第11話
ココンは宿の裏口から外へ出た。遠くへ行く気はなかった。そのまま裏口のそばにしゃがみ込み、手を伸ばす。道の向かいのベンチに、一匹の黒猫が座っていたのだ。猫はココンに気づいていたが、無視して毛繕いをしていた。
「おーい」
ココンは小さく呼びかけた。黒猫はピクリとも反応しない。月が明るかったので、黒猫の姿は夜中でもはっきりと見えた。
「眠れないのか」
すぐ近くから声がして、ココンは飛び上がった。
「テァランギ」
ココンは少し移動してスペースを開けた。黒猫は全く逃げる気配がない。
「お昼の興奮がまだ残ってるみたい。君は?」
テァランギはココンの隣に座った。寝巻きのココンと違い、昼と同じ格好をしている。さすがに弓矢は持っていなかったが、そのほかの狩り道具はベルトにつけたままだ。
「俺も眠れない。宿は慣れないんだ」
「どういうこと?」
テァランギは黒猫をじっと見つめながら答える。
「俺の育った集落は森の中にあった。葉の擦れ合う音や木々の合間を風が吹き抜ける音に包まれていないと、不安になるらしい」
「テァランギも不安になるんだ」
ココンはなんとなく言った。テァランギは昼に会った時からずっと、表情ひとつ動かしていない。同い年くらいのはずなのに落ち着いていて、堂々としている。
「不安なことだらけだ。町じゅう初めて見るもので溢れている」
テァランギは話しながら、足元の石畳に触れている。
「だが、お前たちと会えてよかった。今は全く、不安じゃない」
ココンは咄嗟に言葉が出なかった。もしかしたら、という期待が心の中で膨らむ。もしかしたらテァランギも、皆で一緒に旅をしたいのかもしれない。
ココンが勇気を振り絞って言葉を発そうとした時。テァランギが膝をポンと打った。
「そんなことは置いといて、ココン。猫をどうやって捕まえるか、いい案は浮かんだか?」
ココンはがっくりと肩を落としたい気分だったが、なんとか耐えた。タイミングを逃してしまったことに歯噛みをしながら、努めて明るいふうを装い、答える。
「それが、全然。こんなに広いところで猫を探し出すって、本当に大変なんだね」
「ああ。しかも、探し出した猫を捕獲しなければいけない」
猫を探す。そして捕まえる。この二つの難題をどうにか攻略しなければ、ブロンちゃんをココンたちの手で捕まえることはできないだろう。
「今日の昼は本当に惜しかった」
テァランギのその言葉に、ココンは昼の怒りを思い出してしまった。黒マントの少年、ヤエン。彼とはお互いに足を引っ張り合うようなことをしてしまった。明日は彼と探す場所が被らないといいが。
「だが、もう少し工夫をしなければ。猫を確実に仕留めるような、切り札が必要だ…」
「仕留めちゃダメだからね」
やんわりと突っ込みを入れながら、ココンはぼんやりと考える。ココンたちが四人がかりだったのに対し、ヤエンはたった一人で、ブロンちゃんを追い詰めた。しかも、ココンが飛び込んでいなかったらきっと、ブロンちゃんを捕まえることができていたかもしれないのだ。
ヤエンの憎たらしい顔が浮かぶ。性格は悪いが、あと口も悪いが、頭はいいようだ。彼なら明日にでも、ブロンちゃんを捕まえることに成功するかもしれない。
「そうだ」
ココンはつぶやいた。テァランギが訝しげな視線を向ける。
「どうした。何かアイデアが浮かんだか?」
「すごく気は進まないんだけどね」
「うむ」
「すごくすごく気が進まないんだけどね」
「気が進まないのは分かった。早く教えてくれ」
ココンは顔を上げた。黒猫は相変わらず、身支度で忙しそうにしている。ツンとした顔立ちが、誰かさんと重なった。
「やっぱやめようかな」
そう言ったココンの肩を、テァランギが小突いた。
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