#2
― アマイア暦1328年
<大都市ネゴル ギルド>
「だから!本当なんですって!」
エルフの少女は目に涙を浮かべながら叫ぶ。
昨日から何度も説明しているのに、一向にギルドが動いてくれないので焦っていた。
「いや、こちらも嘘だとは言っていません。しかし、ですね…コルト樹海はかなり複雑で、里の位置も名前もわからないとなると…」
ギルドの受付の男性は困った顔で少女をなだめる。
「お金が必要なんですよね?お金ならなんとかしますから…」
「いや…そうではなく…」
ボロボロの格好をした少女を泣かせているという絵面が非常にマズい。
周りにはまるでギルドの職員が
お祭り好きの冒険者たちも面白がって「なんだなんだ?」と集まってくる。
「うほっ、可愛い」
「おい、ギルドの職員さんよ。こんな可愛い子をいじめんなや」
「幼女幼女」
「幼女様や」
「バカ、エルフだぞ?俺らより年上だろ」
「じゃあ
「よ、幼女が…幼女でない…だと!?」
「ロリババア?それはそれで萌える………のか?」
「需要はあるかもしれないけども…」
幼女が幼女ではない可能性にザワザワと男性冒険者たちがどよめく。
「おい、誰だ?この子、ババアって言ったやつ!」
「それは私らエルフにケンカ売ってるってことでいいのか?ああん?」
「ぶっ◯ロスぞ、コラァ!!」
一方、それを聞いたギルドにいたエルフの女性陣が一斉に殺気立って各々の武器を男性冒険者たちに近づける。
「すまない、通してくれるか」
「なんだ?押すなって……。……ッ!!」
その時、人混みを掻き分けてエルフの少女の前に現れたのはエルフの女性だ。
エルフの女性に押しのけられた取り巻きの冒険者が
彼女は色素の薄い黄緑色の髪に白い肌、同色の長いまつげにペリドットのような美しい瞳を持っていた。
鼻の上まで布で覆い顔の半分を隠しており、まるで
しかし、彼女の耳や両腕を見れば、踊り子ではないことは明らかだ。
左耳は大きく欠けており、魔物に
右手は小指と薬指が義指、左腕は肩から先が義手であった。
明らかに魔物に襲われ、命を落としかけた体験をしたものだとわかる。
「そこの君!」
エルフの少女は声のかかった方を振り向く。
「?」
「その髪の色と目…ひょっとするとカロレアを知らないか?」
「カロレア?…お母さんの名前ですけど」
エルフの少女は驚いたように目を見開き、エルフの女性の肩を掴む。
「もしかしてお母さんの知り合いですか!?助けてください!魔神教という集団に里が襲われているんです!!」
「魔神教?」
「あの都市伝説のか?」
「あり得るか?」
「いや、誰も見たことがないんだろ?」
「大丈夫かこの子…」
「身なりも汚いし、家出か?」
「魔神教」というキーワードに反応し、周りがザワザワと声を上げ始める。
「む…」
周囲の反応を見たエルフの女性は眉を
少女を椅子に座らせると女性も対面に腰を下ろす。
「私はシスカ。冒険者…いや、元冒険者だ。君の母、カロレアには昔耳飾りを作ってもらったことがある。これだ」
シスカと名乗った女性は耳元に手をやり、顔を
「…そうだ。もう無いんだったな…」
なにを思い出したのか、今にも泣きそうな表情を一瞬浮かべ、「すまない」と謝る。
泣きそうな顔は一瞬で元の落ち着いた表情に戻る。
「いえ…」
少女はなんと声をかけて良いかわからず、ふるふる、と首を振る。
「…良かったら君の名前を教えてくれないか?」
「ルッカです」
ルッカと名乗った少女はソワソワしながら「あの…」と口を開く。
「私、貴女のこと里で見たことがないんですが…」
「それはそうだろう。私は君の里の出身ではないからな。ただ、ルッカ、君の里の場所は知っている」
「じゃあ…!!」
顔を輝かせるルッカにシスカは頷く。
「ああ、君の里を見に行くことはできる。ただ…」
シスカは再び顔を
「ガイドは私が務めるとしても、里の救援に行くならば、少なくともCランクくらいの冒険者を雇った方が良いだろう。それから私にも詳しい事情を話してくれないか?」
「あ、はい…」
ルッカは頷き、シスカにこれまでの経緯を説明する。
