5.ケース「ハーレム冒険者 リュウ、ジェラルディ、ティル」その2

#1


―― アマイア暦1328年紅梅こうばいの月24日 午後 ザカー平原 ――



「えー…念の為、聞き間違いかもしれないのでもう1回伺っても?」


高野は期待を込めてピンク色の髪のエルフに聞き返す。


「だから!リュウさんがティルさんに拉致らちされたんですぅぅぅぅうううう」


「なんで!?」


聞き間違いではなかった。


高野は思わず声を上げる。




リュウとは、「黒雲」こくうんのリーダー―――「稲妻」いなずまのリュウのことである。


黒髪童顔で大剣使いの彼はギルドでも有数のAランク冒険者だ。


その仲間は同じくAランクの「暴刃」ぼうじんのジェラルディと「魔炎」まえんのティル。


前者はうさぎの獣人で斧使いの戦士、後者はエルフの魔法使いだ。


実は高野はこの2人とも面識がある。…リュウを保護した直後に別々に訪ねてきて、命がけでカウンセリングをしたのだ。


男性1人に女性2人のパーティ。


通常は冒険者の性質上、どうしても男性が多くなりがちのパーティ構成になる。


しかし、そうしたセオリーを無視し、自分以外の男性を入れないリュウは、周りから「ハーレム野郎」「クソ野郎」「色ボケ野郎」などと呼ばれて反感を買っている。


以前にはもう1人、ナーシャという女性の冒険者がいたらしいが、恋愛関係がこじれ脱退した。


…そう。リュウという男は「ハーレム野郎」「クソ野郎」「色ボケ野郎」などのあだ名ではぬるいくらいの女ったらしだった。


実はパーティの女性全員と身体の関係を持っており、1人1人に「この関係は2人だけの秘密だよ」と言って釘を刺して回っていたのだ。


それだけに飽き足らず、1人脱退した穴を色々な意味・・・・・で埋めようと、明らかにパーティの戦闘能力に釣り合っていないランクCの女神官を勧誘した。


理由は単純明快。


これは彼の言葉をそのまま以下引用しよう。




『可愛いからだよ!!!清楚で綺麗な顔立ちなのにけしからんおっぱいがあって…あんな子が俺のパーティの後衛だったらやる気出るじゃないか』




迷言めいげんである。


なんと彼はあろうことか、彼女をパーティに相談せずに勧誘し、肉体関係まで持ってしまった。


そんな裏事情を全く知らぬ乙女たちは、自分の「彼氏」が新人の女に鼻の下を伸ばし、「新人教育だ」とのたまって新人を引き入れようとするのを快く思うはずがない。


当然、彼女の参入に対し、猛反対があった。


そこに「身体の関係まで持ったのに話が違う!!」と怖いもの知らずのくだんの女神官が割って入り、彼との関係を明かした。


その結果、今までリュウを自分だけのパーティに秘密の「彼氏」だと信じ、他の女に優位性があったから耐えることのできたハーレムパーティは一瞬で崩壊した。


兎の獣人ジェラルディは斧を振り回してリュウを殺さんと追いかけ回し、彼の子をはらんだというティルはショックで心をんだ。


そんな状況の彼がたまたま逃げ込んだのがギルドの相談室だった。


袖振り合うも多生の縁ということで、高野がギルドに彼を保護するように頼んだのがつい3週間前…。




「ギルドが保護している筈じゃ…?」


彼をギルドに保護する際、少なくとも2ヶ月は保護して、ジェラルディやティルたちの様子を見るという話をしていた。


場合によっては、彼女たちの目に触れないように別の街へ移送する計画もあったのに…。


「いや、それがずっと保護されているのも暇だってぇ、彼、外に出ちゃったんですよぅ」


「え~~~~…」


せめて高野のいる時にそういうイレギュラーは起きて欲しかった。


「というか、そういう時はせめて事前に相談してよ、ギルドォォォ~」


「まあ、ギルドもこういうケースは初めてですしぃ、自己責任ってことで解放しちゃったんだそうですぅ」


シュゼットは「すみませぇん」と頭を下げる。


別に彼女が悪いわけではない。それにギルドの主張も間違ってはいない。


そもそも女性関係にだらしがないリュウがいけないのだ。


