#12
身体が震える…。
頭の中で何度も何度も悪夢の日々が再生される。
これは幻覚だ、そう言い聞かせてもその映像が消えることはない。
最初の
私を含め5人の冒険者はソシアの巣を歩いている。
その日は
このパーティが結成して1年半くらいになるだろうか。Eランク冒険者とはいえ、実績を積み、レベル1の魔獣狩り程度の
Eランクは依頼料が安いこともあって、依頼主から名指しで倉庫に住み着いたソシアたちを撃退したこともある。
それがきっかけで、小規模なソシアの巣の駆除の依頼も何件か受け、今回の
あの時、私を含む全員がはっきり言って、調子に乗っていた。
ヒューマンのナタレは珍しい二刀流の「戦士」だった。剣の才能もあり、いつも先頭を歩いて、どんな状況も打開する頼れるリーダー。
そして、私の婚約者だった。
ドワーフのエリモは「武闘家」で、敵の武器を弾き落とす戦闘スキル「武器落とし」の達人だった。エリモは同じパーティにいるジャンナのことが好きで、私はよく相談を持ちかけられた。不器用な私のアドバイスはあまり役に立たなかったかもしれない。
エルフのフェリチェは「僧侶」。彼の戦闘スキル「アクセル」のおかげで、私とナタレとエリモはソシアとの力比べで負けることはなかった。フェリチェは初めの頃はエルフらしくプライドが高く、他種族を見下す発言をしていたが、最近ではすっかり仲間と
ドワーフのジャンナは「魔法使い」。ドワーフの女性は美しい人が多いが、彼女はその中でも別格に美しかったと思う。ナタレが彼女に
最後は「狩人」の私。気配を消す戦闘スキル「ハイド」で敵に奇襲をかけ、戦場を引っ
この5人が
それがただの
入り口の見張りを「ハイド」を使った私と「魔法使い」のジャンナの魔法弾で
巣に入った
先頭は「戦士」の婚約者。そのすぐ横を「武闘家」のエリモ。そして「僧侶」のフェリチェとジャンナがたいまつを掲げ、私が最後尾を歩いていた。
見張りが2匹いる時点で「おかしいな」と思うべきだったのだが、
エリモが引き返すことを提案し、ジャンナが「せっかくここまできたのに嫌よ」と文句を言って意見が対立したが、最終的にリーダーの婚約者が引き返すことを決めた。
だが、1本道を歩いてきたはずなのにパーティが行き着いたのは行き止まり。
後で冷静になってから気づいたことだが、ソシアたちは道中に沢山のガラクタの山を入りすることで、「この巣は一本道だ」と私達に信じ込ませ、ガラクタの山を移動させることで私達の行動を操っていたのだろう。
逃げ場を失い混乱した私達の前に現れたのは9匹のソシアたち。奥にはハイ・ソシアが2匹もいた。
婚約者のナタレが双剣を構えて斬りかかったが、ハイ・ソシアに辿り着く前に矢で射られ、頭を
前衛が私しかいなくなったパーティなど一瞬で壊滅だ。
再び目を開けた時、私の目の前にあったのは婚約者の左腕だった。
婚約指輪が輝くその左腕が鍋から突き出していて、ソシアの子どもがそれを
横から悲鳴が聞こえ、助けに行こうと飛び出したが、私の身体は鎖で
「助けて!」「許して!」と涙ながらに訴える彼女を彼らはニヤニヤと笑いながら犯し続けていた。
私は「やめろ」と何度も叫んだが、彼らを一層興奮させるだけだった。
彼女のすぐ後に私の番が回ってきた。
あの
婚約者の絶望した顔や、
私の中で色々な感情が熱い熱を帯びて駆け巡り、私の脳を焼いていく。
両腕を失った婚約者が私の名前を何度も呼んでいた。
始めは婚約者の私を呼ぶ声が彼らの
婚約者は1番先に毒や薬の実験台に回された。…私の名前を呼ぶ声が、すぐに絶叫とうめき声に変わった。
その実験の
恐らくそのソシアがこの巣のボスであり、ガラクタ山のトラップなども彼の発案であったのだと思う。
彼は手下に指示し、まずは婚約者の右足を何度も何度も様々な液体のついたナイフで斬りつけ、彼の反応や、
太ももまで腐り落ちるとあっさりと右足を切断して止血し、ポーションに似た液体をふりかけて治療した。婚約者の体調が回復すると今度は左足を同様に実験していた。
毒だけではない。
特に回復薬の技術がなければ、きっと男性陣はその日のうちに死んでいたに違いない。…万が一にも抵抗できないように
婚約者は
それでも彼は時々、私の名前を呼び、私の無事を確認してくれた。
ソシアたちに
私もジャンナもあの悪臭を放つおぞましい生き物たちの子をもう何度も生んでいた。
出産後の母体は馬車に跳ね飛ばされるのと同じくらいのダメージだというが、顔に入れ
彼らにとって私とジャンナは欲求のはけ口であり、子どもを生産する「工場」でしかなかった。「工場」を
とにかく、その日、新しいソシアの子を出産した直後の私の目の前に
―――やめろ…
私は心の中で呟く。
