第5話 羽衣

 シャワーを交代に浴びた。

 昨夜は帰宅して、そのままベッドに直行したことには変わりはなかった。

 けれどオリジナルはわたしだということは、あの子は理解してくれた。

 シャワーを使う前に、わたしはクレンジングをたっぷりと含ませたコットンを準備して、顔の半分だけのメイクを落としてみせた。

「同じように半分だけ落としてみてよ」

 あの子は双子の仕草のようにそれをしてみて、こちらに見せてきた。

「ほら見て!あなたもわたしなら理解るわよね。こんなに普段は化粧はしないもの」

「たまたま枕に擦れて落ちたんじゃないの?」

「じゃあ見てよ。このリップ。このリップって普段使いしてるの?」

 それが決定打となり、わたしは史華ふみかで呼び名が音読みでチカ、あの子は文香で呼び名がブンということにして、もうひとりの問題児をミカと呼ぶことにした。

 それから全てを平等にするために、ジャンケンで物事の決着をつけることにした。本当に自分自身なので齟齬そごがなくて、女同士の相談なのに結論が早いって、ふたりで笑ったんだ。

 先にシャワーから上がった私に、文香がタオルを巻いたままやってきて、タオルと一緒に用意していた蒼いブラを出して、無言でジャンケンを挑んできた。

 わたしがあっさりと負けたので、付けているのを外して文香に渡して、その蒼いブラをつけた。遠慮なく胸を眺めてくれるけど、自分のはタオルの下よ。

「改めて見るけど。チカ、大きいのね。初めて実感できたわ」

「嫌なのよね、これ。なんか背中のホックの位置が悪いのかな。擦れて痛いのよね。だからブンに貸したのに」

「それ、わかる〜」とけらけら笑う。

 ひとりっ娘だったので、双子の妹がいたらこうなんだろうなと実感できた。


 こうして分業ができるようにした。

 今日はブンが大学に行き、わたしは元彼の後をつけることにした。メイクをしっかりとして、帽子も目深に被ってみた。服装も普段とは違うものにした。

 秋口の分身がそうだったように、ブンもわたしと同じ服を一着は持っている。

 クロゼットをさぐると緑のセーターが2着。全く同じのスカートが2着吊られていた。あの手鏡で撮影した時に着ていたものだ。

 でもその時に付けていた下着はない。どうもあの手鏡は「視えた」ものを再現するようだった。なのにブンは全裸で現れた。

 彼女が全裸で出現したのは、DLしたのが自分自身でこの場所だったからかもしれない。たとえそうだとしても、下着まで貸すのはちょっと癪な気がした。

 元彼は調理師専門学校に通っていて、それなりに美味しいものを作ってくれた。思えば同棲生活というのは餌付けされていただけかもしれない。

 大学とは松本駅を中心に反対方向だったので、同棲生活が続いていれば生活圏は重ならない。その時期のわたしのアパートは、家賃を払っている両親には申し訳ないほど、家具だけが住んでいた。

 

 同棲していた町まで歩いた。

 そこは女鳥羽川が蛇行していく中洲の中にあった。

 松本駅の西口からもそう遠くないし、彼の通っていた調理師学校も近所で、さらに修行をさせてもらっているビストロもあるけど、建物が一様に古い街だ。

 その中でも道路の再開発で拡張された敷地に、目新しいアパートがあって、引っ越しをしていなかったら、そこにいるはずだ。

 村田伸一と、階段下の郵便受けの名前は変わっていない。

 用心しないといけない。

 この部屋には、わたしの分身であるミカもいると思う。

 そうだった。大事なことを思い出した。

 ミカは好戦的で猜疑心が強く、狭量だった。あのお世話になった鳴神さんを罵倒もしたし、嘲笑もしていた。それがわたしの分身というか、心の一部だなんて思いたくなかった。お祓いを受けて同期して、その瞬間の高揚した気分が蘇る。


 わたしは中空で嘲笑った。髪がばさばさと風を巻いて暴れている。

 あの六花はこの高みには来れない。そうよ。地べたを這いずる、翼のない生き物に過ぎない。

 こんなにも夜は自由なのに。

 こんなにも雲には届くのに。 

 六花がきっと瞳を開いて睨んでいる。

 そして彼女の双眸は黄金色に輝いていた。

 

 生々しい感情の噴流を覚えている。

 信じられないことに、ミカは空を飛べた。

 空中に階段のようなもの、梯子のようなもの、糸のようなものが見えて、それを摘んで空を駆け上がったことも覚えている。夢うつつなことだったので、現実とは思えなかった。

 そもそも、わたしは本当にオリジナルなのだろうか。今朝生まれたブンだって、昨日の記憶すらある。

 あることを想像してぞっとした。

 わたしのオリジナルはミカである可能性もある。

 つらつらと思いを馳せながら歩いていると、通りの向こうに見慣れた背中を見つけた。もう二度とみたくない背中とは思う。

 けれど。

 わたしとブンの身の安全を担保するためには、ミカの所在を突き止めておく必要がある。わたしは息を凝らし、視線を気取られないように焦点を故意にぼかしながら、その背中を追った。

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