第14話 告るダチとの遭遇

 小休止が終わり、俺はまた待機して亜南はフロントに戻って行く。他の女子を見ると、フロントにとどまる女子とひたすら案内するという役割で分かれているらしい。


 そうなると声をかけられそうな女子は、フロントにいる女子よりもお客様案内をしている女子に限られる。


 もっともバイト中にそんな度胸を持った奴はほぼいないし、そもそも姫野が紹介してくれたここの責任者はどういうわけかかなり怖い。いくら何でも声掛けなんて大胆な行動に出ることが出来ないはず。


 そう思っていたのに――


「ねえ、すめらぎくん。ちょっといい?」


 違う学校の女子とおぼしき人に声をかけられた。俺の名前は最初の顔合わせて名乗っているとはいえ、こうして呼ばれることになるとは予想外だ。名前も知らないし名前を聞く時間も無いけど、備品室らしき壁際で何故か俺を手招きしている。


「あっはい。俺っすよね?」

「シッ! こっちに、早く」


 何が何だか分からない状態で隠れるようにして彼女に近づくと、俺を呼んだ彼女の他に別の女子たちも壁際に隠れていて、何かが起きるのをじっと待っている。


「え、何事が?」

「黙って。聞こえないから」

「……は、はぁ」


 俺を手招きで呼んでおきながら黙れとか、一体何を見せられるのか。

 

 文句を言おうと思ったら、備品室の室内にはすでに誰かがいるらしく今から何かが始まるらしい。


 というか、よく見たら部屋の真ん中に立っているのは亜南だった。そして向かい合っているのは――。


「律かよ!?」

「静かに……!」


 戻って来ないと思ったら何で律がここにいて、しかも相手が亜南なのか。あいつが素直にバイトをするわけ無いと思っていたが、やはり亜南が目当てだった。


「オレ、嬉しくて。オレをバイトに誘ってくれたってことは、あの、期待していいってことだよね? いや、期待に応えて頑張るから、だから――」

「……期待はしてます。けど、もう行っていいですか?」

「えっ? あ、うん」


 何だ、すぐ終わった。もしかしなくても律の奴が亜南に告ってたのか。

 備品室がもぬけの殻になり、急に静かになった。


 隠れていた数人の女子がぞろぞろと出てくるが、


「容赦ないね、空上さん」

「だよね。ちょっとチャラ男っぽいけど、いい人っぽいのにキツくない?」

「いつも告られてるからああいう態度なんじゃね?」

「わかるー! それっぽいよね。遊んでそうだしー」

「……」


 隠れて聞いてたのにこの言われようはアレか。亜南は敵が多いらしいな。しかし俺もこういう風に思われてるとしたら気をつけないと。


「皇くん、仕事の邪魔してごめんね。今度何か奢るー」

「あ、どうも」


 意外な場面に遭遇してしまった。しかし律はともかく、亜南がああいう場面をあえて見せるだろうか。今まであいつの告られ武勇伝は何度か聞いたことがある。


 しかし俺はそういう場面に遭遇したことが無い。いくらバイト先だからといっても油断を見せる奴じゃないはずなのに。


 何とも謎な場面を見てしまった。


 そんなこんなでこの日のバイトを終えて家に戻ろうとすると、姫野を含めて気まずくなりそうな意外なメンバーと一緒に帰ることになった。


「姫野もバイトしてるんだよな? どこにいるんだ?」

「……ん、裏」

「ど、どっちの方で?」

「腕も足も出せる方で」

「あぁ……」


 家に帰るだけなのに姫野は男の娘の格好をしている。この場には律がいるせいもあるかもだが、やはり普段はギャルの姿を貫いているらしい。


 今の話を聞く限り、仕事中は裏の方で男子の姿で動いているようだ。


「そこのスケベ野郎! 佐紀ちゃんのこと、いつもそういう目で見てんだろ?」

「見てねーよ! 見るわけねーし」

「どうだか。本っ当に見境ないよね、こいつ。ねえ、律くん」

「そ、そうだね。陽斗ってそういう奴だから、空上さんも気をつけた方がいいよ」


 律の奴がぎこちないな。

 まさかあの時の告白は付き合いたい意味での告白だったのか? 


「……気をつけようかな? 陽斗はウチにも見境なく手を出したり舌を出して来るんだよね、確か」

「出さねーっての!!」


 こいつ絶対わざとだ。律が本気で亜南のことを好きかどうかはともかく、誤解を与えそうなことを言うのはおかしいだろ。


「……相変わらず仲が良くていいな。オレも頑張ろう……陽斗、また明日なー! 空上さんを泣かせるなよマジで! んじゃなー」

「俺が泣かされてるけどな。またな」


 何とも言えない告白場面に遭遇したことで、微妙な空気だった。それにしたってよりにもよって亜南に告白とか冗談にも程があり過ぎる。


「じゃあ、ここで分かれ道だから」

「姫野もサンキューな!」

「……欲情すんならすぐ近くにいる存在ですればいいよ。じゃ」


 おかしなことを言うだけ言って去って行く奴だ。姫野相手に欲情とかアホか。


「ふぅー……疲れたね。陽斗は疲れてないだろうけど」

「疲れてるっての! 何もしない時間が長い方が疲れるんだよ」

「あ、そうなんだ。へぇー」

「その後に片づけとかすれば疲れるに決まってるだろ。ずっと立ちっぱなしのフロントも疲れるだろうけど、疲れ具合が違う!」


 何となく妙な間があるような。そう思ってるのは俺だけだろうか。


「で、感想は?」

「へ?」

「他の女子たちと見てただろ? ウチが告られるところを」


 やっぱりこいつ気付いてやがったな。


「い、いいんじゃねーの? 律はいい奴だし。今まで付き合った女子もいないって言ってたし」

「……ふーん? まぁ、その話はどうでも良くて、夜、何食べたい?」


 見事なスルーだ。自分から聞いといて答えてもくれない。こいつ、一体何を企んでいるんだ。


「夜は……辛くなくて、甘いやつ希望」

「甘いやつね。りょーかい! 陽斗の望むものを出してあげるよ」


 疲れてるし甘い料理で次の日に備えないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る