいの――うっ!?」

「…………」

「……な、ななななななな!?」

「甘かったろ?」


 こいつ、俺に何をした?

 微かどころかかなり大胆に触れて来たその感触はどう考えても――。


「んべっ……さくらんぼを入れてみた。酸っぱかったか? 陽斗」


 あざとさ全開の亜南が舌をべろっと出して、舌の上でさくらんぼだったものを見せる。しかし問題はそれではなく、俺の口の中にそれを押し込んで来たことだ。


「お前何で……」

「そうビビるなよ、童貞くん。実は散々誘いまくって来た割に経験なかったとか受けるんですけどー!」


 付き合っていたようでそこまでじゃなかった。とはいえ、亜南の今の行動はおかしすぎる。ただの幼馴染にこんなことしてくるのかよ。


「悪ぃかよ」

「んー良かったなぁと。だって、今まできたことないわけでしょ? 陽斗のファーストなわけだし」

「お前は初めてじゃないのかよ?」

「さぁね。ま、とりあえずさ、残さず食べてお皿は綺麗に洗っとけよ? 明日チェックするかんな? じゃあ帰るね。おやすー!」


 くそっ、何なんだよあいつ。

 何であんなことを……。

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