第15話
ラージャオはヤエンに対してあまり良い気持ちがしないらしい。能天気なマーレや少し鈍感なテァランギはヤエンの態度を受け入れ始めいるが、ラージャオは少なからず不満を持ち始めているようだった。
「でも、役目はちゃんと果たしますよ。これでも料理人のはしくれですから。それに、レーズンもくれましたし」
「チョロすぎるよラージャオ」
しかしその言葉通り、ラージャオはヤエンに命じられた餌作りに対して非常に真剣に取り組んでいた。
買い出しの際は食材選びに一切妥協せず、荷物持ち係だったココンに悲鳴を上げさせた。猫一匹の餌のはずが、やたらとたくさんの材料を買い込むのだ。
調理場としては宿の厨房を借りることができた。朝の忙しい時間が過ぎたので、昼食の準備を始めるまでは自由に使って良いと言ってもらえたのだ。とはいえ、ラージャオが実際に使ったのは流しと調理台と火のみだった。それ以外の調理器具や調味料は全て、ラージャオ自身が持っていたのである。
ラージャオの大きな荷物に関しては、森の中で初めて会った時から不思議に思っていた。とても大きいがラージャオは軽々と持ち上げているようで、揺らすと中からガチャガチャと音がする。果たしてその中身はというと。
実は、それは数えきれないほどの料理道具だったのだ。ラージャオが荷物を広げる様子を眺めながら、ココンは声を漏らした。大きな鍋やフライパン、しっかり包まれた包丁にまな板。野宿した時のための火おこしセットまで出てきた時は流石に驚いた。
「小さい頃からずっと使ってる、俺の愛用セットです」
随分と立派な道具を持っているものだ、とココンは感心したが、ラージャオは十分、その道具に見合う実力を備えていた。
料理は流れるような円滑さで進んでいった。ラージャオは大道芸人のような大胆さと、機械のような正確さでもって、次々と食材を刻んでいった。鍋も見ずに材料をポイポイと放り込み、時計も見ずに火加減を調節する。
その間ココンはといえば、マタタビの小枝をすりこぎでごりごりと粉にしていた。
ヤエンに渡されたリストの最後には、大きな字でマタタビの名前が書かれていた。マタタビは猫が愛してやまない植物だそうで、もちろんこの町でもそこら中で売られていた。猫が食べても大丈夫なので、完成した料理に混ぜようという話になったのだ。マタタビの匂いを嗅いだ猫は酔っぱらった状態になるそうで、捕まえやすくなるかもしれないということだ。
ラージャオの美技を見ながら、ただ枝を粉々にする作業をするのは少し切なかったが、ココンももちろん真面目に頑張った。
買った分のマタタビを全て潰し終えた時には、ラージャオの料理も完成していた。
「名付けて、茹で野菜のチーズがけです」
「そのまんまだね」
茹でたキャベツやブロッコリー、じゃがいもが小さく刻まれており、その上にとろけたチーズが乗せられている。どうやら茹でた鶏も混ぜているようだ。
「栄養満点です。これでブロンちゃんも元気になりますよ」
少し目的が変わっているような気もしたが、見た目も匂いも十分おいしそうだった。しかし、やはり量が多い。少し味見をさせてもらおうとしたとき、町中の花屋を回っていたマーレが帰ってきた。買ってきたジャスミンは一旦部屋に置いてきたようで、手ぶらのまま厨房を訪ねてきた。
「良い香りだね。チーズを使ったのかい?」
鍋を覗き込むマーレからは、ジャスミンの香りが漂っていた。
「はい。匂いは強い方がいいかなと思って。ヤエンさんはどうしたんですか?」
「テァラくんのところに寄るそうだよ。エサが完成し次第、早速作戦を実行するとのことさ」
その言葉の通り、ヤエンはすぐに戻ってきた。テァランギも一緒である。厨房に入ってくるなりヤエンは嬉しそうに言った。
「思った通りだぜ。ついさっきこの近くで白猫が目撃されたらしい。すぐに必要なものを持って出発するぞ」
ラージャオがすぐに料理の盛り付けに取り掛かった。ココンはそばに置いてあった網をヤエンに見せる。
「これ、リストにあったやつ。買おうと思ったけど、宿の人が貸してくれたよ」
この町では、時折猫が建物の中にも侵入してしまうらしい。そういったときに役立つのが、この猫取り網だった。大きめの虫取り網のような見た目である。長い柄がついている分、少し遠い位置からでも猫を安全に捕獲することができる。
「二本だけだけど、足りるかな」
「あぁ。網を持ってることで逆に追いつけなくなるかもしれねぇから、どっちにしろ何人かは手ぶらで行くつもりだった」
昨日の逃走劇では、ココンたちは荷物を背負ったままブロンちゃんを追っていた。そのせいで体力が余計に持ってかれてしまった部分もあるので、今日は荷物を出来るだけ減らし、一番身軽な状態で臨む。
しかし、ヤエンは変わらずマントを羽織っていた。どうしても手放したくないらしい。テァランギも、弓矢と道具ベルトを身につけたままだった。マーレはというと、数えきれないほどのジャスミンが積まれた籠を背負っていた。
強い香りに、ココンたちは少し遠ざかった。
「ちょっと、逃げないでおくれ。まるでボクが臭うみたいじゃないか!」
「それじゃあ、行くぞお前ら」
マーレを無視してヤエンが宣言し、厨房から出て行く。ココンたちも慌てて後を追った。ここまで来ても、なかなかヤエンはココンたちに気を許さない。しかし、彼が立てた作戦には期待せずにはいられなかった。
『飼い主もどき囮作戦』、決行である。
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