第2話 二人のこれから

 俺はソファから寝室のベットへと移動した。

 寝てしまったら、成実が機嫌を損ねてしまうので、眠てしまわないようスマホで動画を視聴して待つことにする。


 しばらくすると、ガチャリと扉が開き、寝る支度を整えた成実が寝室へとやってきた。


「お待たせー」

「お疲れ様」


 俺は労いの言葉を掛けつつ、スマホを充電プラグに差し込み、明日のアラームのタイマーをセットした。


「もうちょっと奥に寄ってくれる?」


 成実にそう言われて、俺は身体を奥へと移動させる。


「ありがと。それじゃ、お邪魔しまーす」


 そう言って、布団の絹擦れの音を立てながら、成実がベットに入ってくる。


「明かりね消すね」


 ピっとリモコンで寝室の傾向との明かりを消すと、辺りは真っ暗闇に包まれた。

 枕に頭を乗せ、お互い向かい合う形で横になる。


 突然暗闇になったため、目が慣れず、成実の顔を視認することが出来ない。

 すると、突如唇に、柔らかくて温かいぬくもりと感触が伝わってくる。

 俺は目を閉じて、今まで培ってきた感覚を頼りに、成実とのキスを嗜む。


 チュッ……チュッ……チュゥー!


 ついばむようなキスをして、最後に成実が思い切り俺の唇をはむっと食べてチューっと吸い付いてきた。


「ぷはっ……ふふっ……君の唇おいしいー」

「全く、そんなことしてると、もっと激しいのしちゃうぞー?」

「いいよ、来て?」


 成実は甘美の声でそう誘ってくる。

 冗談のつもりだったのに、成実があまりもあっさり受け入れてきたので、俺は思わず視線を逸らして呟いた。


「……いや、今日はやめとく」

「えぇーどうしてー?」

「明日に支障が出るから」

「いーじゃんそれぐらい。少しは二人でイチャイチャ夜更かししちゃお?」

「ダーメ、今日はお預け。成実もお酒が回ってるだろうしね」

「ねぇ知ってる? 酔っぱらってる時の方が、感度っていいらしいよ?」

「はいはい、分かった、分かった」

「あぁー適当に話し流された―!」


 暗闇で確かめることは出来ないが、今頃成実は、拗ねたような顔を浮かべているのだろう。


 俺も愛を育みたい気持ちは山々だが、たかが外れてしまうと止まらないので、今日は休息日としてゆっくり体力を回復しておこうと思う。

 しばらくすると、成実のシルエットがぼんやりと見えてきた。

 俺は、彼女の背中に腕を回してハグをすると、成実も俺の身体に巻き付くようにして密着してきてくれる。


「今日の飲み会はどうだった?」

「うん、すごく楽しかった」

「それならよかった」


 話題を飲み会の話題に移すと、成実は嬉しそうに話し始める。


「ねぇ聞いて、聞いて。今日飲んだ子ね、私の高校の同級生だったんだけど、今彼氏いなくて寂しいんだって。それで、私が君の話をしたら、すっごい羨ましがられて、調子に乗ってちょっと話しすぎちゃった。迷惑だったかな?」


 まあ、彼氏彼女がいない者にとって、人の惚気話ほど鬱陶しい話題もないしなぁ……。


「どうだろうな、その子は、話聞いてるときどんな感じだったの?」

「『うん』とか『へぇーそうなんだ。羨ましいなぁー』とか、終始笑顔で相槌を打ってくれてた」


 いい子だなぁー。

 きっと、昔から成実の饒舌な話に付き合ってきて、もう慣れているのかもしれない。


「まあ、俺の話はほどほどにな」

「うん……次からはそうする」


 ようやく暗闇にも慣れてきて、成実の表情を窺うことが出来た。

 成実は、少し申し訳なさそうな顔を浮かべていたので、俺は彼女の頭を優しく撫でてあげる。


「その子からは、何か話聞いたりしなかったのか?」

「なんかね、その子ご両親から『結婚はまだなのか? 男はいないのか?』って凄くプレッシャー掛けられてるんだって。なんかそれ聞いてて、大変だなーって思っちゃった」

「あぁー確かに、それは大変そうだね」


 成実のご両親には、既に挨拶も済ませているけど、結婚を早くして欲しいなどと要求されたことはない。

 そう考えると、俺は恵まれているのかもしれないな。


「でね、ふと思っちゃったの」

「ん、何を?」

「私たちって、いつ結婚するのかなーって」

「えっ……」


 何かを期待するような目でこちらを見つめて来る成実。

 突然の出来事に、俺の身体が一気にぶわっと熱くなっていく。


「えっと……それはまあ、然るべき時が来たらかな」

「それっていつー?」

「いつだろうね?」

「あー、また誤魔化した」

「勘弁してくれ」


 俺がたじたじになっていると、成実がくすっと笑い声を零す。


「あはっ、ごめん、ちょっと意地悪しちゃった。別に私はいつでもいいと思ってるから、気長に待ってる」

「……そうしてくれると助かる」

「うん」


 成実が寛大な女の子で助かった。

 もし結婚欲求が強い彼女だったら、今すぐにでも愛の言葉を誓わなければならない場面であっただろう。


「ふわぁっ……眠くなってきちゃった」


 すると、成実が大きな欠伸を吐いて、目をしょぼしょぼとさせていた。


「そろそろ寝るか」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」


 おやすみの言葉を交わし合い、成実は俺の胸元を枕にして、そのまま身体を密着させながら眠りについてしまう。


 スゥー、スゥー、スゥー。


 彼女の寝息が一定の心地よいリズムで聞こえてくる。


 にしても、結婚かぁ……。

 成実から出た一言を、俺は頭の中で反芻する。


 同棲を始めてから一年ほど経つけど、まったくそういうことを考えずに過ごしてきちまったな。


 俺と成実が、元々結婚というものに対して意識が薄いというのもあるのも原因だけど、そろそろ頃合いなのかもしれないな。


 そんなことを考えているうちに、俺も徐々に眠気が襲ってきて、ゆっくりと瞼を閉じると、意識は薄れていき、深淵へと吸い込まれていた。

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