#6
― アマイア暦1328年
<コルト樹海>
シュゼットの交渉のおかげで、あれから1日で冒険から帰ってきたばかりの
彼らへの報酬は65000G。それでもCランクの中でも指折りの実力者である通り名つきの2人とそのメンバーを呼べたのだからシュゼットには感謝しなければならない。
そして準備を整え、顔合わせをした翌日の17日の早朝に高野、シュゼット、シスカ、ルッカ、そして助っ人5名の冒険者はネゴルを出発した。
旅が初めての高野とシュゼットが大分足を引っ張ったと思うが、それでも3日でコルト樹海の入り口まで
初心者講習でトントゥの鬼教官に鍛えられていなければとっくにギブアップしていただろう。
里から逃げてきた時、ルッカはほとんど飲まず食わず、不眠不休で悪天候の中、自分に治癒魔法をかけ続け、3~4日でコルト樹海からネゴルまで辿り着いたそうだが、同じことを高野は到底できそうにない。Cランクの5人ですら驚いていたくらいだ。
「しかし、流石だな先生」
草をかき分けながらシスカが高野に声をかける。
「なにが…です?」
少し息を切らせながら高野はシスカに尋ねる。
「初めての冒険なのにしっかりパーティのペースについてこられている。大したものだ」
「皆さんが私とシュゼットに合わせてくれているからですよ」
「いや、そうだとしても、彼女の反応が普通だ」
シスカが視線をシュゼットに送る。高野の後ろをヘロヘロと歩くシュゼットは今にも倒れそうだ。
「死ぬ…死にますぅぅぅ」
「お前がついて来たいって言ったんだろ?」
「そうなんですがぁ~…事務仕事しかしない、か弱い女子の体力を舐めないで欲しいですぅ………アレを……アレをくださいぃぃぃぃ…アレが切れました」
高野は苦笑いすると、自分の冒険者バッグから、スタミナドリンクをいれた
「…ほら」
「感謝ですぅ~。…………んぐ、んぐ…………うひっ、キマる…キマるぜぇぇぇぇ。プハッ!元気100倍ですぅ~。あ、良かったらルッカさんも一杯どうですぅ?」
スタミナドリンクを飲んだシュゼットはぐえへへへへ、と妖しい笑みを浮かべながらルッカに水筒を差し出す。ルッカも疲れた顔はしているものの、シュゼットよりも足取りはしっかりしている。
「…変な薬じゃないですよね?」
ルッカは戸惑いの表情を浮かべながら恐る恐る水筒を受け取った。
「わかんないですぅ~。でもこれ飲むとちょっと
「おい、やめろ。そんな
これではまるで高野がシュゼットに危ない薬を飲ませているようではないか。高野は頬を引きつらせながらルッカにも勧める。
実際には薬草を
副作用として、飲みすぎると激ヤセする効果があるが、シュゼットは大食いなのでまったく問題ない。
ルッカもあまり飲ませすぎなければ大丈夫な筈だ。
「…あ、美味しい。昨日の夜作っていたのはこれだったんですね」
水筒をコクコク、と喉を鳴らして飲んだルッカは笑顔を見せる。
「確かに足の疲れがスッと引いたような気がします」
「ですよねぇ。疲れがぶっ飛びますよねぇ」
ルッカのリアクションに対し、シュゼットがぐへぐへと笑いながら元気に手足を動かす。
「ただ、飲みすぎは注意ですよ。カロリーを持っていかれますので」
高野が念の為、ルッカに注意する。
「はい」とルッカは素直に頷いた。
「飲むと疲れを忘れて動けて痩せる薬…。これは流行る、流行りますよぉぉぉ」
「覚醒剤のように言うの、やめてくれ」
テンションが上がるシュゼットを他の冒険者たちも面白がって見るので、高野が慌てて彼女の口を
この薬草やスキルの応用については周りがどのように反応するかわからないので、今の段階では黙っておきたい。
「ハハハ、面白いコだな、君の彼女ちゃんは」
2人分の荷物を持ったバイソンの獣人がシュゼットと高野のやり取りを見て笑う。
「ちょっとぉ~、ケステンさん、先生はアタシの彼氏じゃないですよぉ」
ケステンという名前のバイソンの獣人にシュゼットがすかさず訂正を入れた。
彼は
ちなみにルッカもペルツという後衛で
「そうなのかぁ?でも彼の旅についてきたんだろ?」
ケステンがシュゼットを見てニヤリと笑った。
「もしかして片想いなのかい?」
「違いますぅ~。楽しそうだからですぅ~。…アタシ、一応、タカノ先生のアシスタントなんでぇ」
「誤解ですぅ~」とシュゼットは頬を膨らませる。
「あら、アタシもお似合いな気がするけどねぇ」
前を歩いていた露出の多いドワーフの女戦士がクスクスと笑う。
「ハレーンさんまでぇ!」
「それともあれかい?タカノはそっちの彼女の方と付き合ってるのかしら?」
ハレーンと呼ばれたドワーフの女戦士はシスカを見てから高野にウィンクする。
「…は?…ちょ、ちょっ……私にとって…先生は先生だ。からかわないで欲しい」
高野が反応するよりも先にシスカが顔を赤らめ、ハレーンに食って掛かる。
「あら、2人とも手を出さないなら今夜、アタシがいただいても?」
ハレーンは色っぽい声で高野の肩に手を乗せる。
「うぇ!?いや、からかわないでください」
びくりと肩を震わせ、顔を赤らめる高野をみてハレーンはクスクスと笑う。
「アタシはタカノみたいなタイプ、好きよ?…………アタシじゃ、駄目?」
