2.ケース「エルフの狩人 シスカ」

#1


―― アマイア暦1328年水仙すいせんの月18日 昼 ギルド 診療所 ――



本日が高野の異世界カウンセラーとしての初出勤日だった。


午前中は診療所の治癒師のリーダーであるトントゥ族の女性、カリネに挨拶した。


カリネは茶色い髪にメガネをかけた知的な雰囲気のある女性で、まるでどこかの学校の先生のようにきっちりした感じのある風貌ふうぼうだ。


彼女は優しく高野にギルドの診療所のことを教えてくれた。


カリネによれば、診療所に所属している治癒師はカリネを含めて3人いて、他にシュゼットというエルフの女性とオーバンというトントゥの男性がいるらしい。


力量的にメインの治療はカリネが行うことになっており、シュゼットとオーバンは通常はギルドの事務作業を兼任しているので、基本的には診療所には顔を出さないという。


ギルドの診療所には一応、個室の入院病床が10床あり、この街でも有数の病院という立ち位置にあるらしい。


一応、といったのは設備が良くないという意味ではなく、この世界には「神官」という、ゲームで言うところの回復魔法の使い手が沢山いるため、入院を必要とする病気や怪我はあまりないためだ。


入院するのは回復魔法でも治療できないような四肢の欠損や特殊な呪いや病気がある場合くらいだという。


また四肢の欠損がある場合にも、傷口自体は魔法で塞いで治療できてしまうので、退院も早い。


故に10床あっても病床が埋まることはほとんどなく、基本的には診療所の1~2回の診察で多くの問題が解決してしまう。


そんな事情もあって、カリネは診療所の中にある病室の1部屋を気前良く相談室として貸してくれた。


すでに昨日のうちにゲブリエールから話を聴いていたようで非常に話もスムーズだった。


ギルドはよっぽどもうかっているのか、冒険者であれば利用料は無料。一般診療の場合にも最大で1000Gまでで対応してくれる。


この医療システムは本当にうらましい。


風邪で熱が出ても「ヒール」の一声で体調が回復してしまうのだから。


ちなみに高野も魔法を使えれば「『身体も心もどっちもケアできるカウンセラー』として異世界無双できるのでは?」と期待したが、残念ながら魔法の適正はないらしい。


そんなことをのんびりと考えつつ、相談室の環境を整えていたらあっという間に午後になっていた。


ベッドを取り払ったなにもない空間に、3人がけのソファーを2台、それと同じくらいの長さの長机1台をギルドの職員に手伝ってもらって配置する。―――これらは昨日、昨日ゲブリエールにお願いしておいた。


あとは植物があると場が和らぐだろうと思って、昨日グラシアナに用意してもらった水仙すいせんを花瓶に入れて机に飾っておく。


あとで時間があればシュゼットとオーバンにも合わせてくれるとカリネは言っていたが…。




高野はふと、外がやけに騒がしいことに気づく。


相談室の扉を開けると、診療所に数人がかりでなにか・・・担架たんかに乗せて運び込んでくるのが見えた。


「あ、タカノ先生、ちょっと手を貸していただけますか?」


運び込んでくるなにか・・・と平行して歩いてくるカリネが高野に気づいて声をかける。


その隣にはエルフの女性とトントゥの男性―――おそらくシュゼットとオーバンというピンチヒッターの治癒師だろう―――がいた。


高野が駆け寄るとなにか・・・の正体がわかる。


エルフの女性が布で全身をくるまれていた。


高野が女性だとわかったのは、布から見える長い髪と、かろうじて布から胸の膨らみがあるからだ。


…怪我をした冒険者だろうか?


彼女は担架に乗せられていて、その担架を運んでいるのは猪の顔をした獣人の男戦士とヒューマンの女魔法使い、そしてエルフの男性神官だ。


冒険者の5つのポジション―――「職業」というらしいが、見分けは割と簡単だ。


「戦士」は剣や斧を持っており、「狩人」は大体弓か短剣を持っている。ゲームでいうと「狩人」は盗賊のようなポジションだろうか。


ちなみに素手で戦ってそうな風貌ふうぼうの連中は「武闘家」というらしい。


「魔法使い」と「神官」は両方とも杖を持っているが、見分け方は簡単で、「神官」は宗教で定められた質素な格好をしている。


白や灰色の服で杖を持っていれば「神官」と覚えておけば間違いがないだろう。


グラシアナによれば、「神官」は女神アマイアを信仰する人たちで、信仰の代わりに奇跡の力―――回復魔法を使うことができるそうだ。


魔法の才能のない高野には関係のない話だが…。




話を戻そう。高野は担架たんかと並んで歩くカリネの後ろに付いていく。


「タカノ先生、彼女がシュゼット、彼がオーバンです。シュゼット、オーバン、彼がタカノ先生よ」


カリネはピリピリとした空気をかもし出しながら、高野に2人を紹介する。


エルフの女性治癒師、シュゼットはピンク色の髪に赤い縁の眼鏡をかけたエルフで、20代前半に見える。


…見えるが、エルフは長寿の生き物で、大体ヒューマンの5倍は生きるらしいので、恐らく高野よりもはるかに歳上だろう。だが、彼女も回復魔法に自信がないのか、ソワソワした雰囲気がある。


もう一人のオーバンというトントゥは黒髪の短髪で、この世界にサッカーがあったらサッカーをやってそうな、スポーツマンのような爽やかなイケメンだった。


「よろしくお願いします」


高野が2人に歩きながら頭を下げると、「よろしくお願いしますぅ」「よろしくっす」と2人からくだけた返事が返ってくる。


「タカノ先生、彼女は冒険者で、「ソシア」に長い間捕まっていたんです。彼らが「ソシア」の寝室ルームから救出してきました」


カリネは担架に運ばれている女性のことを説明する。


彼女が言う「ソシア」とはこの世界にいる魔物の種族で、人間並の知能を持った雄だけの生き物だと聞いた。


繁殖能力が高く、しかし、雄だけの種族しかいないため、女性を捕まえて寝室ルームと呼ばれる巣の区画に監禁し、犯して子どもをはらませる。


残虐な魔物であり、一度捕まれば五体満足で生還できることはまれだという。


冒険者は自分がいつ死ぬかもわからないため、身元を示す認識票タグと言われるアクセサリーを首からかけている。


今わかっている情報は彼女が半年前に失踪したEランク冒険者のエルフの女狩人、シスカであるということだけだ。


カリネは冒険者たちに彼女を診察室のベッドに寝かせるように指示する。


その間にシュゼットとオーバンが手当の道具などを用意していた。


「私に手を貸して欲しいこととは?」


高野がタイミングを見計らってカリネに尋ねると、彼女はシスカの方をちらりと見て「彼女の話を聴いて見て欲しいのです」と口を開いた。


「彼女は救助されてから1日、ほとんどなにも喋らないそうです。声帯には異常は無いはずですが、痛がる様子も泣く様子もなく、まるで壊れてしまったように無反応なのです。治療は今日中に終わりますので、明日、お話を聴いてあげてもらえますか?」


過度なストレスがかかった場合に、ショックで喋れなくなってしまったり、「乖離かいり」といってまるで魂が抜けてしまったかのように感情などが表に表出できなくなることがある。


もしかしたらそうした症状が出ているのかもしれない、と思いながら高野は頷く。


「今日は入院してもらうことになるので、治療後、病室に移ってもらいます。先生は明日彼女の病室を訪ねてみて下さい」


「わかりました」




正直、一発目から安全な国日本からきた若造カウンセラーにはかなり重たいケースではあるが、やれることはやってみよう、と高野は覚悟を決めた。

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