#3
― アマイア暦1328年
<大都市ネゴル ギルド 相談室>
事の
「………それで?」
それまでのシスカの話しぶりからしてその後どうなったか想像に難くないが、念の為、高野は続きを促す。
「ああ、その後、彼女の指輪は結局取り戻せなかったんだが、彼女の身につけていたアクセサリーの中で一番高いものだと仮定して、その場にあった現金15000G―――恐らく、昨日のうちに換金し、使った余りだろう。一晩でそんな大金を使い切れるわけもないだろうから―――それと、もう15000Gは彼らの家に取り立てに行って金目のものを売り払ってきた」
「ということはしめて30000Gを?」
高野の問いに対し、シスカはゆっくりと頷く。その顔はさも当然、といった顔だ。
「彼女の母親の形見だったそうだし、それで全ての金が回収できたかどうかはわからないが、まあ少しでも戻ってきた方がいいだろう」
高野が読んだ表情通り、シスカは当たり前のように言い放つ。
「………シュゼット」
「はいぃ?」
隣にいたピンクの髪のエルフが首を傾げる。
「ちょっとこの世界の常識の確認なんだけど…こういうのって強盗にならないの?」
「うーん…」
シュゼットは口に人差し指を当てて考え込む。
「…考え込むようなことなのか?」
やけに回答に間があるので不安になる。即答で犯罪と言って欲しかった。いや、自分のクライエントが犯罪者になって欲しいと願うわけではないのだが…。
「衛兵所に駆け込めばぁ…まあ強盗、に…なりますかねぇ~」
シュゼットはうん、とのんびりした口調で頷く。
「その場合、どんな罰則がある?」
「死刑ですかねぇ。…立件できれば」
滅茶苦茶
―――困った…関わっている人間に犯罪者を出してしまった。いや、そんなことをいったらこの間のティルさんは重大な犯罪を犯したわけだし…、この世界でカウンセラーをしてたら慣れるしかないのか?ええっと、どうしよう…この場合はギルドに通報?いや、自主を促すべき?それもシュゼットに聞く?
頭の中で今後のシスカへの対応を考えていると、それを察したシスカが口を開く。
「安心してくれ、先生。あいつ等が私と彼女を訴えることはまず無いだろう」
「…どうしてそう言い切れるんですか?っていうか、そういう問題ではないような…」
―――これは倫理感の問題であって…いや、先にやったのは相手か。因果応報?いやいやいや、それが許されたら法治国家じゃな………いや、待て、そもそも法治国家じゃなかったんだった…。ティルさんの件で散々思い知っただろうが…。
高野が再び頭の中で1人会議を始めようとするが、シスカは口を覆う布の下で笑みを浮かべ、高野に見えるように左手の義手で、人差し指、中指、薬指の3本を立てる。
「まず、私たちがなにかをしたという証拠がない。次に前に取ったルッカの調書は破棄した。そして、彼女の身分証は私が身元保証人として正式に発行した。これで彼らが私たちに言いがかりをつけるのは限りなく難しいだろう」
指を一本一本折り、説明する。
「どれもでっち上げたものですけど…」
「それはお互い様ってことだ」
「そういう世の中なんですよぉ、先生」
こういうのってちょっと調べればすぐわかってしまうようなことではないのか、という疑問もあるが、それは門番たちにも同じことが言えるかもしれない。
治安が悪い、と顔をしかめる高野にシスカは悪戯っぽくウィンクをし、シュゼットはうんうん、と頷きながら高野の肩をぽん、と叩く。
「でも…そんな世の中なのに、なぜ貴女はそのルッカという少女を助けたんです?」
そうなると逆にシスカがルッカという少女に親切をしたことが不思議に思え、尋ねてみる。
「? 困っている人に親切するのに理由が必要か?」
シスカは「先生は変なことを聞くな」と首を傾げる。
「…やだ、何この人…格好いいですぅ」
シュゼットが口に手を当てて目を輝かせる。シスカはそれに対し、「フ…」と布の下で口を緩め、シュゼットを見る。
「…君もわかるだろうが、エルフは他種族との交流が極端に少ないからな」
