第13話 真面目だから 

「マジでお前のおかげだわー! マジでサンキューな、陽斗」

「……何の感謝なんだよ?」

「そんなの決まってんだろ。小遣い稼ぎが出来るうえに、目の保養! それと空上を間近で拝めるという素晴らしい毎日にだよ!」


 呆れ顔の俺をよそに、律は目の前を歩く女子たちに興奮しっぱなし状態。さらに亜南がすぐ近くにいることに歓喜してずっとハイテンションをキープしている。


「目の保養って言ったって、ジャージだぞ?」


 俺と律が見ているのは、だだっ広い廊下を行き来する女子たちとカウンター付近にいる女子たちだ。


 カウンターには亜南と数人の女子、それ以外の女子は案内で何度も廊下を行き来しているだけの光景に過ぎない。


「だがそれがいい! 透き通るような素肌がチラ見出来るだけでも十分すぎるぞ!」

「素肌? 見れるにしたってせいぜい腕まくりした部分とか、髪を上げてうなじが見えるくらいだろ……。マニアックすぎるぞ」

「それもいい! とにかく女子と近いところにいて、しかも小遣いが手に入るのは最高だろマジで!」


 興奮気味な律が言う小遣い稼ぎは短期アルバイトのことを言っているわけだが、この話は亜南が俺の家に上がり込んだ朝の話に繋がっている。


 ◆


「何? スーパー銭湯? それって確か郊外の……」

「そう! 佐紀ちゃんが紹介してくれたんだけど、泣いて喜んでいいよ! 普段は絶対出来ないバイトなんだからね?」

「泣かねーし」

「で、陽斗に友達いるじゃん? 何か調子いい男子の……」

「律のことだな」


 奴の推しは亜南だからな。直接話しかけられただけでも有頂天になってるだろうし、断るはずが無い。


「その男子がさ、「やります!」なんて喜んでたんだ。だから一緒に働けると思うよ。良かったね、陽斗」


 律と一緒にバイトかよ。あいつお調子者すぎるからあまり長くいたくないんだけどな。


「律はともかく、姫野も一緒なのか?」

「佐紀ちゃんは紹介者だから陽斗と同じところにはいないと思うよ。寂しいならそう伝えとくけど……」

「いらねー」


 男の娘な姫野が肌を露わにするだけでも野郎には刺激が強すぎる。


「佐紀ちゃんに興奮したら色々とまずいもんねー? ねぇ?」


 こいつ、ずっとそのことをネタに強気な態度を見せる気か。


「というか、他にも男子がいるんだろ?」

「そりゃあ普通にバイトだしいるんじゃない? 女子も数多くいるけど、手を出したら駄目だかんね?」

「出せねーよ! お前俺を何だと思って――」

「ヘタレの童貞くんの割に一歩手前まで行きかけた鬼畜野郎」

「……くっ」


 いつも隣の家から覗き込んでいた亜南にとって、俺は奴として認定されている。だからこそあえてそのバイトを紹介したに違いない。


「まーでも、男子と女子じゃやることが全然違うから、話しかける暇なんて無いかもね」

「亜南は何をやるんだよ?」


 俺がそう聞くと亜南はいたずらっぽく笑って、俺を煽る。


「知りたい……? 知ったら陽斗みたいなおこちゃまは怒りで我を忘れまくるかもよ?」


 おこちゃまはどっちだよ。お前に言われたくないなどと言うのは我慢しとくが。


「隠すことでも無いだろ。バイトなわけだし」

「色んな年代の人に優しく教えて、誘うこと……」

「は? まさかお前……危ないことをやるとかじゃないよな?」

「あはっ、どうかなー?」


 ◆


 ――などと亜南に散々煽られたが、奴はフロントに立っていてきちんと仕事をしている光景が見えている。要は接客なわけで、案内をしたり場所を誘導する――というオチだ。


「いいよなぁ、女子は濡れないし汚れなくてさー」

「仕方ねーだろ。力を使うんだからどう考えても男子の仕事だろ」


 それにしても妙だ。フロントの仕事をしている亜南と目が合うことが何度かあったのに、奴は俺に向けて何もしてきていない。


 片や男子の方は、少しでも暇な時間があればふざけ合ったりしてるというのに。奴にしては珍しいし、やることをやってるのがどうにも怪しすぎる。


「陽斗、ちっと頼まれたからオレ行って来る」

「分かった。俺は待機しとく」

「うい」


 男子の主な仕事は営業時間中にやるというよりも、終了した時が本番。大浴場や、休憩ルームなんかの掃除がメインになる。もちろん裏方メインだけあって、搬入出とかの仕事を言われることあるがいつもじゃないので楽な方だ。


 それに引き換え女子たちは常に客と接しなければならず、体力というより精神が疲れそうな仕事だ。


 そして亜南の言うとおり、顔合わせ紹介の時間以外で他の女子と全く話しかけることが出来ないという状況に陥っている。


 上手いこと抜け出そうにもさぼり扱いにされてしまうし、姫野の紹介ということで一番楽そうな待機という名の仕事を任されているだけに無理は出来ない。


 そんなわずかな小休止の合間に、


「感心感心。陽斗のくせにきちんと守ってんじゃん?」


 交代して抜け出して来た亜南が声をかけてくる。


「そりゃあ待機するのも仕事だからな。そういうお前もお前のくせにすげー真面目に仕事してるな」

「……だって、ウチはいつだって真面目だから。そういう陽斗は真面目に考えられないのかな? んー?」


 斜め下から見つめてくるこいつの態度は不真面目そのものだが、今の発言は何かの含みがあるような気がする。


「俺だって真面目だけどな」

「ふーん? じゃあ、様子を見せてもらうからね? それ次第でウチも本気出させてもらうし」

「何言ってるか分からんけど、出せばいいんじゃねーの?」

「うん、そうする」

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