第13話

「しかし、良く思いついたね。彼に協力を求めるなんて。ボクなんかじゃ怖くてとてもとても」

「説得に成功するのもすごいですよ。なんで上手くいったんですか?」

 マーレとラージャオは感心したように言った。食堂で朝食を食べながらのことだった。あの後ココンはしっかりと二度寝をし、すっきりした頭でみんなと一緒に食堂に来た。

 まだヤエンの姿はない。ココンは茹で卵を挟んだトーストにかじりつきながら答えた。

「ヤエンも多分、一人で探すのは大変だって気づいてたんじゃないかな。テァランギがすごく動けることはヤエンももう知ってるし、君だけでも取り込みたかったのかも」

 テァランギは少し困ったような表情をした。

「追いつくことはできても、怪我をさせずに捕まえられるかは分からない」

「狩りとはやっぱり要領が違うわけですか」

 ラージャオがなるほど、というように頷いた。

「ヤエンさんとやら。どういう理由にしたって、心強い味方であることには変わりありませんね。あの性格はいただけませんが。あの性格はいただけませんが」

「なんで二回言ったんだい?」

 マーレの質問には答えず、ラージャオは幸せそうにサンドイッチにかじりついた。

「今日の行動に関しては、ヤエンが計画を立ててくれている。ヤエンがここに来るまではとりあえず待機だね」

 しかし、ヤエンの計画がどういう形になるのかは、全く分からない。彼の思考については、何の想像もつかない。

「誰か一人を餌にして、囮にするとかですかね?」

「さすがにそんな怖い作戦は立てないよ。多分」

 答えてからココンは、ラージャオが何かしていることに気づく。いつのまにか朝食を食べ終わっていたラージャオは、どこからともなく一冊のノートを取り出し、そこに何かを書き込んでいるのだった。

「それ、何書いてるの?」

 尋ねるとラージャオは、くるりとノートをひっくり返し、書いていたものを見せてくれた。何かくちゃくちゃとした絵の横に、同じくくちゃくちゃした字が並んでいる。

「レシピかい?」

 マーレはどうやら絵の意味を読み取ったようだ。

「はい、行く先々で食べたものをこういう風にメモしてるんです。だから今日の朝食も」

 やはりどういうことが書かれているのかは分からないが、たしかに一番新しいページには、今朝の卵サンドらしきものの絵が描かれている。

「へぇ、この卵サンドには辛子が入ってたんだ。何かスッキリした味がすると思ったけど」

「マーレこれ、読めるの?」

「読めるさ。少し時間はかかるけど」

 マーレは当然のように言ったが、ココンの目には絡まり合った糸くずが散乱しているようにしか見えなかった。

 ラージャオは卵サンドの上のスペースを指差す。

「ココンさんにもらったクッキーも、ちゃんと書いてありますよ!」

 彼のいう通りだった。不恰好な線で、二色のクッキーが描かれている。

 ココンは少し嬉しく思った。ラージャオの旅の記録の中に、ココンとの思い出がしっかりと刻まれたということだ。

 自分の『土地巡り』に関して、何か記録するのもいいかもしれないと、ココンはふと思った。

「絵も文字も少し苦手ですけど、これも夢のためですからね。しっかり覚えて、吸収するんです」

 ラージャオはノートをぎゅっと握りしめた。古いノートは、ラージャオが『巡り』になる前から使っていたらしい。小さな頃から食べてきた色々な料理と、それを食べた時のラージャオの気持ちが、一つ残らず残されている。

「猫探しに役立つかは分かりませんけど、料理なら任せてくださいよ!」

「ボクも。猫探しに役立つかは分からないけれど、鳴き真似と楽器の演奏なら任せてよ!」

 ココンは食べかけのソーセージを皿に置き、少し考えた。

「僕は…特にできることがないなぁ」

 特別足が速いわけではないし、役に立てるような特技もない。うんうんと頭を悩ませていると、テァランギがポツリと言った。

「あいつを説得したのはお前だ。それに、お前が提案してくれなかったら俺たちは今一緒にいない」

「そうですよ!ココンさんがいなかったら、俺そもそも森でのたれ死んでます」

「そんなに堂々と言うことじゃあないと思うよ、ラーくん」

 皆の言葉に、ココンは少し安心した。皆に声をかけて、本当に良かったと思う。ココンの希望に皆を付き合わせてしまっているのではないかとも思っていたが、嬉しいことに、皆は皆で楽しんでいるようだ。

「僕に何ができるかは、はっきりとは分からないけど。とりあえず頑張ってみるよ」

 手をぐっと握りしめた時、背筋がぞぞっとした。何か獣に狙われているような、そういう寒気が全身を駆け巡る。ココンの背後に目をやったマーレが、「あ」と声を上げた。

「意気込まなくても、オマエにはたっぷり仕事をやるっての」

 振り返ると、思った通り。ヤエンが立っていた。室内だと言うのにマントを羽織り、フードで顔を隠している。

「気配消して近づくのやめてよ…」

 冷や汗をかきながらココンは訴えたが、ヤエンはそれをスルーした。不思議と腹が立たない。ヤエンとのコミュニケーションにも、段々と慣れてきた気がする。

 ヤエンはテーブルに座る四人に順番に目をやり、面倒臭さを隠さずに言う。

「作戦が大体決まってきた。さっさと食べて、コイツの部屋に集合だ」

 ヤエンはココンの頭を上から指差した。その手を軽く振り払いながら、ココンは答える。

「囮作戦は嫌だからね」

 ヤエンは不思議そうに片眉を上げた。

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