3.ケース「ハーレム冒険者 リュウ、ジェラルディ、ティル」
#1
―― アマイア暦1328年
この相談室も少しずつだが、軌道に乗ってきた感じがある。
毎日利用者も数名いて、これが徐々に広がっていけば、と考えていた。
そこで欲しいのは…、と高野は相談室を改めて眺める。
それに3人がけのソファー2台…。
「むむぅ…」
高野は口元に手をやり、考え込む。
あまりにも
だが、それよりも…。
高野は長机を見て、頷く。
「時計とカレンダー、これ、なんとかなんないかなぁ」
この世界で生活し始めて、半月経つが、そこでわかったことはどうやら、この世界の人たちはあまり時間を気にしないということ。
特に冒険者は早朝か、朝か、昼か、夜か、深夜かくくりが大まかすぎる。
「今は何年のいつか?」と尋ねても、普通の人は「さあ?冬かな」としか答えてくれない。
ギルドの職員であれば、正しい日付を知っている者もいるがそれも、商人との窓口をしている受付くらいのものだ。
少なくとも診療所の治癒師カリネとシュゼットは知らなかった。
グラシアナとバーのマスターのマルクさんはかなり教養があるのだろう。
今は来たい時に来る、で良いが、後々はしっかりと次回の予約を取ったり、カウンセリングの時間を決めて実施していきたい。
それにはどうしても時計とカレンダーが必要だ。
だが…。
高野は自分の懐に入れている時計を取り出して見る。
「…ハンカチで100万するんだろ?この時計、多分物凄い金額だよな」
ごくり、と思わず喉を鳴らす。
これを売ってしまえばこの世界なら一生遊んで暮らせるかもしれない。
…いやいや、それもいいな、と少し考えてしまう自分もいるが、自衛もできない自分がそんな大金を持ったらあっという間に殺されてお終いだ。
時計はできるだけ人には見せないようにしよう。無駄に騒動に巻き込まれる可能性がある。
高野が幸運だったのは、異世界転移して一番初めに会ったのがグラシアナとマルクさんであったことだ。
この世界だったら、路地に転移して、いきなり強盗にあって殺されていてもおかしくはなかっただろう。
「時計は…砂時計かなんかって自作できるのか?時計があるから砂とガラスさえあれば、やれなくはないか?」
高野はブツブツと呟く。
実際にそうしたものを作る職人が必要だろう。だが、ここはギルドだ。
ギルドマスターであるゲブリエールに頼めばなんとか紹介してもらえるかもしれないし、「時計」の概念を持ち込めば、ビジネスにもなるだろう。
タイミングを間違えなければゲブリエールも協力してくれるのではないだろうか。
「とりあえずカレンダーは自作だな」
紙を取り出し、木材を削って作った定規を使って線を引いていく。
この世界は元いた世界と同じメートル法が採用されているので、定規に関しては、職人でも持っている人がいたため、相談したら
この世界の日付はグレゴリオ暦と同じだ。つまり、1年は365日、うるう年があり、日照時間も地球と同じ。さらに言えば、なんと日本と同じような気候である。
出来すぎだが、それだけ共通点があるからこそ、もしかすると異世界の扉が繋がるのかもしれない。
…話を戻そう。
高野はグラシアナに以前聞いた情報をまとめてあったノートを取り出す。
メイドインジャパンの紙はやはりメイドインレイルのガサガサの紙とは全然違う。
まあパピルスと比較すれば当たり前か…。
久しぶりに触ったツルツル、スベスベの紙の感触を指で楽しみながら、ページを
元の世界の情報なども書き込まれたこのノートを見るとついつい自分の相談室のことを思い出してしまう。
何度も思考を脱線させながら高野は目当てのページを引っ張り出す。
「あった」
そこにはこの世界の暦が書き込まれていた。
今はアマイア暦1328年。
アマイアというのはこの世界を創造した神々の1人で、英雄とともに魔神ウロスを封印した女神の名前らしい。
元の世界の感覚で言えば、紀元前と紀元後だろうか。
魔神ウロスを封印してから1328年経っているということだ。
それより前は「創世紀」というらしい。英雄オルロが神々と共に魔神ウロスと戦った神話のような時代だ。
そして、1年12ヶ月の月の名称…。これを高野は探していた。
どうやら日本の季節の花と合致している。1月、2月と数えないのでやや覚えにくいが、恐らく俳句などをやっている人なら一発で覚えられるだろう。
1月は丁度先月…
3月は
4月は桜の月。これはわかる。4月だとすでに散ってしまうところもある。高野は東京なので開花時期は3月末から4月上旬のイメージがある。
5月は
6月は
7月は
8月は
9月は
10月は
11月は
12月は
高野は月のイメージを頭に入れながらカレンダーを作る。
とりあえず、これで日付は問題ないだろう。
自作卓上カレンダーを満足そうに見て高野は頷く。
時計についてはこれからゲブリエールさんに、と相談室を出ようとしたところで、ノックがあった。
「…どうぞ」
高野が返事をすると20代前半…いや、ひょっとすると10代かもしれない。
男性の黒髪のヒューマンが飛び込んできた。童顔で鎧を身にまとっている。
背中には大剣を背負っているところから恐らく戦士だろう。
彼はドアを音もなく閉じる。
「どうされました?」
ヒューマンの冒険者は唇に人差し指を当てて、高野に黙るように合図を送る。
彼は全身汗だくで、ドアに耳を当てて外の音を確認していた。
「?」
高野はその様子を、首を傾げて見守る。
彼は相談室のドアを少しだけ開けて外の様子を伺い、そしてすぐにドアを閉めた。
「…ふう」
彼は一息つくと、大剣を部屋の隅に立てかけて、ソファーにドカッと腰を下ろす。
「ごめんごめん。もうちょっと
「ん???」
それが剣士リュウと高野の出会いだった。
この出会いが後で面倒事を相談室に持ち込まれるとは高野はこの時全く想像できていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます