第3話 親との遭遇
ファミレスで遭遇したのは想定外、いや亜南に関しては驚きも無い。しかし問題はこれからだ。
今までは朝はもちろん、帰りも顔を合わせることなく過ごしてきた。それなのに昨日の彼女にフラれてから今日の朝に至るまで、奴との遭遇率が半端ない。
そして不本意にも家に向かって一緒に歩いている。
「陽斗もアレなクチなん?」
「……どれだよ」
「朝にあんなことになったから、すっきりするまで文句を言い続けたいネチ人間?」
朝に一時的に見つめ合う光景が生じてしまったが、言われるまでとっくに消去していた。文句は相当数たまってるけど。
「別に何とも思ってないけどな。というか、一緒に歩く意味なんてなくね?」
「ウチもそう思うけど、同じ場所に暮らしてて今さら何を恥ずかしがる必要があるのか、ウチには分かりませんけどー」
恥ずかしい意味は色々ある。しかしそれを言ってしまうとさらに嫌がらせがエスカレートするのは明らかなので、ここは黙っておく。
一緒に歩いているといってもお互いの顔が間近で見える距離ではなく、声を張り上げなくても聞こえる程度には離れて歩いている。
後ろを歩く亜南に振り返って話すでもなく、聞こえる文句に返事を返す程度だ。そんな距離感な状態を見て、関係を誤解するような人はいないだろう。
――はずが、夕方遅くに帰って来たのがアダとなった。
エントランスホールに入ろうとした時、偶然にも親に出会ってしまったことだ。
「あれ?
「……あーまぁ、そんなところ」
「後ろにいるのって
「いや、どういうことだよ! 全然違うから!」
いつもならこの時間は自分の部屋にいて、動画を見まくっている時間。それがたまたま寄り道をして、亜南とちょっとだけいただけだったのに。
なんでこうなるのか。偶然に親と遭遇したのは仕方ない。だとしても、なぜに亜南と仲良さそうにしているのか。しかも俺の存在が忘れられてる感じなんだが。
「亜南ちゃん、元気してた?」
「……こんばんは、
「そっかそっか。それで……?」
「今は何も。陽斗くん、モテるみたいなんで」
「え、陽ちゃんが?」
何でか親が俺の顔を疑い深く見ている。何かした覚えは無いぞ。
というか、別に親を待たなくても合鍵を持ってるしとっとと中に入ってしまおう。
「――って、あれっ?」
思わず声を出してしまった。あるべき所に入れてるはずの鍵が行方不明なわけだが、まさかどこかに鍵を落としたとかじゃないよな。
「陽ちゃん、いきなり声を出してどうしたの? 部屋に入らないの?」
「鍵……鍵が見当たらなくて」
「もしかして落とした?」
「分からないけど、多分……」
親と遭遇したのは良かったとして、鍵を落としていたのは想定外すぎる。もし親がいなかったら亜南に冷やかされながら中にも入れなかったはず。
「よく探してみて。そうじゃないとスペアキーを注文しないとだし、すぐに届くとは限らないから」
思い当たるところに手を突っ込んで探すもまるで見当たらない。本物の鍵は親が持っているからそれはいいとしても、明日からどうするんだって話になる。
電子キーじゃないタイプということもあり、基本的にスペアキーはネットで注文する決まりだ。つまり早くても数日かかってしまう。
俺は良くても親が入れなくなるのはまずい。焦りを見せながら必死に探していると、亜南が何か気づいたような表情で握りこぶしを俺と親に見せてきた。
「…………これじゃないですか?」
握りこぶしで何をされるかと思えば、亜南の手の上には見覚えのある鍵があった。
「おま、それ――どこで?」
「某ファミレスの出入り口。どこかの誰かさんが逃げるようにして外に出たから、その時じゃないですか?」
「くっ……」
家の鍵は多少の重みがある。それをいつも胸の辺りに感じながら歩いていたのに、亜南が後ろを歩いている時、妙な軽さを感じていた。
ファミレスを出る時に急いでいたとはいえ、まさかあの時に落としていたとは。
「確かに家の鍵だ。悪い、助かった」
「いーえ、どういたしまして」
弱みを握った段階で何かほざいてくるかと思いきや、親がいる手前だからなのか不思議と大人しい。さっきまで何を考えているのかさえ分からなかったのにどういうつもりなんだ。
「亜南ちゃん、ありがとうね!」
「いえいえ。じゃあ、ウチはこれで」
亜南に拾われたのが幸いだったのか、鍵については何もアクションを起こして来ないらしい。亜南はそのまま何事も無く自分の家の中へ入って行く。
これで問題無い――そう思っていたのに。
「ふぅ、陽ちゃん。次は落とさないようにね」
「分かってるよ」
「でもなー、今度落とされても鍵代が馬鹿にならないし心配だなー」
俺の親はかなり優しい部類に入る。言葉遣いだけ聞いていれば亜南よりもガキっぽいが、言う時は言うから逆らいたくはない。
「陽ちゃん。その鍵だけど、明日になったら亜南ちゃんにお願いしといたら?」
「……はっ?」
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