「エルフは保守的な引きこもり種族ですからねぇ。世間知らずだし、価値のあるアクセサリーとか持ってるから………ぶっちゃけカモですよねぇ、カモ」
シスカの言葉にシュゼットはうんうん、と頷き、自虐的な笑みを浮かべた。
「シュゼットも経験があるのか?」
高野が興味本位で尋ねると、シュゼットは露骨に嫌そうな顔をする。
「先生ぇ、大抵のエルフは都会に来たら嫌な目に
「え、えっちなこと…」
「そこ、繰り返さないでください」
「すみません」
おじさんの
こういうのは元の世界ではセクハラになりかねないから気をつけなければならない。もう高野も36歳なのだから昔は笑って済ませてもらえたセリフもお縄案件になり得る。異世界だからといって油断してはならない。
「おほん」と高野は咳払いをし、気を取り直して脱線しかけた話題を戻すことにする。
「…で、話を戻しましょう。結局手元には30000Gが戻ってきたわけですね。では…」
高野の問いにシスカは「先生の想像通りだ」と頷く。
「ギルドを通してCランク冒険者に依頼し、彼女の里へ調査に行った」
「…珍しく予約をキャンセルされたと思ったら」
シスカのカミングアウトに高野は苦笑いする。
「もちろん彼女は置いて行った。連中が彼女を探している可能性もあったからな。それに私たちは今回、あくまでも調査で戦闘はするつもりはなかったよ」
シスカは表情を固くして自己弁護する。
「…とはいえ、万が一ってこともあるでしょう」
「幼い同胞が困っていたんだ。放っておくわけにはいかないだろう?ましてや彼女は知人の娘だ」
責められていると感じたのか、シスカは表情を固くしたまま「仕方がなかった」というように語る。
これではこの行動について
最初に苦笑いしてしまった高野の切り口が良くなかったのだ。そこで、高野は彼女に伝えたかったことをシンプルに伝えることにする。
「それはそうかもしれませんが…私はカウンセラーとしてまず真っ先に貴女の心配をしますよ。………とにかく無事で良かった」
「むう…」
シスカはその言葉に強張っていた表情を
クライエントは時にカウンセラーの想像を遥かに超える無茶をすることがある。
それは成功すれば躍進につながるが、失敗すれば今まで歩んできた道を大きく後退する、あるいはスタート地点よりも遥か後方に下がってしまうことさえある危険な賭けだ。
本来であれば、冒険に出るのは治療の段階でいえば最後の方になる。まずは今まで通り、イメージの中でトラウマを扱い、気持ちをコントロールする術を身に着けてから、段階を踏んで徐々に街の外へ出していく過程が必要だ。
しかも、その治療は彼女が冒険者に戻るという意志を固めてから進める話だ。
冒険者に戻ることも決めておらず、街の外に出る必要性も現段階ではないため、まさかゲームを初めていきなりラスボスに挑むような展開になるとは想像していなかった。
それは彼女の優しさ故の行動であり、結果的に賭けに勝った。確かにこの経験は治療においても大きな意味があるが…。
「貴女はソシアに対する…いや、ソシアだけじゃない。魔物や魔獣、そして男性に対するトラウマの治療過程にいます。…ルッカという人を放っておけなかったのは貴女らしいが、場合によってはせっかく落ち着いてきたのにまた体調を崩してしまうリスクもあった」
「…」
シスカは高野がこれから言うであろうことを予想して視線を床に落とす。
高野も彼女が高野に叱られることをした自覚があることを理解し、言葉を選ぶ。
「…そんなことは貴女もわかっていた筈だ。それなのに…それでもなお、同胞のために、案内人とはいえ、鎧を着るのもためらっていた貴女が再び冒険に出たこと、そしてなんとか無事帰って来れたこと…それは凄いと思います。…誰でもできることじゃない」
「…ッ」
高野のその言葉にシスカが顔をあげる。彼女のその目をしっかりと見て、高野は続きを口にする。
「けど…あまりにもリスクが大きい。冒険中に例えば、貴女が前のようにフラッシュバックして、それが戦闘中だったら?…貴女は死んでいたかもしれない。もしかしたら同行していた冒険者たちも死んでいたかもしれない。無事だったから全てOKではありません。…次は行動する前に私に相談して欲しい」