ここから先の幻覚だけはもう見たくない。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
心が割れる。
最近はタカノ先生のカウンセリングのおかげか、それとも環境が落ち着いてきたためか、随分見なくなった筈なのに…。
―――やめてくれ…ッ
当時の私は互いに
ひび割れそうになっていた心に愛情という水が注がれ、ゆっくりと
ソシアたちは私達が恋人だということを忘れてしまったのか、それともこの後、実験で彼を使うために一旦ここに彼を
そんなことはどうでも良かった。
彼は実験の影響か目の焦点が定まらなくなり、口も一部が
「やあ、シスカ」
彼はしゃがれた声で私の名前を愛おしそうに呼ぶ。
「ナタレ…ッ」
「無事かい?」
私は出産後の疲労も忘れて何度も頷く。
「私は大丈夫だ。君は…?」
「俺は大丈夫さ。エリモとフェリチェの方が酷いくらいだ」
「私もジャンナに比べたらまだ良い」
両腕、両足を鎖で固定されているせいで、地面に突っ伏しても頭より上に手を伸ばすことができない。このままでは彼には届かないとわかっていても、目の前にいる婚約者の肌にどうしても触れたかった。
「…ナタレ、君に触れたい」
「俺もだ。…だが、残念だが、無理だ」
婚約者は首を横に振る。
私はこの時はまだ髪が長く、ポニーテールにしていた。そこで私は思いついたことを口に出す。
「私が首を振って、君の前に髪を投げ出す。君はそれを歯で
「…わかった」
私は何度も髪の毛を振り、彼の顔に髪を投げ出した。何度目かの挑戦で彼が私の髪を
「しっかり
私は髪の毛が抜けることを覚悟しながら、首の力を使って、髪を
互いに
彼の分厚い胸板は長い監禁生活で少しやせ細ってしまったが、彼を抱いていると以前のように胸が暖かくなる。
「シスカは温かいな…」
婚約者が私の胸の中で目を閉じて
久しぶりの
「もうこのまま時が止まってしまえばいいのにな」
婚約者が胸の中で呟く。私は無言で彼を優しく抱きしめた。
「もうなにもいらない。なにもいらないから…どうかこのままでいさせて欲しい」
「ナタレ…助けは来るだろうか?」
「来るさ。必ず」
婚約者は私に言い聞かせるように力強く頷く。
「だから辛いだろうが、奴らを刺激せず、従ってくれ…」
「…ッ!!!私はできることなら死んでしまいたい。君に
「馬鹿だな…生きていればなんとでもなる。―――君とフェリチェはエルフだ。加護を使えば、大概の傷は1日1回治すことができる。…彼らにバレればいい実験台にされてしまうだろうからタイミングを見てこっそり使うんだ」
「君もエルフだったら良かったのに…」
「ははは…全くだ」
婚約者は笑みを浮かべると私の鎖骨に額を押し付ける。
「いいかい?絶対に助けは来る。だからどんなことがあっても生き延びるんだ。例え、俺やみんなに何があっても…」
「…ナタレ」
その時、突然、目の前に赤紫色のしわの
「…ッ!!」
私は彼を離すまいと必死で抵抗しようとしたが、老ソシアは見た目よりも
「ギッギッギッギッ…」
「ナタレ…ッ!!!!」
老ソシアは私の顔を見て
「
それは確かに
老ソシアの手には太い金属のストローのようなものが握られていた。老ソシアは三日月のように目を歪めて、それを振りかぶる。
「…シスカッ!!!」
婚約者が一瞬、私を見て叫んだ。
そして、
「…愛してる」
その声だけがやけにはっきりと辺りに響いた。
「やめ…やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
グシャッ、という硬い
ズロロロロロロロロ………
ソシアの
それを私はただただ見ていることしかできなかった…………。
それから何日か、それとも何週間か、いや1月以上先だったかもしれない。
私とジャンナに背を向ける形で、20匹以上のソシアが座って、前方に即席で作られたステージを見つめている。
そこには私と彼女の子どもたちであるソシアたちも混じっていた。彼らはすっかり大人になり、他のソシアたち同様、
「やめろ…やめてくれ」
「お願いだ。なんでもする。なんでもするから」
ステージにいるのは婚約者と同様、
剣の試し切りをされ、弓矢の練習台となり、怪我をしてはその場であの得体の知れない回復薬で治され続けた彼らはソシアたちを見上げて涙ながらに
エリモの近くにいた1匹のソシアが「ギャァギャァ」となにか仲間たちに声をかけ、私の婚約者の持っていた切れ味の良い銅の剣をスラリと抜いた。
ソシアの何匹かが歓声を上げる。
そのソシアに向かい合うようにフェリチェの近くにいた1匹も「ギャジギャジ」と声を上げ、婚約者のもう1本の剣を抜く。
これに対し、別のソシアたちが歓声を上げた。
どうやらこの2匹のソシアたちはエリモとフェリチェを使ってなにか
―――嫌だ…!もうダメ…見たくないんだ。…頼む!!!
