#2
彼の名前はリュウというらしい。
ギルドの冒険者で、職業は高野の予想通り、戦士だった。
ランクはAランクらしい。―――ゲブリエールの話ではAランクは冒険者の上位1%に入る程の実力者だ。
黒髪で童顔な彼はカッコいい系というよりもどちらかと言えば可愛い系。
それほど腕っぷしが立ちそうには見えないが、人は見かけによらないのだろう。
「…それで、「
高野はシュゼットに淹れてきてもらった紅茶をリュウの目の前の机に置く。
シスカの一件以来、彼女はカウンセリングに興味が湧いたのか、積極的に相談室のサポートをしてくれるようになった。
シスカとの面談がなくとも、よく相談室にも遊びに来てくれる。
今日は相手が男性なので、同席の必要がないので断ったが、残念そうだった。
「実は…ちょっと面倒くさいことになっててね」
リュウは
…なにやら深刻そうな話のようだ。
「…と、言いますと?」
リュウは少し口を開いて、喋るかどうか迷う仕草を見せた。
「安心して下さい。この相談室で伺ったお話は外部に
高野はリュウに、カウンセリングでは常識である守秘義務についての説明をする。
彼は「ふう…」とため息をついて手を上げる。
「オーケー。それじゃあ、アンタを信じて話すけど…俺たちのパーティ
「…3人パーティなんですか?」
高野が聞いた話によれば、パーティは基本的には4~5人で組むのがセオリーだ。
主に前衛が2人、後衛が2人。大体前衛は戦士か格闘家。後衛は魔法使いか神官という構成だ。中衛は戦士か魔法使いか狩人に多い。
中衛を入れるかどうかそのパーティのスタイルによる。5人のところでも前衛3人、後衛2人というところも多い。
「いや、元々は4人だったんだが、最近1人トントゥの子が抜けてね。…今、ヒューマンの子を勧誘している」
リュウは首を振り、パーティの事情を語る。
ということはそのトントゥは亡くなってしまったのだろうか。
すでに亡くなっている可能性もあり、これが彼のトラブルに関係している可能性もあったのであえて聞いたが、これはあまりいい質問の仕方ではなかったかもしれない。
「…そうなんですか。軽率な質問でしたね。申し訳ありません」
「あ、いや」
リュウは首を振り、「死んでしまったわけじゃないんだ。その…
「…仲違い、ですか」
高野はその言葉を聞いて、先程から彼の「獣人の女の子とエルフの女の子」「トントゥの子」「ヒューマンの子」という発言を振り返る。
…もしかして、今までのパーティは全員女性だろうか。
女性の割合が多いパーティも無くはない。
無くはないが…この半月働く中でわかったことは冒険者の仕事は、高野の元いた世界のアニメや漫画のような明るい側面だけではない。
魔物に捕まれば犯されることもあるし、水浴びができないこともよくある。魔物に見つからないように泥や糞、血などに塗れて身を潜めることだってあるらしい。
どちらかと言うと女性には敬遠されがちな職業だという。
また戦闘では男女の腕力差はどうしても出てくる。
この世界には「レベル」という概念があり、成長すれば常人とは全く別次元の身体能力を手に入れることができるので、レベルが上がれば上がる程、男女差は気にならなくなるのだろうが、最初はその壁がかなり大きい。
故に女性冒険者の多くは神官あるいは魔法使いになるという。
女性が冒険者に向いていないと言いたいわけではなく、パーティの構成はその性質上、前衛職の人口は男性に多く、女性は後衛職に偏りがちであるということだ。
後衛職を志願する男性も当然多くいる。
そんな中で自分以外のパーティが女性で占められる状況というのは、余程明確な意図がなければ起こり得ない。
つまり、このリュウという男性冒険者は…。
「意図的にハーレムパーティを作っている」のだろうと高野は結論付ける。
そう考えるとトラブルの内容も想像出来てくる。
「うーん…」
リュウはポリポリと頬を掻き、高野をチラリと見る。
「…本当に誰にも言わない?」
「お約束します」
高野は頷く。
リュウは意を決したように頷く。
「…実はその…パーティは俺以外全員女の子なんだけど、その…全員と個別に関係を持っていて」
やはりか、と高野は心の中で頷く。
元の世界のライトノベルによく出てくる強い主人公が可愛い女の子を
本当にあるんだな、そういうパターン。
いや、考えてみれば当たり前かもしれない。命の危機に瀕している中で、強い男が自分を命がけで守ってくれるシチュエーションがしょっちゅう起こるわけだ。
吊り橋効果だらけの毎日。
そして、人間もまた動物だ。パートナーの選択肢は自分の生活範囲内の相手に限定される。
基本的に好感度がマイナスではない限り、毎日顔をあわせている人間には
―――「単純接触効果」とは要するに会えば会う程、好感度が上がる現象だ。
一緒のパーティで、競争相手がいなければ、それは心理学的に考えてどう考えてもモテまくるだろう。
ただ、この世界が一夫一婦制なのか、一夫多妻制なのかはわからないが、少なくともリュウは公然と全員とイチャついていたわけではないらしい。
当然、複数人と彼が交際することに難色を示す者も出るだろう。
彼はそれを避けるために個別で関係を持ち、どうやらパーティ内ではそれぞれとの関係を秘密にしていた、ということらしい。
「ナーシャ…あ、トントゥの子なんだけど、彼女に他の子との関係がバレてしまったんだ」
リュウは深刻そうに話を続ける。
「…それは…」
高野は言葉を失う。
「…なんといいますか…
リュウは頷く。
「そう。まさに大惨事になった。ナーシャは幸いこのことを秘密にしてくれたが、おかげで彼女はパーティを脱退。おかげで『黒雲』は神官を失うことになった」
「まだ、他の人達にバラされなくて良かったですね」
「そうなんだよ」
リュウは大真面目に頷く。その顔には特に反省した様子はない。
少なくとも彼の表情から伺えるのは「パーティに重要な神官がいなくなってしまった」ということと「可愛い女の子が1人脱退してしまって悲しい」ということだけだ。
「それで…?」
「うん。それで、今、ヒューマンの女の子をパーティに入れようとしてるんだ。丁度彼女、神官でさ」
リュウはそう言いながら自分の髪をくしゃくしゃとかき回す。
「でも仲間が猛反対してるんだ。ランクCだから」
「ふむ…逆に貴方はなぜランクCなのに彼女を勧誘してるんです?ランクAのパーティですよね?」
実力が仲間と合っていないから仲間の反対も当然だとも思えるが、高野は理由を尋ねる。
「可愛いからだよ!!!清楚で綺麗な顔立ちなのにけしからんおっぱいがあって…あんな子が俺のパーティの後衛だったらやる気出るじゃないか」
「出るじゃないか」と語気を強めて言われても高野は実物を見ていないからなんとも言えないのだが…と思いながらも、高野は頷く。
「なのに…皆は納得してくれないんだ」
「そうでしょうね…」と心の中で思いながらも高野は尋ねる。
「他の2人にはなんと言って説得しているんですか?」
流石に彼も「巨乳の可愛い女の子だからパーティに入れたいんだ!」とは言わないだろう。
リュウは「よく聞いてくれた!」とばかりに頷く。
「俺たち、もうAランクの上級冒険者なんだからそろそろ新人育成もしていく必要があるだろう、と。丁度神官も欲しかったし、後衛なら絶対俺たちが守れるから、って…」
なるほど、一応、最もらしい説得だ。
だが、女性である必要はないだろうし、彼は十分若い。
後任育成する歳ではないのではないだろうか。
高野はリュウの下心の透けた説得に仲間たちはどのような切り返しをしたのかが気になる。
「それで、彼女たちはなんと?」
「今はナーシャの抜けた分の戦力を埋める方が優先だって。後任育成をするなら5人目で考えればいいから今はベテランを入れたいし、最低でもランクBの神官を入れるべきだ、と。…平行線なんだ」
「まあ、当然そうなるだろう」と高野は心の中で呟きながら頷く。
「それで…「面倒くさいこと」になっている、というのは、そのヒューマンの女性神官を入れるかどうかに関すること、なのでしょうか?」
リュウは「そうなんだ」と頷く。
「すでにその子には声をかけちゃってさ。入れるって約束しちゃったんだよ」
リュウは気まずそうに紅茶を口にしながらそう呟く。
「ん?でも、パーティのメンバーからは反対されているなら断るしかないんじゃないですか?まさか無理矢理入れるわけにもいかないでしょう?」
「ん~~~~~~…」
「?」
「…」
リュウは紅茶のカップから口を離さず、黙り込む。
高野は黙って彼が口を開くまで待つ。
「………………いや、実はそう簡単じゃないんだ。そのヒューマンの子にもすでに手を出しちゃってて」
「…ああ」
リュウは「やっちまった」と両手で自分の顔を隠す。高野も自分の顔に手を当てた。
それは…大惨事だ。
手が早すぎる。後先を全く考えず行動した結果、パーティが崩壊する危険性まで出てきているようだ。
「…それで、今、
高野はしばらく沈黙の後、彼が相談室に飛び込んできた時、
「…
「は!?」
高野は思わず声を上げる。リュウは渋い顔をしながら頷く。
「え?どういうことです?」
「まず、ヒューマンの子に話したら「話が違う!!」って、うちのパーティの子たちのところに乗り込んで…」
「あぁ~…」
容易にその場面が想像できる。地獄だ。絵に描いたような昼ドラ展開。
「あろうことにアイツ…、ジェラルディとティル―――獣人の子とエルフの子に関係を打ち明けたんだ」
「うーん…」
高野はもう渋い顔をするしかない。
「ティルはそれを聞いて泣き崩れるし、ジェラルディは俺と同じく戦士なんだけど、怒りくるって斧を持って俺を殺す気で追いかけてきたわけ」
「…つまり」
高野はごくり、と息を飲み、思わず相談室の外に目を向ける。
…Aランク冒険者が彼を殺す気で追ってきている、ということか?
