第8話

「報酬の話はきっとすぐに広がる。俺たちも早く、行動に移ったほうがいい」

 テァランギの言葉に従い、ココンたちも早速ブロンちゃんの捜索に取り掛かることにした。とはいえ、一体どこを探せばいいのか。

「それなりに広くて立派な町ですからね。それぞれ別行動で、出来るだけ広い範囲を探し回るのがいいんでしょうか?」

 ラージャオの意見に、テァランギが反対した。

「いや、猫は俊敏で身軽だ。見つけたところで、一人で追いかけて捕まえるのは無理だろう」

 それにマーレが続く。

「皆で動くのが得策だね。見つけたら、こっそり周りを取り囲んで、挟み撃ちにするんだ」

「俺もそれがいいと思う。どうだ、ココン?」

 テァランギに尋ねられ、ココンは頷いた。

「探すところは、狭い路地がいいかも。大人たちが探しづらい場所を中心に見ていこう」

 賛成、と三人が声を上げた。そうと決まれば、早速行動だ。広場を離れる時、時計塔の前に人だかりができているのが見えた。中心にはガートが立って、猫の絵を片手に何が叫んでいる。きっと、ブロンちゃんのことや報酬について皆に知らせているのだろう。ガートが言っていた通り、皆報酬を狙って熱心に話を聞いているようだった。

「先に言っておきますけど」

 大勢のライバルたちに睨みを効かせながら、ラージャオが言った。

「俺たちの誰がブロンちゃんを捕まえても、報酬は山分けですからね」

「了解」

 ココンが苦笑いしながら答えると、ラージャオは胸を張った。

「仕事柄、お金にはうるさいんですよ、俺」

「なんで自慢げなのさ」

 もちろん、ラージャオの提案に異論は無かった。山分けにするからには、ココンもしっかりと猫探しに貢献しなければならない。ココンは改めて気合を入れ直した。

「この道とかどうですか?」

 ラージャオは脇道を覗き込んだ。細い道だが明るく、人気も猫気も全く無い。

「なんでこの道を選んだの?」

「いい匂いがするからです」

「なんだそれ」

 ココンはずっこけそうになったが、マーレはその脇道の向こうをじっと見つめていた。

「でも、悪い考え方じゃあないと思うよ。ブロン嬢はこの町で迷子になっているんだろう?美味しそうな香りがする方向になんとなく惹かれていくのは、十分あり得ることさ」

 なるほど、とココンは納得した。それに、思い出してみればお嬢様は、ブロンちゃんが怖がりな猫だと言っていた。だとすれば、暗くてじめじめした道よりは、こういった明るい道を選ぶかもしれない。

 ココンたちはラージャオのいう脇道に入って行った。

「でも、いい匂いなんてする?」

「しますよ、うっすらですけど」

 ココンは鼻をひくつかせたが、なかなか匂いを嗅ぎ取ることが出来なかった。料理人志望のラージャオは、鼻がいいのかもしれない。

「干した魚を焼いてる匂い。向こうでも猫のご飯を用意してるのかもしれませんね」

「なんの匂いかまで分かるんだ」

 感心したココンに、ラージャオはニヤリと笑った。

「ココンさんのおでこからは、生魚の匂いがします」

「えっ、まだ匂い残ってるの?」

 さっき飛んできた魚が命中したあたりだ。慌てて頭を擦っていると、テァランギが鋭く声を上げた。

「見ろ」

 路地の奥に目をやったココンは、ハッと息を呑んだ。まさか、と思った。

 道端で伸びをしている優雅な影は、短い毛の白い猫だった。こちらに背を向けて毛繕いを始めたので、目の色はなかなか確認できない。しかし、耳は普通の猫よりは大きく、尖っているような気がした。

 ココンはほとんど息のような声で、ささやいた。

「どうする?後ろから忍び寄る?」

「いや、きっとすぐにバレる。驚かせないように、まずはこっちに気づかせる」

 テァランギは言い、足を地面に擦り付けて小さな音を出した。白猫がくるりと振り返り、こちらを見た。透き通る青空のような、美しい瞳を持っていた。ほぼ間違いなく、目当てのブロンちゃんである。