現実の私が必死に目を覚まそうと訴えるが、
「ギャァ~~~~~ギョギョギョ!!!」
3匹目のソシアが合図を送り、2匹の剣を持ったソシアがエリモとフェリチェの腹に剣を刺し、縦にスーッと刃を下ろしていく。
腹の皮膚が割かれて、中から赤く染まった腸がむき出しになる。
「頼む…頼むから」
「助けて!シスカァ~、ジャンナ~!!!」
彼らが悲鳴を上げるが、私達もすでに彼らに向かって叫び返す力も残っていなかった。
ぼーっとした表情で私もジャンナもまるで別の世界の出来事のように彼らの内臓が引きずり出されていくのを見守る。
2匹のソシアたちはまるでロープのように腸を伸ばしていき、どちらの腸の方が長いのかを競う。
どちらの腸が長かったのか私は覚えていない。
ある日、ジャンナが
身体を
だからきっと、行為中に乱暴に扱った結果、過失で殺してしまったのだろう。
彼女は乱暴に地面に投げ捨てられ、私の目の前で肉に解体されていた。
解体していたのは私と彼女の子どもたちだった。
ソシアの巣にいるソシアの数が恐らく40匹を超えた。
かなりの規模だ。
これだけの規模を隠し通すのは相当難しい。
助けはまだ来ないが、ギルドが腕利きの冒険者を
それは長く生き延びた老ソシアもわかっていたのだろう。
ハイ・ソシアを含む10数匹のソシアを連れて彼らは巣から去った。
残ったのは30匹前後の若いソシアだ。
老ソシアは最後に私の髪を
「…タノシイ、タノシイ」
あの
絶対に…。
老ソシアが去ってから、食糧難はますます深刻になった。それに耐えられなくなったソシアたちは少しずつ私の身体を切り落とし食べ始めていた。
女に手をつける時は女が沢山いるか、よっぽど餓えている時なので、食糧事情は相当深刻だったのだろう。
ある時、
今までは陣頭で指揮を取っていた老ソシアがいないためか大混乱になっていた。
BランクかCランクくらいの冒険者が乗り込んできてソシアたちを次々に倒していく。
しばらくして、私は彼らに救い出された。
…なぜこんなに救出が遅れたのだろうか?と彼らに救い出されて街に着くまで回らない頭を懸命に動かしていたが、助けてくれた冒険者たちの会話を聞いて理解した。
どうやらあの老ソシアによって小規模なソシアの巣に見せかけられていたため、冒険者たちが私達を救出に来ても、数体のソシアが見つかるだけで、私達のいる
積極的に他の冒険者を襲わなかったため、ギルドにも不審には思われず、行方不明扱いされていたらしい。
あの老ソシアはどこまで頭の切れるのだろう…。
ソシアは憎いが、それ以上に怖い。
あんな体験をもう二度としたくない。
怖い…怖い…怖い…怖い…怖い…
「せんせぇ!!!」
その時、
―――先生?…タカノ先生?
シスカの視界が急激に現実に引き戻される。
目の前に飛び込んできたのは泣き叫ぶシュゼットと4体の木に
目の前で木の魔物の1体が回し蹴りを繰り出し、パァァァァン!!!!!と乾いた破裂音がした。直後、ヒューマンの男性がもんどりを打って地面に転がる。
―――タカノ先生!?
高野の身体を踏み潰そうと木に
トラウマは簡単に
だが、身体の中に反復し続けた動作もまた
時として身体は理屈抜きに、考えるよりも先に、動くことがある。
気づけばシスカは地面を蹴り、魔物に向けて短剣を引き抜いていた。
直後、自分の行為に驚く。
同時に行動の意味を頭が理解し、手足が震え、足に急ブレーキが…
「ふざけるな!!!私はもう
シスカは湧き上がる恐怖をねじ伏せ、高野に止めを刺そうとする魔物に向かって剣を
“は~~~!?なにソレ!カレのためにトラウマを克服ぅ!?ひゃ、やっば、シビレる~。あたし、そういうのマジで弱いんですけど”
頭の中で不意に女性の声が聞こえた気がした。
木の幹が
「せんせぇ!!!」
シュゼットが高野に駆け寄り、意識のない彼を抱き寄せる。
「シュゼット、治癒魔法は使えるな?先生は頼んだ」
「は、はぃぃぃぃ~~~~」
シュゼットがシスカの背中を見て返事をする。
シスカは背中から予備の短剣を左手で
3体の木に
「…………ッ」
改めて敵と
先程も見た光景が一瞬のうちに何度も繰り返される。
何度も何度も何度も何度も…
「うるさい!!!」
シスカは叫び、繰り返し始めた幻影を振り払った。
「今度は…今度こそ、守る。私はそう決めた」
2本の短剣を構える。
昔何度もみた婚約者の動きだ。
―――ナタレ…今回だけでいい。私に力を貸してくれ
異世界転移してもカウンセラーをしています チョッキリ @Chokkiri182
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