#6


―― アマイア暦1328年紅梅こうばいの月24日 午後 ザカー平原 ――



職業ジョブの選択という体験は、拍子抜けするほどあっさりで、しかし、忘れられない程、鮮烈な体験だった。


手続きは簡単。目をつぶり、自分の神に祈るだけ。


しかし、それはあくまでもこの世界の住人の話だ。


ヒューマンなら女神アマイアに、ドワーフならば火神かしんグレアムに、エルフならば森神しんしんリベカに、トントゥならば賢神けんしんライラに、獣人ならば獣神じゅうしんブラムに祈れば良い。


彼らは自分の眷属けんぞくの心の中にいつでもおり、眷属が強く望めばよっぽどのことがない限りは応じてくれる。


そして、こころよく「いいよ!」と言ってお終いだ。




…ちなみに高野のように魔法の才能がない場合でも、よっぽどお気に入り出ない限り、神々は深く考えもせずに、「いいよ」と言ってしまうので、やはり事前に適正を調べておくのは大事だ。


あと、しつこく神に心の中で謁見えっけんを求め続けると「めんどくさいヤツ」認定され、加護を使えなくなるという噂がある。


過去に毎晩、神を呼び出す者がおり、その神から加護を没収された者がいたそうだ。


ちなみに神官は皆、アマイア教であり、祈りを捧げているが、他の神々は不快に思わないかというと、自分の眷属が他の神に祈ることはOKらしい。


神々曰く「思想信条の自由」だそうだ。


どうやらこの世界の神は高野の世界の神よりも親しみやすく、そしておおらからしい。


そんな神々の眷属たちは一瞬で職業ジョブの選択を済ませた。


時間にして1秒。


「ちょっと、神に聞いてくるわ~…はい。OKだって~」


本当にこのくらいの感覚。


家の最寄りのコンビニに行くよりも早く儀式は終了する。




ただし、地球の日本からきた異世界人である高野陽一郎には当てはまらない。


高野は目をつぶり、神に祈る。


大分類では高野はヒューマンの筈だからアマイアに祈る。


「アマイア様、アマイア様…私は『狩人』になりたいです」と心の中で訴える。


すると、不思議な体験が始まった。






―――――――― ???? ――――――――



高野が目を開けるとそこは真っ白な空間だった。


「ええと…?」


高野が辺りを見回すとそこには誰もいない。


…おかしい。先に儀式を済ませた者たちの話では神がいるはずだった。


アマイアさんがおらん…。


…もしや、高野の世界の神に祈るべきだったか?しかし、高野は仏教でもキリスト教でもイスラム教でもヒンドゥー教でもない。


いや、葬式は一応、南無妙法蓮華経って言ってた気がする。あれ?それって法華経?日蓮宗?え?それって誰に祈るの?仏陀ぶっだ


それとも転生ものの鉄板でゼウスとかオーディンとかに祈るべき?


