#4
―― アマイア暦1328年
「…緊張するなぁ」
高野は宿の中にある鏡の前でネクタイを閉め直す。
まさかまた就職活動を行うことになるとは夢にも思わなかった。
今日は就職先を探しに冒険者ギルドというところに連れて行ってもらう事になっている。
高野の世界では、ギルドは商工業者の組合を指すが、グラシアナの話から察するに、ここでは人材派遣サービスを行う施設のようだ。
街の外には魔物や魔獣がいるらしく、街から街への移動にはリスクが伴う。
そのため、戦闘訓練を積んだ冒険者を冒険者ギルドで派遣してもらい、護衛や郵便配達を頼んだり、仕事に使う材料の調達をお願いしたりするらしい。
昨夜はグラシアナに「とりあえず持っておきなさい」と500G渡され、大通りの宿に泊まった。
グラシアナがこの後この宿に迎えに来てくれる筈だ。
こちらの世界には時間の概念がなく、早朝、朝、昼、夕方、夜、深夜と大雑把に分類されている。
そのため、グラシアナは「昼頃」と言ったが、それが何時を示すのかはさっぱりわからない。
時間にうるさい日本人の高野としては不安で仕方がない。
高野は左手にある時計で時刻を確認する。
電波がないので正確な時間を指しているかはわからないが、転移したタイミングが夜で、こちらの世界も夜だったので、まあ大体同じ筈…だ。
地球と同じく1日が24時間ならば、だが。
ちなみに、昨日の話で面白い話をいくつか聞けた。
まず、こちらの世界も距離は「メートル法」が使われているということ。これは恐らく地球出身の『迷人』が持ち込んだ概念だろう。共通点があることはとてもありがたい。
それから1年が365日だと言うことも重要な情報だった。こちらでは花の名前で1~12月を区切っているらしい。これも1ヶ月は30日か31日、ちゃんとうるう年まである。
今はアマイア暦1328年
その時、コンコンコン、と宿のドアがノックされ、「タカノ~?」とグラシアナの声が聞こえた。
時計を見ると12:32。なるほど、昼はこのくらいの時間を指すらしい。
この時計が太陽電池で動いていて、助かった。今後もきっと出番は沢山あるだろう。これはいくら金を積まれても手放せそうにない。
「今出ます」
タカノはジャケットに袖を通し、その上から黒いコートを着る。
ドアを開けると、ニットの帽子を被ったグラシアナが立っていた。肩には雪が乗っている。
「外、寒いわよ」
「雪、降ってるんですね?」
「ええ、昨夜から結構降ったみたいで積もってるわ」
グラシアナの言葉に高野は頷き、連れ立って宿を出る。
宿の受付のうさぎの顔をした女性に一声かけると「いってらっしゃい」と笑顔を向けてくれた。
「…昨日も言ったけど、「カウンセラァ」?って仕事はこの世界にはないの」
ギルドに向かう道すがらグラシアナが白い息を吐きながら高野に話しかける。
「…魔物や魔獣がどんなものかはわかりませんが、日常的に戦う職業の人たちは精神を病んだりしないんですか?」
高野はグラシアナに
「そういう人たちは引退していくわね。冒険者の中には、目の前で仲間が殺されたり、身体の一部を失ったり、魔物の子どもを産まされたりする人もいる。…二度と剣を握れなくなってしまった人や、社会復帰できずに家に閉じこもってしまう人も結構いるわ」
グラシアナはそうした経験をした人を見たことがあるのか、目を細めて通りの先を見つめる。
目の前で仲間が殺されたり、生命の危機的な状況に陥ったりすれば、それはトラウマにもなるだろう。
冒険者の多くは経験を積む前に何回かの戦闘で死亡するか、トラウマを抱えて引退してしまうという。
その上、生き残った人たちのケアがされていないのだとしたら、社会的な損失はとても大きい。
高野がこの世界で生計を立てるのであれば、そうした冒険者のケアをしたいと思った。
「新しいことを始めるのはかなりエネルギーを使うわよ。ギルドにアタシの知り合いがいるから紹介してあげるけど、アタシはアンタの仕事のこと、良くわからないし、仕事が取れるかどうかはアンタ次第だからね」
「助かります」
いつの間にか「貴方」から「アンタ」に呼び方が変わっているのに気づいたが、彼女との関係性が深まったからだろうと高野は嬉しく思った。
ギルドはこの街の中心的な施設らしいし、冒険者は沢山いる。冒険者をターゲットにしたカウンセリングを行うなら、確かにここ以上に相応しい場所はないだろう。
―― アマイア暦1328年
ギルドは大都市の中心的な施設というだけあって、かなり立派な建物だった。
大きな街の役所くらいの広さと言えば伝わるだろうか。
大きな門に白い壁、装飾は華美ではないが、品があり、「ちゃんとした施設」な雰囲気がわかる。
扉を開けると沢山の人種―――エルフ、ドワーフ、トントゥ、獣人、ヒューマン―――が剣やら斧やら各々の武器を持ち、鎧を着ている。
まるでRPGの世界のような世界だ。高野もこれには少なからず感動を覚える。
郵便配達のエリア、
「ギルドは大きい街にしか無いからね。そういう意味ではアンタ、良い場所に異世界転移したかもしれないわよ」
目を輝かせる高野を見てグラシアナはクスリ、と笑う。
「ん?」
高野はギルドの中で、不思議な光景を目にする。
義足や義手などを扱う店がある…?
中世ヨーロッパくらいの文明レベルだと思っていたが、機械もあるのか?
思ったより技術があるのか…じゃあなぜ電気などはないんだ?
店をよく見ると丁度、エルフの女性がメンテナンスを終えた義手を取り付けるところだった。
技師が義手を取り付けるとエルフの女性が義手の方を見、そして義手の指を動かした。
「!?」
これは…。
高野は義手や義足などは全く詳しくないが、かなりの技術力ではないだろうか。
神経に接続して脳波かなにかで動かしているのだろうか。
日本の技術レベルよりひょっとして高いんじゃないか?
「???」
ギルドの中を見回すが、他に特筆すべき技術は見当たらない。
申し訳ないが日本の文明レベルよりもかなり低い。
なんだ…このチグハグな技術レベルは…。
高野ですらこの気持ち悪さなのだ。きっと自分の代わりに技術者が転移していたら、発狂ものだろう。
というか、もしそういう目に見えて成果物を生み出せる職業の人間だったらどんなに良かったかと思う。
しかし、残念ながら高野が持っているのは精神医学的な知識と臨床心理学的な知識、そしてカウンセリングの実践経験だけだ。それだけでなんとか生き延びるしか無い。
「ちょっと話してくるからそこに座ってて」
グラシアナはギルドの端の方にある木製の丸テーブルと切り株でできた椅子を指し、受付へ歩いていった。
彼女はギルドの受付と数分話をした後、「ギルドマスターのゲブリエールが話、聞いてくれるって」とあっさり戻ってくる。
グラシアナの顔は想像以上に広いらしい。
しばらく待っていると「タカノさんですね。こちらへどうぞ」と受付に呼ばれる。
「ちょっと行ってきます。グラシアナさん、ありがとうございます」
高野はグラシアナに頭を下げる。グラシアナは肩をすくめて「全然」と笑う。
「頑張ってね」
「はい」
高野はネクタイを閉め直し、背筋を伸ばした。
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