シスカは話を聞き慣れているのか、丁寧に状況を確認し、整理してくれる。
そして、生き別れた彼女の姉の名前を聞き、「…ヘレナ」と呟く。
「姉のことを知っていますか?」
シスカは首を横に振る。
「…いや、残念ながら私は冒険者になって日が浅い。ブランクもあるからあまり情報には明るくないんだ。役に立てずすまない」
「いえ」
同胞ならばひょっとすると姉の活躍を耳にしているのではないかと期待したが、シスカは知らないようだ。
しかし、すぐに切り替えてシスカに別の質問をする。
「Cランクの冒険者を雇うにはどれくらいのお金が必要ですか?」
「…ふむ」
シスカは口元に手を当てて考える。
「賊が残っているかどうかはわからないから
「そんなに…。どうしよう…私そんなにお金ないかもしれません」
ルッカはシエラの見積もりを聞いて青ざめる。残念ながらこの街には知り合いが誰もいない。金を借りることも不可能だった。
「…その装飾品は手放せるか?」
シエラがルッカのネックレスやブレスレットを指差し尋ねる。
「それは…はい。……ですけど」
「けど?」
「私の指輪………せ、1000Gくらいだったからそんなにお金にはならないと思います」
ルッカがじわり、と目に涙を浮かべて
「…指輪?」
「はい。お母さんから貰った金細工の指輪なんですけど」
それを聞いたシスカは目を見開く。
「バカな!君は知らないかもしれないが、カロレアの作品なら売れば25000Gはゆうに超える。誰がそんなことを?」
シスカは声を荒立て、机を拳で叩く。ルッカはビクリ、と身体を縮めて涙目で「え…入り口の門番の人が…」と小さい声を出す。
「…あ、驚かせてしまったな、すまない」
シスカはその反応で我に返り、椅子から立ち上がった。
「…なら装飾品を売りがてら取り返しに行こう。…その門番の顔はわかるか?」
「は、はい…」
ペリドット色の瞳に怒りの炎を宿すシスカに圧倒されながらルッカは頷いた。
― アマイア暦1328年
<大都市ネゴル 門>
「失礼する!」
門の横にある詰め所のドアをシスカは勢いよく開く。
中にいた門番は驚き、吸っていた葉巻を口から放して顔をあげる。
「なんだアンタ…急に」
「…ルッカ、彼か?」
シスカの後ろに隠れるように立っていたルッカはその問いにコクリ、と頷く。
「そうか…」
シスカは頷くと背中から刃が三角の形をしたダガーをスラリ、と引き抜く。
「ひぃ!?なんだ?なんだ?」
門番は驚き、椅子から立ち上がって叫ぶ。
「おい、いきなり刃物なんか抜いて…なんだってんだ!!」
「とぼけるな。この子から昨日、指輪を
「指輪…?」
門番は目を細め、ルッカをじっと見つめる。ルッカは昨日と全く別人のような反応に驚いて身を縮める。
「………いや?知らないね」
まるで初対面です、とばかりに門番は首を振って、椅子に座る。そして一度は放した葉巻を
心を落ち着けるように何度か白い煙を締め切った詰め所に吐き出す。
シスカは煙で真っ白な視界に顔をしかめ、ルッカは門番の反応に青ざめる。
「そんな!昨日、ここで食べ物と水を分けてくださったじゃないですか。その後、通行料1000Gの代わりに指輪を渡した筈です」
同じような風景が広がるコルト樹海を地図もなく迷わずに抜け出せたルッカだ。記憶力には自信がある。
仮に双子だったとしても見分けられる筈だ。
「…あのなぁ、そもそも通行料は300Gだし、俺は毎日百人以上の人間を相手にしてるんだ。いちいち通行人のことなんか覚えてない」
煙をぶはーっと吐き出しながら門番は真顔で首を振る。まるで子どもに言い聞かせるような喋り方だ。
「300G!?昨日、通行料は1000Gって言ってましたよね!?」
「はぁ?」と眉を寄せて門番は首を傾げる。
「そんなのぼったくりじゃないか。…あ、そうだ。もしアンタが通行料を払ったなら調書がある。…記録を見てみるか?」
やれやれ、とため息をつきながら立ち上がり、戸棚から調書を取り出してペラペラとめくる。
「…昨日のどのくらいに来たんだ?」
「夕方前くらいに」
