第4話 そうじゃない方

 親に言われたことに軽くショックを覚えつつ、朝になった。

 何で親は奴に鍵を預けるという思考に陥らせたのか。


 そうなったのは俺の責任と油断だ。決定的だったのは、よりにもよって親の目の前で鍵を失くしたという事実。そして最悪なのは鍵を拾った救世主が亜南だったこと。


はるちゃん、今日きちんとお願いしときなさいね」

「……いや、もう落とさないし俺が持っておけば――」

「――今、何て?」

「ど、努力します」


 駄目だ。母親を怒らせるのはまずい。


 ともかく、亜南あなみが鍵を拾ってくれたのだけは確かだ。そこまではいい。だが親公認とはいえ、奴に頼んで正式に鍵なんか渡してしまえば俺の身にどんなことが起きるのか。


 今は気にしても仕方ないので、とりあえず学校に向かう。


 すると昨日の帰りとは逆に俺の前には、亜南の姿があった。女子の友達などいないはずなのに、どういうわけか楽しそうに話しているギャルっぽい女子が見える。


 そうかと思えば、


「後ろを弱々しく歩いてるぼっち男子くん、こっちに来たら?」


 奴にはすでに気付かれていたらしい。

 

 ついて歩かざるを得ないうえ、わざとらしく振り向き手招きしながら声をかけてきたので、そのとおりにする。人を最弱扱いするとかいい気になってるようだが……。


 仕方ないので少し早歩きをして追い付くと、隣にいる女子に会釈をされた。

 誰なのかさっぱりだな。


「何か俺に用でも?」

「や、朝の通学に用なんてなくない? 歩くだけだし」

「……あ、そう」


 何で一緒に通学しなきゃいけないのかって話だが、問題は亜南じゃない。


「で、陽斗くんが気になってる彼女だけどー」


 ちっ、分かっててあおる奴め。

 

 亜南に話を振られてあいさつをして来るかと思いきや、隣のギャルは首だけ動かして頷くだけで何も話そうとしない。


 そうかと思えば亜南に耳打ちしてひそひそ話を始めてしまう。見た目に反して実は大人しい女子なのだろうか。


「……っていうか、先に行くんで」


 一緒に歩いて登校したくないし意味が無いな。

 そう思って先に行こうとすると、


「貧弱な陽斗くん、待ちなよ」


 などとまたしても引き留められた。


「まだ何か?」

「いつかの詫びにこの子を紹介してあげるから、挨拶よろ」


 まさかと思うが、フラれた日の詫びのことだろうか。それにしたっていきなりすぎるだろ。


「あー、陽斗はると。ってことでよろしく」

「……」


 隣のギャルはおれの挨拶に沈黙している。


「はぁ? ふざけてる場合じゃないんだけど、ふざけてる?」

「ふざけてねーし。だから、自己紹介だろ? しただろ!」

「下の名前だけで自己紹介とか、馬鹿なの? いや、馬鹿だったね。ごめんね、気づいてやれなくて」


 何で朝からこんな言われねばならんのか。

 気を取り直してギャル女子に真面目に挨拶をすることにした。


「……2年のすめらぎ陽斗です。どうも」

「あ、ども」

「……」

「……」


 いや、何だそれ。俺だけ真面目に挨拶して結局ギャルは何も言わないとか。亜南の友達だとしたら仕方ないとはいえひどすぎるだろ。


「はい、陽斗くんはもう行っていいよ。おつー!」

「――この」


 ぶち切れようとも思ったものの、隣の無言ギャルの俺を見る目が怖いので、さっさと学校に向かうことにする。


 結局あのギャルは何だったのか不明だ。

 教室に後から入って来た亜南を見ても、あのギャルはいなかった。 


 休み時間になり、昨日逃げた律がわざとらしくやってきた。


「おっす、陽斗! 昨日は楽しめたか?」

「散々な日」

「でも一緒に帰ったんじゃねーの? そう聞いたけど」

「誰に?」

「クラスの誰かが目撃したっぽい。通知来てたし」


 これだから嫌だったんだ。タワマンはともかく周辺はあまり目立った建物が無いだけに、絶対どこかの誰かに見られるリスクがある。


 と言っても、何も無かったから隠すことでも無いけど。


「別に何も無いし、どうでもいいだろ」

「だよな。そんだけ」


 何という意味のない話なんだ。とはいえ律はダチの中では軽い奴だし、それ以上突っ込んで来ないからいいけど。


 ギャルのことも何も分からないまま、昼休みになった。


 放課後になって奴に話しかけるとまた不本意にも一緒に帰る羽目になりそうなので、昼にケリをつけることにした。


 普通の女子なら誰かしら一緒にいることが多いが、おひとりさまを好む奴は想定通りぼっちで学食に向かっている。そういう意味では好都合だ。


「…………というわけだから、これを預かれ」

「はぁ? 何で陽斗の家の鍵をウチが?」

「いや、親に頼まれたから」

「意味不明なんだけど。で、陽斗はどうやって自分の家に帰れるわけ?」


 もっともな反応だった。こんな奴でもいきなり隣人の家の鍵を預けられれば、途端に困惑するのは当たり前のことだろう。


「それはだから……途中まで預かってもらって――」


 そう思いつつ、亜南の言うことはもっともなことだ。結局親はスペアキーを注文したが、それが届かない限りは預けてもって話になる。


「――それって、全部ウチに委ねるって意味? 陽斗の面倒とか何もかも?」

「いや、そうじゃない方で……」


 俺が持つよりも落とさない亜南に預ければ失くさないってだけの話だな。


「……スペアキーが届くのはいつ?」

「数日後くらいだと思う」

「ふーん。それはともかく放課後あの子と一緒に帰ってもらうから、一応預かっておく」

「えっあ、ちょっ……!?」


 強引に鍵を奪われてしまった。

 しかも帰りにあの子とか、もしや朝のギャルのことか。


「ちぃせえことだから気にすんなよ! じゃあね、陽斗」


 スペアキーも無いのに奪われてしまったのは不覚だ。

 まさか鍵を預けただけで主導権を握られるとかじゃないよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る