「貴女のことを大切に思っています」という気持ちは言葉だけでは伝えられない。言葉だけではなく、伝えたい思いを表情や態度に乗せ、「届け」と心の中で祈るように彼女を見る。
「……………すまな…かった」
気持ちが届いたのか、シスカは高野の目を見て、顔を歪め、静かに
「軽率だった」
「………貴女があの
高野は優しい声で彼女に
「…うん」
ペリドットの瞳から透明の涙が
シスカの揺れた感情が落ち着くのを待ってから、高野は「それで…そのルッカさんの里はどうだったんですか?」と切り出した。
「………うん。…………それが」
彼女は
「うん?」
「…なにもなかったんだ」
ポツリとシスカは呟く。
「ん?……なにもない、とはどういうことです?里は無事だったということですか?」
「いや…」とシスカは首を横に振る。
「文字通り
「…………」
高野は口元に手を当てて考え込む。
「場所を間違えた可能性は…?」
「………先生、貴方たちには同じに見えるだろうが、私たちにとって木は人間の顔と同じさ。髪も肌の色も顔つきも違うように見える。少なくとも育った森で迷子になることはあり得ない」
シスカは首を振るときっぱりと断言する。
「…そうなのか?」
シュゼットの方を向くと口を尖らせてそっぽを向いていた。
「えー…えー…えー…はいぃ。大抵のエルフは…ですけどぉ~」
…この反応を見る限り、どうやらシュゼットは例外のようだ。
「しょ、しょうがないじゃないですかぁ~!!!方向音痴のエルフだっているんですぅ~!!!」
高野の表情から馬鹿にされたと読み取ったシュゼットは口を膨らませて抗議する。
「そうだとしたら、シスカさん、貴女はなぜそこが彼女の里の位置だと?」
「ん?」
シスカは高野の指摘の意味がわからず首を傾げる。
高野はその反応を見て、自分の質問に補足する。
「…いや、里のあったはずのところに森があったのならば、見慣れない木が沢山生えていることになるかな、と思うんですよ。じゃあ、どうやってそこがそのルッカという人の里だとわかったのかな、と」
「ふむ、なるほど」とシスカは頷く。
「先程、木が人間の顔のように識別できるという話をしたが、私たちは全ての木を覚えているわけではないんだ。それは人間を沢山見ても、全て覚えられないのと同じだ」
「ふむふむ」
それはなんとなくわかる気がする。全ての人の顔を記憶するのは難しい。例え、過去に何度かすれ違った人でも「そう」と認識しなければ、「あ、前にもすれ違った人だ」と気づくことはできない。
「森には印象に残る木がある。人間に例えるならば印象深い人だな」
「なるほど、キャラの濃い人は忘れにくいですよね」
「そうだな。…それらの配置で大まかな場所がわかるんだ。この木とこの木の位置関係的にこの辺に里がある筈、といった具合にな」
感覚的には星座の配置を覚えるようなものだろうか。無数にある星の中から明るい星だけ覚えて、それらを繋いで宇宙での星座の位置関係を把握するような…。
「そうすると、里があった筈の場所に生えていた木々は印象の薄い木だから元々あったのかどうかすらわからない、と」
「まあそういうことだ。しかし、位置的にはあの場所に木が生えていることはあり得ない。だが同行してくれた冒険者には言われたよ。『場所を間違えたのではないか』と」
エルフから見える木の感覚がわからなければ、そう考えて当然だろう。
「それで、ルッカさんはなんと?」
「………」
シスカは顔を
「『そんな筈ない!!!』と怒っていたよ。…まあそうだろうな」
「………せっかく親切で手伝ったのに、残念な結果になりましたね…」
「ああ…」
シスカは
「…もう時間だ。先生、今日はありがとう」
シスカはソファーから立ち上がる。
「いえ…」
高野もなんとなくスッキリしない気持ちになったが笑顔を作り、「また来週」と声をかけた。
この時はまさかこの後、自分がシスカの話にでてきたルッカに関わることになるとは全く想像もしていなかった。
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