第20話

 罠に使った花と皿、布などを回収してから、ココンたちはお嬢様の滞在している宿へ向かった。ガートが貸してくれたカゴの中で、ブロンちゃんはすやすやと眠っていた。

 宿にはすぐに辿り着き、じいやも顔見知りのココンたちを気軽に部屋へ通してくれた。ブロンちゃんの姿を目にした途端、お嬢様は泣き崩れてしまった。この二日、よっぽど不安だったのだろう。

 お嬢様は震える手で、眠るブロンちゃんをふかふかのクッションの上に寝かせた。号泣しながら感謝の言葉のような音を発するお嬢様の言いたいことは、じいやが翻訳してくれた。

「みなばん、ぼんとうに、はりやとうごじゃいます〜!」

「『皆さん、本当に、ありがとうございます』と申されております」

「力になれてよかったです」

 ココンは笑って答えた。お嬢様がかなりのお金持ちだと言う予想は当たっていたらしい。お嬢様が泊まっていた宿は町のなかでも特に立派な宿の一つで、しかもココンたちが通された部屋はその宿の中で一番良い部屋だった。

 上品な家具が並び、机の上にはお洒落なお菓子が積まれている。そして部屋全体に、ほのかなジャスミンの香りが漂っていた。

「ぼじぶろんじゃんにだにがあっだら、もうわだぐしは、いぎでいけまへんでしだ!」

「『もしブロンちゃんに何かあったら、もう私は、生きていけませんでした』と申されております」

 涙でぐしゃぐしゃのお嬢様を見ていられなくなったのか、ヤエンがポケットからハンカチを取り出した。ヤエンにしては優しい行動である。

「話が全然進まねぇ。さっさと泣き止めよ」

 と思ったら、ただ非効率的だと感じただけのようだった。

「あじがどうございます!」

 お嬢様はハンカチを受け取ると、勢いよく鼻をかんだ。

「げっ…」

 ヤエンが顔をしかめる。お嬢様はしばらくすると、なんとか調子を取り戻したようだった。姿勢をピシリと正すと、お嬢様らしい威厳が戻ってきた。目はまだ少し、赤かったけれど。

「皆さん、改めてお礼を言わせてください。ブロンちゃんが無事返ってこれたのは、皆さんのおかげです」

 お嬢様はじいやに目配せをした。じいやはすぐに部屋を出て行く。

「報酬はすぐに持ってこさせます。どうか皆さんの旅に、お役立てください」

 ラージャオがガッツポーズをしようとするのを、マーレとココンが両側から抑えた。そういえば、とココンは口を開く。

「ブロンちゃん、とても疲れてると思うんです。ご飯はさっき食べたので、あとは十分眠らせてあげるといいと思います」

 お嬢様は、驚いたように口をぽかんと開けた。

「ご飯、というと?」

「俺が作りました!全部残さず食べてくれて、嬉しかったですよ」

 ラージャオが手を上げると、お嬢様は一層目を見開いた。

「ブロンちゃんが、私たちの用意した高級キャットフード以外のものを食べるなんて。あなたは料理がお得意なんですね」

 そう言われて、ラージャオは照れ臭そうに頭をかいた。

「ブロンちゃんのご飯係として、雇わせていただきたいくらいです。お給料はもちろん、たっぷり出ますよ」

 突如上がったお誘いに、ラージャオは目を輝かせた。けれどすぐに、首を振る。

「俺の夢は、いつか親父に認められて、自分のレストランを作ることなんです。ブロンちゃんのためだけじゃなくて、もっとたくさんの人のために料理を作りたいな」

 お嬢様は特に気分を害された様子もなく、むしろ感動した様子で笑顔を浮かべた。

「でしたら、いつかレストランが開店した時、真っ先におうかがいしますわ」

「ぜひ!」

 ラージャオが満面の笑みで答えた時、部屋のドアが開いてじいやが入ってきた。両手に大きな袋を載せている。じいやはその袋を、一番近い位置にいたテァランギに渡した。

「こちらが報酬になります。皆さま、ブロンさまを見つけていただいたこと、このじいやからもお礼申し上げます」

「ああ」

 テァランギは袋の中をのぞいた。表情が一切変わらないので、ココンたちはドキドキした。

「どのくらい入ってるんですか?」

 ラージャオが無関心を装ってたずねる。テァランギは袋の中を見つめたまま、淡々と言った。

「たくさんだ。多分、とても」

「俺にも見せてください!」

 ココンたちが止める間も無く、ラージャオはテァランギの手から袋をかすめとった。その瞬間、ラージャオの体が前にぐっと傾いた。

「うわ、重っ!」

 ココンの頭ほどの大きさの袋には、どうやら貨幣がぎっしりと詰まっているようだった。袋の中をのぞきこみ、ラージャオはハッと息を飲んだ。

「全部金貨だ……!」

 テァランギも横からもういちど袋の口をのぞいたが、特に大きな反応もせず、「そうだな、全部金だ」とだけ口にした。テァランギはあまり、お金には興味がないらしい。

 対してラージャオは、瞳をキラキラと輝かせて何か呟いていた。

「これだけあれば…あの高級香辛料や、ちょっとお高めの牛肉も…」

 夢見心地のラージャオを放置して、ココンたちは会話を続けた。聞くところによるとお嬢様の家は、織物の有名な町で一番大きな工房を経営しているらしい。その町は少し遠いところにあったが、いつかきっとそこを訪れることを、ココンたちはお嬢様さまと約束した。(ヤエンだけはさりげなくはぐらかしていたが。)

 そしてもう一つ、驚くことがあった。お嬢様の名前はなんと、ジャスミンというそうだ。ジャスミンの花が好きなお母さんが名付けたそうで、お嬢様自身もジャスミンに囲まれながら育ったらしい。

「ジャスミンの花には僕たちもとても助けられたよ」

 マーレの言葉には、お嬢様もじいやも不思議そうに首を捻った。

 ジャスミンお嬢様はもうこの町を発つそうだ。ブロンちゃんを愛おしく撫でるお嬢様の姿を見ながらココンは、お嬢様とブロンちゃんの幸せがこの先も続くよう心から祈った。

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