第5話 陰キャギャルの罠

「じゃあ改めて紹介するけど、この子は姫野ひめの佐紀さきちゃん!」


 亜南に家の鍵を預けるつもりが何故か強引に奪われ、不安なまま放課後になった。そして放課後になり、亜南の言うとおり見た目がギャルの子の名前をようやく紹介された。


 しかし何故か亜南の口から聞かされ、当の本人からは一切紹介がされることはなかった。ということで、やはり中身は超大人しい子だという結論に至る。


 姫野は長い黒髪に金髪メッシュを入れていて、見た目は派手な感じだ。体型も細身なのに手足も細くて、かなり華奢な部類に入る。


 彼女と比べると亜南は――


「あ? ウチと佐紀ちゃんを見比べるのやめてくんない?」

「見てねーよ」

「バレバレなんだよ! スケベ野郎が!」

「見てるだけで何でそこまで言われなきゃいけないんだ……」


 仮に姫野というギャルを俺に紹介しようとする割に、亜南の態度がいつもと変わらないのは何故なのか。いくら無口ギャルでもあんまりすぎないか。


「というか、2年で見たこと無いけど姫野も同じ学年?」

「下」

「え、そうなのか。じゃあ1年?」

「……」


 俺の言葉に姫野は頷くだけで返事が無い。


 年下なのはいいとして、ギャルに反して実は陰キャだったりするのだろうか。それとも、少し声が低いのを気にして話したくないのかもしれない。


 そうだとしても、何で俺に紹介するのか。

 

「で、これからどこへ?」

「ウチは途中まで一緒について行くけど、その後は陽斗と佐紀ちゃんでデート!」

「えぇ? いや、姫野のこと大して知らないんだけど……それなのに、デートって……というか、俺の鍵は?」

「鍵はウチが預かってるし問題無くない?」

「……それはそうだけど」


 姫野は亜南の言葉を聞いてやはり無言で頷いている。

 何が何だか分からないが鍵が亜南にある以上、言うことを聞くしかなさそうだ。


 しかし肝心の姫野のとは、全くと言っていいほど会話が成立していない。

 こんな状態でデートと言われても何をどうしろというのか。


 しばらくして繁華街への交差点に差し掛かる。


「じゃ、佐紀ちゃん。よろー!」

「……うん」


 俺には何も言わず、亜南だけ家の方に向かって行ってしまった。

 マジでどういうこと?

 

 陰キャっぽいギャルと何をどうしろというのか。そう思っていたのに、亜南がいなくなった時点で姫野が俺の腕を掴んできた。 


 細い手なのにかなり力強く、抵抗出来そうに無い。

 姫野の顔が間近に迫ったかと思えば、


陽斗はると……で、いいんだよな?」

「へ?」

「こっち。ついて来なよ。あんたに紹介してやるから」

「紹介……?」


 いきなりのことで焦ったしかなり驚いた。陰キャ要素どこへ消えたというくらい、別人のように俺に話しかけてくるじゃないか。


 ――というか。

 亜南に姫野を紹介されたのに、さらに姫野が誰かを紹介するのはどういう……。


 そう思っていたらいつの間にか裏通りに来ていた。


「お、おい、制服でここに来るのはまずくないか?」

ホテルに入るのが怖いとか、自分の家に連れ込もうとして必ずフラれるあんたが気にすることじゃないと思うけど?」

「……何でそれを」

「あの子に聞いてるから」


 そもそも俺がフラれる原因は亜南にあるのであって、俺の家とかあまり関係が無いのでは。それにしたって周りにあるのはどう見ても怪しい建物ばかり。


「ほら、入りなよ! 入口ここだから。入ってすぐ手前の扉を開けるだけだから」


 どう見ても、人目を気にする入口が目の前に迫っている。

 単なるデートだと聞いていたのに、何でこんな所に入らねばならんのか。

 しかも姫野ではなく誰かがすでに待っているとか冗談だろ?


「い、いや、さすがに恥ずかしいし……気まずいっていうか」

「いいから入れって! 中で待ってる子を泣かせるわけ?」

「わ、分かったから」

「……ちょっと用意してくるから、部屋であの子と待機してて」


 そう言うと姫野は入口奥の通路に進んで、いなくなってしまった。

 何を用意されるのか分からないが、部屋に入ることにした。


 もちろんするつもりなんて無いが、入ってすぐに謝ることにする。

 ドアノブを回し、勢いよく部屋に入ったところで――


「――ごめんなさいっ!! 俺は何もしないし知らなくて、すぐに帰るので!」

「……」

「いや、本当に!」


 相手の顔どころか、部屋が暗いか明るいかも確認していない。

 それでも頭を下げまくってしばらくそのままにした。


「はぁ? 何をいきなり謝ってるのか意味不明なんだけど? 佐紀ちゃんに何て言われてここに来たわけ?」


 どこかで聞いたことのあるムカつく声と言い方だ……。姫野よりも偉そうで高い声をした人間は奴しかいない。


 顔をゆっくりを上げ、そこにいるであろう奴の姿を見るとそこにいたのは――


「――亜南じゃねーかよ!! ここがどういうホテルなのか知ってているんだろうな?」

「知ってるけど? あぁーはいはい。佐紀ちゃんに何も言われないでここに入れられたわけかー。じゃあ最弱野郎に教えておくとしようかな」

「何? 何を教えるって?」

「とりあえず、部屋の中に入れば?」


 偉そうにふんぞり返った奴がソファに座っているかと思えば、亜南だった。

 

 いなくなったはずの亜南がここにいたのは驚きだが、こいつとあの姫野にはたっぷり説教をしてやらねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る