「えっと…この場合って第三者が仲裁に入ったり、法的な機関が当人の代わりに裁いてくれたりとかって?」
「? なにを言ってんだ?」
リュウは首を傾げる。
…なるほど。裁判所的なシステムはこの世界にはないのか。
「警察的なものは…あ、衛兵!詰め所がありますよね。あそこに逃げ込んだら…」
リュウは首をブンブン、と振る。
「無理無理無理無理!だってハイ・ソシアを真っ二つにするようなヤツだぞ?衛兵なんて束でかかってきたって瞬殺。俺だって本気で戦うわけにもいかないし、マジギレのジェラルディを止められるヤツなんてランクSの冒険者でもいなきゃ無理だよ」
「…つまり、当人間のトラブルに関しては…」
「冒険者の鉄則。自分の身に降りかかる火の粉は自分で振り払えってことになる」
「ひぇぇぇ…」
高野は顔をしかめる。リュウも泣きそうな顔をして「なぁ、先生、俺、どうしたらいいと思う?」とこちらを見てくる。
「うーん…」
自業自得とは言え、自分のクライエントに死なれるのはあまりにも寝覚めが悪い。
かといって、手助けしたことがわかると高野自身が彼のパーティの女性たちに狙われる可能性もある。
元の世界には警察やら裁判所やら役所やら、カウンセラーの手に負えない事態へ代わりに対応してくれる機関が沢山あったが、どうやらここでは自衛の手段も覚えたほうが良さそうだ。
本当に命がいくつあっても足りない可能性がある。
「…わかりました。なんとかできるかどうかはわかりませんが、ギルド所属の冒険者同士の揉め事なので、ギルドに仲裁に入ってもらえないかこちらで確認してみましょう」
「!? 本当に?…いや、本当ですか?」
リュウが目を輝かせてこちらを見る。
「でも期待はしないでくださいね。私もできることはしたいと思いますが…。ただ、ギルドにちゃんと説明するには貴方のこれまでの経緯を話さなければなりません。複数人と関係を持っていたことも明るみになりますが良いですか?」
「え゛…!?」
リュウは驚いて声を上げ、悩む。
「…一度面談をした以上、貴方に死なれるのは私も目覚めが良くない。対人関係のトラブルについて、一般的に第三者が介入しないならば、ギルドに入ってもらう他ないでしょう。ギルドなら冒険者にある程度の効力のあるペナルティも与えられますし、Sランク冒険者とのコネクションもあります。自己解決が難しいのであれば、ギルドを頼るのがベストなような気がするんですが…」
「う~ん…でも、それでこれまでのことが明るみになるとちょっと俺も冒険者としてやり辛くなるし…」
腕を組んでソファーの背もたれに身体を預け、リュウは
「命には代えられないような気もしますが…」
高野はこの場合、自傷他害の恐れ―――自分や他人に危害が及ぶ可能性―――があるので、守秘義務の適応外で、本来ならばギルドに真っ先に報告すべき案件なのではないかと悩む。
前もってこうした場合の対応をゲブリエールと詰めておくべきだったと後悔する。
「…わかりました。こうしましょう。ギルドとしてもAランク冒険者のリュウさんが殺されてしまうのは大きな損失です。だから、私からギルドに「リュウさんがその冒険者パーティや勧誘中の女性とトラブルになり、メンバーの1人のジェラルディさんに斧を持って追いかけられているという相談を受けました。なので、リュウさんの保護をお願いします」と伝えます。その上で、「詳しい話は守秘義務があるのでリュウさんから許可をもらうか、本人に直接聞いて下さい」と言います。これでどうです?」
高野はリュウの身を案じ、伝え方の提案をする。
「うぅむ…それなら…」
リュウは渋々頷いた。
高野はそれを聞くとリュウを相談室に残し、ギルドの受付へ行く。
状況をゲブリエールに伝えたところ、すぐに対応が決まり、リュウは無事ギルドに保護されることになった。
しかし、この数日後、この話はまだ全部が解決したわけではなかったことがわかる。
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