そんなことを考えていると頭の上でヒソヒソと声が聞こえてきた。




『え?どうするこのコ。おーい、アマちん~?』


『困ったわぁ~。異世界の子はいつも困るんだけども』


『アマイア、寝てるしなぁ。ヒューマンならアマイアの管轄かんかつだけど、これちょっと違うんだよな』


『エルフは顔的にちょっと無理あるだろ。ドワーフじゃね?』


『お前、毛むくじゃらの癖にそういうこという?地味に傷つくんだけど』


『誰もお前のことは言ってないよ。被害妄想、被害妄想』


『えー…困ったわ。アマちんなんで寝てるん~?』


『そりゃ、ウロス君のせいでしょうよ』


『『『『違いねぇ』』』』




会話の内容から恐らく神々のものと思われる。


しかし、そうだとするならば、なんてフランクな口調で喋る方々なのだろうか…。


…まあそれはいいとしても、この話し合いは少し風向きが怪しい。


要するに高野の担当の神がいないのでどうするか、という話だろう。


最悪、誰も面倒を見てくれない可能性がある。


「あの~、すみません」


高野は空をあおいで声をかける。


「高野陽一郎と申しますが、職業ジョブの選択で来ました」


『『『『うん、知ってるよ』』』』


神々とおぼしき声が高野にまるで友達のように返事をする。


「ひょっとしてなんですが、私が異世界から来たので、誰の管轄かんかつかで悩まれていたりします?」


『『『『そう』』』』


神々は綺麗に声を揃えて返事をする。


…なんて嬉しくない「良いお返事」なのだろうか。


高野は咳払いをして、質問する。


「こういう場合ってこれまでの例ではどうしているんでしょうか?」


『え?どうしてたっけ?』


『忘れた☆ボク、過去には囚われない女神だし』


『アマイアに押し付けたこともあるし』


『誰も担当がつかなかったこともあるね』


『ダイスで決めたこともあったな』


『そーいえば、ウロスくんに持っていかれたこともあったネ☆あれはあれで面白かったけど』




さらっと「押し付けた」とか「ウロスに持っていかれた」とか穏やかではないワードが飛び出す。


高野は「これは困ったぞ」と心の中で呟く。


「ええと…それならダイスで決めていただいても?」


『お、それでいく?』


『いいね。いいね。話がわかるね。イケる口だね☆』


『やろうか』


『おい、ダイス持ってきたぞ』


『『『やる気満々だな』』』


神々が高野の言葉に喜び、『俺1な』『え、じゃあ私6!』『クリティカルかよwwwじゃあ、4ね』『じゃあ、ボクは3』と口々に自分の数字を述べる。


「えーと…2と5が出た場合は?」


『『『『担当なしで』』』』


「え゛…」


『はい、じゃあいくよぉ』


「ええええ!!!」


高野が制止する間もなく、天井でダイスを振ったのか、カラカラ、という音が聞こえる。


『あ、1』


『いよっしゃぁぁぁぁ!!!よろしくぅぅぅ、タッカノ!!』


『あー…暑苦しい奴に捕まったな』


『乙!☆』


「え?担当決まった?誰?」


高野はわけがわかないまま、担当の神を確認する。


『俺だよ、俺俺』


『声だけなんだから俺、じゃわからねぇだろwww』


『ちょ、やめろよ~ふざけんなwww』


『はいはい、真面目に真面目に』


神がふざけて「俺俺詐欺」まがいのことをしてくるが、当事者の高野はこのイケイケなノリについていけない。


真面目にやってくれ、と怒りたいところだが、神を叱るのは流石にマズいので、苦笑いするしかない。


『獣神ブラムだ。よろしくぅ、タッカノ』


「獣神ブラム様?」


『うむ』


『『『じゃあ、あとは若いお二人にお任せして…』』』


他の神々の気配が上空から消える。


それと同時に目の前に金色の光がスッと下りてくる。


金色の光はふわふわと浮きながら高野の周りをくるくると回る。


『お、いいねぇ。なかなか鍛えられてるねぇ。ちょっと痩せすぎな感じだが、肉足りてるか?肉』


早速、神に薬草ドーピングの成果を褒められる。


暑苦しいノリだ。文系の高野にはこのノリはややまぶしい。


「ええと…」


『あー…はいはい、加護ね。タッカノはこれから俺様の加護、『獣神の加護』ぉぉぉ…アレ?あっれ…やべぇ…どうすっかなぁ』


金色の光は加護の説明をしようとして、突然焦り始める。


「え?」


『あ、ああ、うん。ちょっとなんにも考えてなかったんだけどさぁ、俺の加護って、1日に1回獣化する加護なんだけど…お前、獣じゃないよなぁ』


金色の光は高野の周りを回って弱々しく点滅する。


『『『ぷ~…クスクスクス』』』


天上から笑い声が聞こえる。


『ちょ、お前ら、俺様も真剣なんだけど』


『『『あー、わりわり、どうぞwww 続けて続けてwww』』』


