#5


高野は緊張しながら応接室のドアを3回ノックする。


「どうぞ」


ドアの奥から男性の声が聞こえ、「失礼します」と高野は断わりをいれて入室する。


あれ?面接の受け方って久しぶりすぎて思い出せない。どうするんだっけ?


ヤバい、しっかりしろ社会人!


高野はガチガチに緊張しながら、応接室のソファーの近くに立っている男性のエルフに「よろしくお願い致します」と頭を下げる。


「あははっ、そんなに緊張しなくていいよ。どうぞ、入り給え」


黒髪をオールバックにした男性のエルフは、芝居がかった手付きで、巨大なソファーを指し示し、高野をそこに座るように誘導する。


「失礼します」


高野はソファーに座る。


座ると身体が大きく沈み込む。…これはかなりお高いソファーだ、と高野は心の中で思った。


「ゲブリエールだ。長いからゲブラと呼んでくれて構わないよ」


ゲブリエールは握手を求める。


高野は「高野 陽一郎です」と自己紹介して握手に応じる。


「タカノ=ヨウイチロウ?そしてその格好…。変わった格好をしていると思ったが…もしかして君は『迷人』まよいびとかな?」


ゲブリエールはこちらをじっと見て問うてくる。


「はい。そうらしいです」


高野は頷く。


「…こちらに来たのはいつくらいだい?」


ゲブリエールは興味津々と言った様子で質問を投げかけてくる。


掴みは良さそうだ、と安心すると少し緊張が抜けてくる。


「実は昨晩」


「なんと…なのにギルド上層部の人間とコネクションを持つとは…いやはや、君はなかなかの運を持ち合わせているようだね」


やはり、グラシアナは只者ではないらしい。


ファッションデザイナーと言っていたが、有名人なのだろうか?


「『迷人』の君は知らないと思うが、この世界で家名を持っているのは王制度のある一部の国の王族か貴族などの特権階級くらいだ。『迷人』は狙われやすいし、とても目立つ。老婆心だが、名乗る時はタカノと名乗るべきだろうね。ヨウイチロウは少しこの世界では目立ちすぎる」


なるほど、と高野は頷く。


確かにグラシアナもマスターのマルクも家名を名乗らなかった。名乗らなかったのではなく、元々家名がないということなのだろう。


「服も早めにこちらの世界の服にすべきだよ。君のお連れさんがいる間は大丈夫だろうが、一人で外を出歩いたら狙われる可能性が高い。君は見るからに隙だらけだからね。きっと育ちが良いんだろう」


「うーん…育ちが良いかはわかりませんが、少なくとも剣を握ったことは一度もありませんね」


高野は素直に応える。


「その綺麗な手を見ればわかる。この世界でそんな手ができるのは金持ちくらいだ。だとするならば、君の来た世界に比べてこちらはかなり治安が悪いと思う。この街は比較的治安は良い方だが、それでも街中で物取ものとり人攫ひとさらいに遭うことも珍しくないからね」


…それはあまり穏やかではない。自衛のために剣の一本でも買うことを検討すべきだろうか。


高野がそんなことを考えていると、ゲブリエールが「さて、本題に入ろうか」と切り出す。


「それで?…私は商談の話があるとだけ聞いたんだが、どんな話かな?」


膝に肘を乗せて、あごの下に両手を組んで身を乗り出す。


高野はゲブリエールに対して、自分の世界での高野の「カウンセラー」という職業と「カウンセリング」という仕事について説明する。




カウンセリングとは、対象や場面によって、目的が異なるため、なかなか定義が難しいが、簡単に言えば相談者―――カウンセラーは「クライエント」と呼ぶ―――の話に耳を傾け、気持ちを整理していくのを手伝うことだ。


友人との相談と異なる点はいくつもあるが、一つは目標を持って話を「聴く」こと。


漠然ばくぜんと「聞く」のではなく、相手がなにをこちらに伝えたいのかというエッセンスを見極め、能動的に相手の話を「聴いて」いく。


そして、クライエントの求めている目標点に到達する手伝いをする。


よくカウンセリングは専門家がアドバイスし、導いてくれるものだと誤解されるが、カウンセラーがアドバイスをすることはあまり多くない。


アドバイスは結局1つの方法論でしかなく、クライエントに適した方法であるとは限らない。


故にカウンセラーがアドバイスすることによって無限にあるクライエントの選択肢を狭めてしまうことに繋がる。


結果的にうまく行けば良いが、アドバイスをした結果、クライエントがに落ちないまま結論を出してしまうことにも繋がりかねない。


カウンセラーはあくまでもサポーター。クライエントが自ら考え、自ら結論を導き出す手助けをする存在だ。


なぜならカウンセラーはクライエントの人生や行動に責任を取ることができないからだ。


アドバイスの結果、クライエントが納得せずに行動し、失敗した場合、その代償を負うのはクライエント自身だ。


だからこそ、カウンセラーはアドバイスをするときには覚悟を持ってアドバイスしなければならない。




もう1つ友人の相談とカウンセリングの大きな違いを述べるならば、「安全性」だろう。


カウンセリングは時間や場所など決められた枠組みの中で、クライエントと関わりを持つ。


逆に言えばその枠以外ではクライエントと関わることはない。


クライエントは枠さえ守っていれば、必ず自分の価値観を否定されずに話を聴いてもらうことができる。


また、カウンセリングで知り得た内容については、枠さえ守っていれば、外部に決して漏らさないという約束もあるため、周囲に話せないようなディープな秘密も安心して話すことができる。


ただし、元の世界では自傷他害―――つまり、自分や他人を傷つけるような恐れのある行為、法律に触れる行為や警察や裁判官の要請に関しては情報を開示しなければならないルールがあった。


これはクライエント、カウンセラー双方を守るためのルールであり、この世界でもそうしたルールは設定する必要があるだろう。




高野はそうした説明をできるだけイメージしやすいようにゲブリエールに伝える。


「ふむ…なんとなくはわかったが、具体的にはそのカウンセリングというものをこのギルドでどういう風に使いたいのかね?」


ゲブリエールはあごを触りながら高野に尋ねる。


「冒険者という職業では日常的に命の危険にさらされると聞きました。そして、強いストレスから冒険者を引退する人たちも多い…そうですよね?」


「そうだね。ギルドの等級はEランクからAランクまであるが、全体の40%はEランク、Dランクが30%、Cランクが20%、Bランクが9%、Aランクに至っては1%しかいない。その全体の40%を占めるEランク冒険者がDランクに上がれるのはほんの一握りだ」


ゲブリエールは言葉を区切り、高野を見つめる。


「なぜなら多くは君が言うように引退、あるいは冒険中に命を落としてしまうからだ」


高野は頷く。


「その引退する冒険者の多くは精神をすり減らし、不調をきたしてしまう。そうですよね?」


「そうだとも」


「…もし、私がその冒険者たちの心のケアをして、冒険者の引退する数を減らせるとしたらどうでしょうか?ギルドにとって、冒険者が潰れないのはかなりメリットがあると思いますが…」


ゲブリエールは目を見開き、「そんなことができるのかい?」と尋ねる。


「…どうでしょう。私は前の世界では労働者を対象にそれに似たことをしていました。ただ、こちらの世界でそれがどこまでできるかはやってみないとなんとも、というところではありますが」


高野はゲブリエールと視線を合わせて、ニヤリと笑う。






「とりあえず、だまされたと思って、3ヶ月だけ私をここで雇っていただけませんか?もし、結果を出せなければ契約を解除していただいて構いませんので」

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