第4話 反撃

 あれだけの数の兵士に独力で武器を用意した? 有り得ないでしょ。

 考えてみればいい、ケリンブはあの国に糜爛びらんガスを提供されていたのだ。

 大国に従うことは同時に大国を敵に回すことを意味する。

 つまり、導き出される答えは――


「また米軍か。アイツら、反政府軍を支援してる‼」


 私としても生粋の世界最強と戦いたいなど思わない。

 さすがにこんな辺境まで派遣されるとか……



(――いや‼ あんだけ反政府軍が真面目に取り組む仕事なんだ、少なくともルジェの引き渡し場所には必ず現れる。そして何より最悪なのが……イラン戦争の帰還兵、まだ定年じゃないんだよ‼)



「……潜入成功、だね」



 そして私たちは

 もとから運び込む予定だったのか、それとも私が与えた被害に応じたのか……ともあれヤマが当たり、「提供者」の荷台に入り込めたというわけだ。


「広いね」


「元の用途が見当つかないわね」


 ここは何かしらの倉庫が不法に使われているという話だったが、意外にもイメージは私の知る体育館に近かった。

 二回には覗き窓があり、無造作に転がされた迎撃銃が空間の荒々しさを演出する。

 そこだけを切り取ると、日本の城を連想できた。

 建造物の暗闇の中にそこから光が差し、埃の線を浮かび上がらせる。

 火薬やエスカの微粒子を思い出すので心底やめてほしい。


「どこを探すの?」


「じゃあ始めに向こうのスタンスを整理しよう。

 ……これは憶測なんだけど、エスカが撒かれたときの引きの速さからみて、彼らはケリンブとは普通に戦う気がないんじゃない? あ。『アメリカに支援してもらってるのに』って顔をしてるね。

 

 ケリンブは強くなりすぎた。引き際の分からない反政府軍の幹部は、もう誰も残ってないんだよ」


「だったらなんでまだ、たたかうの?」


「逃げになっちゃうけど、私には答えられない。アティエノ、ごめんね。


 ……で。普通の反政府軍は拠点の防衛を第一にすると思うんだけど、ここではその法則がないと考えられる。

 私も理由の全てを知るわけじゃない。けど、アメリカへの最強の交渉カードであるルジェが第一で、防衛兵は第二だとしたら?」


「……お姉ちゃん、それは」


。ルジェの拷問部屋はそこだ」




 鏡を持ってきてよかった。今の私には握力がないので、アティエノにかざしてもらう。 


(この辺りかな?)


 直接ルジェに辿り着くわけではない。兵士たちの入れ代わり立ち代わり、武器の詰め替え。そういったものを総合して、現在どの位置に兵士が集合しているのか、頭で地図を組み立てていく。



 一瞬だった。


 


 しかし。

 もはや私は慌てて振り返ったりなどしない。

 アティエノを肩と肘で抱え込み、優しく彼女にささやいた。


 あえて、待った。


「⁉」


 完全に呼吸を掴んだ。

 発砲と全く同時、敵対者が幼気いたいけな少女の死を最も強くイメージした瞬間に、それを芯からひっくり返す。

 結果、侵入者を排除しようとした男の眼前で繰り広げられたのは――


 使


 3房のクレマチスが地球に引かれ通り過ぎ、私の顔があらわになる。

 アティエノに動かさせた鏡を通して、私たちは対面したのだ。

 蛇の直立のように美しく、けれど蛇眼のように悍ましい、純白と暗紅の混合物。


 考えてもみればいい。

 さっき私が殴り倒されたとき、彼らにとってみれば「戦わないといけない」ように演出された状況だったはずだ。

 集団心理。軍隊式洗脳。

 あの中の一人が背中を押されて動き出した時点で、他の全員の行動、そして私たちの敗北は定まっていたのだ。


 だが今はどうか?