身から出たさび自業自得じごうじとく因果応報いんがおうほう自縄自縛じじょうじばく…。


「それで、ティルさんがなんでそれを?」


「どうやら彼、解放されてすぐに会いに行っちゃったらしいんですよねぇ」


「ああ…そりゃ、行くよね。謝罪に」


それが誠意というものだ。殴られても蹴られても文句は言えない立場。


しかし、流石Aランクともなると精神的にも男前だ。


半殺し、いや、殺される可能性だって十分あるのに謝罪に行くのか。


こんなにヒートアップしている状況だったら、高野だったら逃げてしまうかもしれない、と少しリュウのことを見直す。


だが、シュゼットは首を振る。


「いぃえ…そのぉ…神官さんのところにぃ」


「は?出家?…じゃないよね。え?マジで…?その神官ってまさか…」


「…」


「え?え?え?いやいやいやいや…、それは…それはダメだよ、リュウさん…」


シュゼットの反応から彼が勧誘中の可愛子ちゃんの元へ会いに行ったことを悟る。


「順序を間違っちゃったけど、あれだよね?彼女の安否確認と巻き込んでしまってごめんね、っていう話をしに行ったんだよね?」


シュゼットは首を振る。


「…」


「どうやら彼女と2人で街を出て、ほとぼりを冷まそうとしたみたいなんですぅ」


この世には本当にどうしようもないヤツがいる。


どうやら彼がそのどうしようもないヤツらしい。


彼と会ってから何度も酷い目に遭っている高野は腹が立っていた。


「ティルさんがそれを偶然・・発見しちゃって、リュウさんと彼女を連れ去ったんですぅ。それが昨日ですぅ」


「…」


高野は押し黙る。


思いの外、事態は深刻なようだ。


高野はティルがカウンセリングで言っていた言葉を思い出していた。




『やっぱり(他の女たちを)殺すしか無いのかな』


『やっぱりリュウくんが魅力的なのがいけないのよ。うん。彼のあそこ・・・を切り取ってしまえば………………いや、それは彼が痛くて可哀想……………。…………………ああ、そっか、彼の可愛い顔をぐちゃぐちゃにしてしまえばいいのか。…………………ううん、そういうのはダメ。そうだ。3人・・で誰もいないところに行けばいい。それなら彼には誰も寄ってこない』




彼女ならば、本当に他の女性を殺したり、彼を監禁しかねない。


特に、今回、リュウと一緒に神官の女性まで拉致らちしたのはマズい。


ティルの立場であれば、彼だけ拉致するか、彼女をその場で殺せば良い筈だ。


そうしないで拉致したのはそれなりの理由があるからだろう。


高野は頭の中で想像を膨らませ、彼女の暗い笑みを思い出して鳥肌を立てる。


「…状況はわかったけど、俺にはその報告のために?」


ここから先は衛兵や冒険者の領域だ。


カウンセラーの高野が関与できるようなことはなにもない。


しかし、ティルは首を横に振る。


「いいえ。先生にはこれから私と一緒にティルさんのところに向かって欲しいんですぅ」


「? 場所がわかるの?」


「…はい。すでにナーシャさん、ジェラルディさんが助けに行ってぇ…帰ってきてません」


「!?」


ナーシャとは確かリュウの元パーティメンバーの筈だ。


ということはどちらもAランク冒険者だ。


その彼女らが戻ってきていないということは返り討ちにあったということだろう。


場所がわかっていてもどうにもならない状況らしい。


「いや、でもそれ、もう衛兵とか冒険者の領域であって、いちカウンセラーの俺には手に余るっていうか…まだ初心者講習会も終わってないし…」


「…今、ギルドでAランク以上の冒険者は『黒雲』しかいないんですぅ。…つまり、ナーシャさんとジェラルディさんがいない今、武力介入は限りなく不可能ですぅ」


「…で、あんまり聞きたくないんだけど、なんで俺に?」


「ティルさんからのご指名…なんですぅぅぅ。でも1人で行くのはかわいそうだから私もお付きでって…特別手当出すからってギルドマスターギルマスが…。…ね、ねぇ、私、逃げちゃダメですかぁぁぁぁあああ」