「…」


高野は目をしばたかせて途方に暮れる。


なんというか、久しぶりに地元に返ってきて同窓会をしたら、地元の仲間内だけでわかる内輪の寒いノリに付き合わされて困っている感じのアレに似ている。


『どうする?とりあえず巨大になってみたりする?』


「え…それは…」


高野の脳裏に子どもの時に流行った変身ヒーローがチラつくが、まさか36歳にもなって変身ヒーローはキツい。というか、変身しないで巨大化はもっとキツい。




『だよなぁ~…。どうしよう?どうしたい?』


「…私に裁量権が?」


高野が困り果てたように首を傾げると、天上から笑い声が聞こえた。


『やべぇ、タッカノ、大ピンチ☆』


『タッカノ、アイツも神だ。一応ある程度の無茶振りには耐えられる』


『やっちまえ、タッカノ!』


『もう!お前ら!邪魔だからちょっと引っ込んでおけ!!』


金色の光が強く点滅して、天上に文句を言う。


『『『あーい』』』




『ごめんな、タッカノ』


「いえ…」


狩人になっていいか、という職業ジョブ選択に来ただけなのにえらいことになった。


「…『獣神の加護』というのは、効果は獣化すること、なのでしょうか?」


『身体能力の強化、だな。獣化はぶっちゃけ変身感が欲しかっただけだ』


「じゃあ変身しなくていいので、獣化の力だけいただくことは?」


金色の光はしばらく点滅して『え~~~』と声を上げる。


『うん、まあ…良いよ!』


「あ、良いんですね…」


『でも使ってる時は金色に光るから。それは譲れないから』


「…わかりました」


高野はブラムの主張を受け入れる。


『じゃあ、一応、種族は「獣人」な。ヒューマンって名乗っていいけど。タッカノは俺の管轄かんかつだから。で、職業ジョブは?』


「『狩人』になりたいんですが…」


『OKOK!はい。じゃあ今から『狩人』ね。スキルはこっちで決めとくから後で確認してくれ。以上。はい、オツカレ!』


「え?え?」






―― 女神暦1328年紅梅こうばいの月24日 午後 ザカー平原 ――



「!?」


ハッ、と高野の意識が戻り、左右を見回すと、他の者と同様、1秒も経過していない。


だが、奇妙なことに先程の自分とは異なる存在に変わっていることがわかる。


ゲームや小説のようにステータス画面は見られないが、感覚的に自分に戦闘スキルと、固有スキルが備わったこと、獣神ブラムの加護が加わったことがわかった。


「…なんだこれ、身体に力がみなぎってる…。皆こんなの使ってるのか…こりゃ、ズルいよ」


高野は自分に宿った感覚に驚く。


特に驚きなのはフィジカル面だ。凡人以下の自分の肉体は、見た目はそのままだが、まるで獣になったかのようなポテンシャルを秘めていることがわかる。


軽自動車の中身だけがスーパーカーになったような感覚。


スキルを確認すると固有スキルは麻痺状態になりにくくなる『麻痺耐性』、戦闘スキルは相手を麻痺状態にする『麻痺攻撃』を持っていた。


『麻痺攻撃』は拳や剣、矢などに効果を移すことができる能力らしい。


これは自衛にはなかなかいいスキルなのではないだろうか?と高野は心の中で思う。


…それ以上に、この『麻痺攻撃』うまく使えば精神科の薬代わりにできたりしないか?


例えば興奮したクライエントを鎮静したり、とか。


物体に状態異常効果を付与することができるならば、液体や気体に付与も可能か?ひょっとすると痺れ薬や麻痺ガスなども作れる?


薬草のようにこの世界で使われていない使い方をすれば、ひょっとすると上級冒険者が暴れた時に咄嗟とっさに身を守るのに使えたりしないか?


そんな期待が湧き上がる。


突然大きな力を手に入れた万能感が高野の心を支配していた。


早く試してみたい!!!




しかし、そんなワクワクをあざ笑うかのように、ザカー平原にギルドの職員が駆け込んでくる。


「…講習中ですが?」


集合の合図をかけようとしていたレーリーはギルドの職員を見て、低い声でとがめる。


「す、すいませぇん。ちょっと緊急で。タカノ先生いませんかぁ?」


「!?」


高野は聞き覚えのある声に顔を上げる。


「あー!タカノ先生!お久しぶりですぅ」


「どうしました?シュゼット」


ギルドの職員のシュゼットだった。彼女は頬を紅潮こうちょうさせ、肩で息をしている。


「えっと…大変なんですぅ」


「?」


彼女は涙目で高野のすそつかむ。






「リュウさんが…ティルさんに…拉致らちられました」


「ふぁ!?」


ハーレム事件はまだ終わっていなかった…。

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