 彼はたった一人で私と対峙している。

 得体の知れない特技、ニューゲートを想起させるような超能力を誇る女。


 文字通り睨まれたみたいにすっかり肉弾戦という選択肢を奪われた兵士に対して、私はとどめを刺すことにした。


 獲物を勘定するような舌なめずりの後、十分な湿気を含んだままの唇でカーフスキンを取り外し、まともには拝めない色の右手をさらしてみせたのだ。


「言っとくけど、左はもっとすごいから。うん、その……どれぐらいすごいかというと、マウントフジとエベレストくらいの差があるぞ」


「ひっ」


 右手を団扇うちわに見立てただけでこのビビりようだ。こっちも痛みに耐えてるので、リアクションが返ってくるのは助かる。


「じゃあ……言うことを聞いてもらおうか」






「準備はできた?」


「うん、お姉ちゃん」


「じゃあ――


 これは当然だが、元々外敵が想定されていない位置には警備など置かない。

 なればこそ、拷問部屋(だとおぼしき所)の外壁。ここから侵入すれば、実際に対面するのは拷問担当だけで済む。

 あとは先の手順で戦意喪失させ、ルジェを奪還するだけだ。


 ――行くわよ」


 ぱんっ!

 ファンシーな破裂音が鼓膜を愛撫あいぶした。

 外壁の強度を採算に入れず、ただ自分たちが入れるサイズの大穴を開けて、生じたお花たちは優しくむしり取っていく。




「「「「「‼??」」」」」


 直後だった。

 お遊び気分の銀ではない。たった10グラムの鉛が数十発放たれ、私の視界は『死』に埋没した。


(日頃の鬱憤うっぷん晴らしに観戦かよ……!? ルジェはどこだ!?)


「――アティエノ‼」


 男臭い室内にお花の匂いが充満する。

 しかしそれでは済まなかった。


(――跳弾!?)


 ヌル村を襲撃した仲間から得た情報を無駄にはしないということだろう。

 壁面に当たり跳ね返った弾丸が、



「……い、」


 これで最後。もう全ての銃口、全ての武器を置換した。



 だから痛みはこれで終わる。

 耐えろ。

 苦しむ様を見せるな。

 一瞬でもめられたら誰も助からない。

 常に相手を威圧するんだ……っ!



 ずる、と摩擦音を隠しもせずにアティエノが室内に入ってくる。

 男だけでなく血の匂いもするので、帰ったらこの子はきちんと洗ってあげよう。


「「「「「…………!?」」」」」


 複数の疑念が重なり、二重スリット実験とは似ても似つかない不協和音を形成した。

 彼らの視線を釘付けにしたのは――



「――――――――」


 それがこの男の名前だったのか。ひどく流暢りゅうちょうつぶやくものが居た。


 

 軍服ですら露出していた部分は隠しているが、その代わりに


 彼らは私たちの幼気いたいけさと「死体」のむごさのギャップに我を忘れ、アティエノのような少女が成人男性の死体を引きずっているという最初の違和感にすら気づけていなかった。


 そして……


「実はこの男、まだ息がある。ね? 聞こえるでしょ?」


 人は五感に関わる虚偽を事実のように述べられると、少しづつそんな気がしてしまうものだ。

『そう信じたい』という願いもうまく機能した。


「でも……ぱん!」


 お花以外を詰めた部分が急速にへこんでいく。

 そして次々と虫に食われたように軍服に穴が空き、しまいには




「理解したか? 何か企んだ時点で、私は全員をこうする力がある。今の光景を脳裏に盤陀はんだで焼き付けとけ。

 ……どこだ? お前らがさらった男は」



 男たちの一人が部屋の奥を指さした。暗くてよく見えないが、漂う血の匂いは間違いなくあそこから漏れている。



「――ルジェ‼」


 折角作った恐怖を維持しようっていう考えは抜け落ちていた。

 子供のように無邪気に。私は彼に走り寄った。













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