ルッカは困惑しながら応える。門番は忘れているかもしれないが調書にはきっと書いてあるに違いない。
「コルト樹海からきたルッカ、で間違いないか?」
門番はじろり、とルッカを見る。
「はい」
ルッカは頷く。シスカはその隣でダガーを握ったまま黙って様子を見ている。
「…ここには『軽装で1人コルト樹海から出てきた』と嘘をつくエルフの娘が来たと書いてある。身分証明書も持たず、汚い格好をしているにも関わらず、不相応な金品を持っているので………なに?盗人の可能性がある!要注意、と書かれているぞ!」
声を大きくして門番が立ち上がる。ルッカはその剣幕に押され、ビクリと肩を震わせる。
「通行料の300Gは払ったようだが、万が一のために犯罪予備軍用の身分証を渡した、とあるな。お嬢ちゃん…悪いが身分証のプレートを出してくれるかね?」
門番は手を差し出す。ルッカは首からプレートを外すとその手の上に置いた。
「間違いない。犯罪予備軍用の身分証だ」
「それはおじさんが私に渡したんじゃないですか」
門番は首を振り、「知らないね」と否定する。そして、手元の調書に目を落とした。
「…署名は…ベンジ。…ふむ、昨日仕事を退職した職員のようだ」
「嘘…!!」
「嘘つきはどちらだ?おい、アンタ、アンタもこの可愛いお嬢ちゃんに騙されたのかもしれないが、この子は虚言癖があるようだ。これ以上、言いがかりをつけるようなら衛兵所まで一緒に行ってもいいが、どうする?」
門番はシスカを睨みつける。
そこに「どうしたどうした?」と昨日もいた門番の相方が顔を出す。
「お、昨日のお嬢ちゃん」
相方はルッカに明るい声をかける。
「なにやら騒がしいが、一体どうした?」
「あ!おじさん!この人、昨日、ここでおじさんと一緒に門番をしていましたよね?」
ルッカは自分の記憶が証明できそうな人物を見つけ、顔をほころばせると葉巻を
相方の門番は「うん?」と首を傾げ、「いいや」と応える。
「昨日はベンジが担当だ。彼はトリクだよ」
「そんな…そんなはずは…」
ルッカは首を振る。間違いない、この門番は昨日、自分が指輪を渡した男の筈だ。
「エルフの君からすればヒューマンは皆同じ顔に見えるかもしれないけどね。残念ながら言いがかりだよ」
トリクと呼ばれた門番は首を振った。
「…ミンチ、衛兵所から応援を呼んでくれ。こちらも武器まで突きつけられているんだ。こういう輩はそのままにしておくとロクなことにならない。事実をはっきりさせようじゃないか」
ミンチと呼ばれた相方の門番は「わかった」と頷き、詰め所を出ていこうとする。
その時、ミンチの顔の脇をなにかがヒュン、と
ダン、と重い衝撃が詰め所を震わせる。
「ひっ?!」
少し遅れてミンチが自分の顔を掠めたものがなにかに気づき、尻もちをつく。
三角の刃をしたダガーが扉に深々と突き刺さっていた。
「…………黙って聞いていれば」
口を開いたのはペリドット色の瞳を持つ傷だらけのエルフだった。
オーラのように彼女の身体からは怒気が立ち昇る。
黄緑色の髪がざわざわと逆立っていると錯覚するような迫力だ。
「そんな話、君たちがグルになればいくらでも
シスカは左腕の義手で思い切りテーブルを叩く。
バキバキバキッ!!!!
あまりの力に木製のテーブルが割れた。
「…衛兵所に行く?事実関係をはっきりさせる?」
ゆらりと身体を揺らしながらシスカは静かな声で呟く。
ジャキッ、と音がして左腕の義手の拳の部分からナイフの刃が飛び出す。
そしてシスカは右手で自分の口元を覆う布をゆっくりと下ろした。
魔物たちの爪でめちゃくちゃに引き裂かれた
「あ………う………」
「…なかなか面白いことを言うじゃないか」
シスカはその傷痕だらけの口の端をゆっくりと持ち上げた。
「私としてはできれば穏便に解決したいんだが、君たちはどう思う?もちろん君たちが望むなら私の顔とお揃いにしてやることもできるが…」
シスカがにっこりと微笑むと門番の2人は青ざめて震えあがった。
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