 マーレがひそひそと言う。

「町の人たちを呼んでこようか、大勢で囲むのが一番なんじゃないかな」

「ダメですよ!俺たちが捕まえないと」

 真剣に言い放ったラージャオの両目には、「お金」の文字が浮かんでいた。

 テァランギは後ろ二人の会話を無視して、沢山の道具が引っ掛けてあるベルトから一本の縄を抜き取った。

「それで捕まえるの?」

 尋ねるココンに、テァランギは首を振る。

「猫は確か、細かく動くものに興味を惹かれると聞いたことがある。だからこれでこちらに誘き寄せる」

 テァランギは、手に持った縄を地面に垂らし、ゆらゆらと揺らし始めた。そういえばココンも故郷で、猫を飼っている人が猫じゃらしを使って猫とじゃれているのを見たことがある。

 実際に、ブロンちゃんと思わしき白猫も、尻尾を振っていた。興味を引くことはできたようだが、それでもなかなか近づいてはこない。

「もうちょっとブロンちゃんの気に入りそうなものがあれば良いんだけど…」

「ボクに任せてくれたまえ」

 マーレが言った。何をするのかと背後の様子を伺おうとした瞬間、耳のすぐ隣で猫の鳴き声がした。心臓が飛び上がったが、すぐにそれがマーレの声だということに気づく。

「ナーオ、ナーオ」

 マーレは、猫の鳴き真似をしているのだった。それも、ものすごく上手な。ブロンちゃんは少し戸惑ったようだが、なんとこちらに一歩を踏み出した。

「いいぞ」

 テァランギが小さな声で言う。

「少しずつ後ずさろう。退けば向こうから追ってくる」

 その言葉に従い、ココンたちはじりじりと後退した。テァランギの言う通り、ブロンちゃんは警戒しながらもこちらに近づいてくる。

 およそ5メートルほどの距離まで近づいた時、テァランギがココンの腕を軽く叩いた。テァランギはブロンちゃんから目を離さないまま、無言で自分の腰を指差す。そこには折り畳まれた網が引っ掛けられていた。森で狩りをする時に使うものなのだろう。

 ココンはテァランギの言いたいことを理解した。静かにテァランギのベルトに手をやり、網を外す。そしてブロンちゃんを刺激しないよう、ゆっくりと網を広げた。

 ブロンちゃんは既に目と鼻の先にいた。近くで見て初めて、ブロンちゃんが非常に美しい猫であることがわかった。白い毛は切り揃えられており、ツヤツヤと光っている。きっとお嬢様やじいやが、丁寧にケアをしているのだろう。そして何よりも、瞳が綺麗だった。青一色ではなく、金色や緑色がその中に映り込んでいる。

 ドキドキと心臓が高鳴り始めた。ブロンちゃんがもう少し近づいてきたら、一気にこの網をかぶせる。絶対に怪我をさせてはいけない。でも、手加減すれば逃げられしまうだろう。

 ココンは大きく深呼吸をした。チャンスは一度きりである。

「ナウ、ナーウ、ナッ」

 網をしっかりと握りしめた時、鳴き真似を続けていたマーレが妙な声を上げた。

「ナッ、ナッ」

 小刻みに跳ねるように鳴いている。猫はこんなふうに鳴くのだろうか、とココンは不思議に思った。しかし、後ろを振り返って様子を見るわけにはいかない。

「ナッ…ナッ…」

 マーレの呼吸が震えていた。何かに耐えるように、鋭く息を吸い込んでいる。その音には、少し聞き覚えがあった。

「マーレさん、もしかして…」

 ラージャオが囁いた時、とうとう。

「ヘーッギション!!!」

 マーレは豪快に、くしゃみをした。ココンの頭の中心にまで響いてくるような、勢いのあるくしゃみだった。

 当然ブロンちゃんは飛び上がり、あっという間に路地の向こうへ走り去っていく。その後ろ姿を皆で見守っていると、マーレが鼻を啜った。

「ごめんよ」

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