シュゼットが涙目で高野の袖を掴む。


「いや、俺も逃げたいんだけど…」


「なぜ、俺を指名するんだティルさん…」と心の中で高野は叫ぶ。


「でも…でも…特別手当は欲しいんですぅぅぅ。シュゼットはお金に弱い子なんですぅぅぅ」


ピンク髪のエルフは心のうちを正直に打ち明ける。


「…」


もう一周回って清々すがすがしいくらいだ。




「タカノ」


その時、後ろから声がかかる。


振り返るとレーリーが立っていた。


冒険者の卵たちもこちらを興味津々で見ている。


「はい。教官」


高野は姿勢を正してレーリーに返事をする。


…シュゼットが小さく「わぉ」と声を上げたのは無視した。


「講習中だが、仕事か?」


「…仕事…とは言い難いですが、はい。抜けなければならないようです」


一度でもカウンセリングをした相手だ。


指名されているのであれば、無視はできない。


それが例え、枠外で、命の危険があるとしても。


…そもそもここは異世界で、日本のルールは通用しない。それを承知の上で持ち込んだカウンセリングだ。


ならば、やれることをやってみたい。


「…」


レーリーは高野の目を見つめる。


「…本気のようだな。事情はわからんが、格上と戦う可能性があるのか?」


「…」


高野は緊急事態とはいえ、個人情報を公の場でシュゼットと会話してしまっていたことに気づき、顔を青くする。


守秘義務…まずい…どこまで聞かれた?


こういうところは本当に気をつけねばならない。本当に色々気が回らなすぎる。


レーリーは頭を抱える高野に気にせず口を開く。


「…少しでもそういう可能性があるならアドバイスだ。相手のペースに乗るな。ステータスもスキルも格上の相手に正攻法では絶対勝てん。自分の手に余る依頼クエストは受けない。強制依頼クエストの場合は…」


「生き延びることを優先する」


高野がレーリーの言葉に続ける。


「…そうだ」


レーリーは高野に笑いかける。


「お前は人より賢い。格上の相手と戦うなら頭を回して人と違うことをしろ。…お前が講習中に作っていた薬草グッズのようにな」


「…バレていたんですね」


高野は舌を出す。


「当たり前だ、馬鹿者」とレーリーは呆れた顔をする。


「人間はレベルアップでもしない限り、2~3日であんなに足は早くならんし、身体は引き締まらん」


全くその通りだ、と高野は頷く。


「生きて帰れ。間に合うなら残りの講習も受けろ。間に合わないなら後日、補習を受けに来い。ギルドで働いているんだろ?」


「はい」


高野は頭を下げた。


「ありがとうございました」


「装備一式、足りないものは補充していけ。ところでタカノ、お前は『狩人』を選択予定だったな?」


「はい」


「無事『狩人』にはなれたか?」


高野は頷く。


「いきなり弓は無理だ。剣も訓練が必要だから今回は諦めろ。武器はナイフにして、盾も持っていけ」


「わかりました」


高野はレーリーに勧められた装備をすぐに補充し、レーリーと仲間たちに頭を下げる。


「…行こう、シュゼット」


「うへぇ…ドキドキしますぅ。吐きそうですぅ」




高野は初心者講習会を切り上げ、シュゼットとともにティルが待っているという大都市ネゴルの東にあるという小屋へと向かうのであった。

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