ハレーンが高野へ目を
「~~~~」
「はーい、そこまで。ハレーン、意地悪するのはやめてください」
ハレーンの色仕掛けにどうリアクションすべきか困っていた高野をトントゥの女神官―――
「あーん、カタリナ、止めないでよぉ~。ここからが楽しいんじゃない。…それに彼、ちょっとアタシのタイプだし」
「駄目です。…ほら、ペルツがこっちを睨んでますよ」
「…………」
後衛を見ると無口なヒューマンの巨漢の戦士が腕を組んでハレーンを見ていた。
ハレーンは彼を見て肩を
「はいはい、さっさと元の配置に戻ってください」
背の低いカタリナがハレーンの背中をぐいぐいと押す。ハレーンは振り返って高野にウィンクをし、「じゃあまた今晩ね」と投げキスを送った。
「ええっ…」
「あ、先生ぇ、ちょっと鼻の下伸びてません?」
「伸びてません!」
すかさずシュゼットが高野をからかい、高野が全力で否定する。
それを見ていたシスカが拳を握り、巨漢の戦士は口をぎゅっと横に結ぶ。
メンバーからのからかいが一段落し、「ふう…」と息を吐いた高野に今度は別のヒューマンの男が「おつかれさん」と馴れ馴れしく肩を組んでくる。
彼は
「モテるねぇ、タカノ君」
「…まさか、からかわれているだけですよ」
カールのかかったサンストーンのようなオレンジ色の髪の上にカウボーイハットのような帽子を被っている。
色白の肌で、長いまつ毛に髪と同色のオレンジ色の瞳をしていて、見るからに女性にモテそうなルックスだ。
「またまた~。シスカちゃんなんかどっからどう見ても君のこと、好きだろ」
彼は
「彼女とはそういった関係ではありませんよ。シュゼットともです」
シスカはクライエントなのだから手を出すのはあり得ないし、シュゼットも同僚なので手を出して失敗したら目も当てられない。
そもそも2人ともエルフなので実年齢はわからないが、見た目はどう見ても20代。こちらは一緒に街中を歩くだけで申し訳ないと思うくらいなのだ。とはいえ、2人から本気で嫌がられるとそれはそれで傷つく。
2人との今後の関係に響くので、この話題はさっさと切り上げたい。
「そうなの~?まあ依頼人のルッカちゃんは若すぎるからいくらなんでも違うとは思うけど」
アンドレイがルッカの方を見ると、彼の視線に気づいてルッカが首を傾げる。「ごめん、こっちの話さ」とアンドレイはウィンクをした。
ルッカは驚いてアンドレイから視線を
…なんというか、とてもキザでチャラい感じの男だ。正直、通り名を
しかし、彼は軽薄ではありつつも、不思議とどこか憎めない感じの雰囲気を持っていた。
「…それより、アンドレイさんはなぜ今回の依頼を?」
高野は強引に話題を変える。これは本当に不思議に思っていたことだ。いくらギルドからの依頼とはいえ、なぜ引き受けてくれたのか。
「ん~…ギルドに貸しを作っておくと色々便利っていうのもあるんだけどさ。…ほら、冒険者なんかしてるとなかなか出会いの場がないんだよ。それにいつ死ぬかもわからないだろう?だからこうやってたまには別のパーティと一緒に冒険するのもまたいい刺激になるのさ。な、相棒?」
アンドレイはバイソンの獣人、ケステンに声をかける。
「俺はお前のお目付け役だがな。いい加減、ネルティに愛想つかされても知らないぜ、相棒?」
「へいへい」
アンドレイはケステンの言葉に顔を
「ところでシュゼットちゃん、彼氏がいないんだったら今度俺とデートしない?」
釘を刺されたばかりにもかかわらずアンドレイはシュゼットの隣に行き、デートの誘いを始める。
「え~、デートですかぁ~?」
シュゼットが笑いながらアンドレイに尋ね返す。
「そうそう。君のピンクの髪の毛と赤いオシャレなメガネフレームにピンときちゃったのよ。服装といいセンスいいよね。顔も抜群に可愛いし」
「照れますぅ~。でもごめんなさい。アタシ、中身のない上辺しか見ないチャラい人無理なんでぇ。ネルティさんに言いつけちゃいますよぉ」
「そ、それだけはやめてっ!!!」
シュゼットはヘラヘラと笑いながらアンドレイのナンパをかわし、
ほいほいついていきそうな感じがするのに意外とガードが硬い。そして相手のあしらい方から彼女がナンパをされ
―――意外にモテるのか?
忘れがちだが、彼女のコミュニケーション能力の高さとルックスならモテてもおかしくないのかもしれない。
業務とはいえ、よくあんなコが高野のカウンセリングのアシスタントをしてくれるものだ。
考えてみればありがたい話なのかもしれない。
「アンドレイ!ナンパは休憩中にでもしてください」
後ろからやり取りを見ていたカタリナがアンドレイを注意する。
「はーーーい。…カタリナちゃんはどう?」
「1,000,000G積まれても嫌です」
ついでにナンパされたカタリナは首を横に振る。
「ええっ…」
「口説くならちゃんと心を込めて口説いてください。心に響いたら2,000,000Gで1回デートしてあげます」
「マジかぁ~」
アンドレイががっくりと肩を落とす。
その様子を見て、皆が思わず頬を緩めた。
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