第31話 ボンボン・ショコラ

 分身体が全て消え、虚空にルシファーの本体が現れる。彼は苦笑いを浮かべていた。


「……まさか、ここまでやるとは思わなかったよ」


「そりゃどーも。……降参してくれるなら嬉しいけど」


「……それはできない相談だ」


 ルシファーの瞳から光が消えると同時に、彼の身体を漆黒のオーラが包み込む。その瞬間、私は嫌な予感がした。


「全員、逃げ──」


 私が言い終わる前に、ルシファーが消えた。次の瞬間には、私の背後に現れていて、腕を振りかぶっている。

 ──間に合わない!! 私は咄嵯に身を捻って避けようとしたが、ルシファーの一撃を完璧に避けることは叶わなかった。


「うっ!」


 私の肩から鮮血が飛び散り、そのまま床に倒れこむ。


「お姉!」


「お姉様っ!」


「……大丈夫だから!」


 木乃葉と氷魚が慌てて駆けつけてきた。私は二人を制して立ち上がる。


 ──痛いっ!!……でも、まだ立てるし、意識もある。骨まで届いてないから動かせるはずだ。痛みで頭はガンガンするけれど、戦えないほどじゃない。

 ルシファーはこちらの様子を伺っているようだ。私はゆっくりと深呼吸をして、それからルシファーに向かって歩いていく。


「もう諦めたらどうだい? これ以上やったところで君たちに勝ち目はない。大人しく降伏すれば悪いようにはしないよ」


「はぁ、何を言ってるんだか。……魔法少女はこんなところで諦めないのよ」


「そうかい。ならば仕方がないね」


 ルシファーが腕を振りかぶった。私も迎え撃つために構えを取る。

 ──ルシファーは幻影を使わない。きっと何か仕掛けがあるはずなんだ。それさえ見極めれば……


「……やっぱり、そう簡単にはいかないよね」


 ルシファーの拳を受け止めた私は思わず呟く。ルシファーの身体を纏っていたオーラがいつの間にか消えていた。


「……どうやら気付いたみたいだね」


 ルシファーは口元を歪めて笑う。

 ──幻影を使わなかったんじゃなくて使えなかったのか! だとしたら、今の今まで完全に騙されてたことになる。


「……あんた、幻影を使う度に魔力を消費してるんでしょ?」


「さあ、どうかな?」


 ルシファーは惚けてみせるが、図星なのは明らかだった。


「……そんな状態で私たちと戦って勝てるとでも?」


「……確かに、このまま戦い続けたら僕は負けてしまうだろう。……だが、そうはならない」


「……どういう意味?」


「簡単なことだよ。攻め手を変えればいいだけの話だ」


 ルシファーはそう言うと掴みかかってきた。


「っ!?」


 咄嗟に振り払おうとしたものの、ルシファーの方が早い。彼は私の首を掴んで持ち上げると、そのまま壁に叩きつけた。


「ぐぅ……!」


 肺の中の空気が全て吐き出される感覚に襲われながら、私は必死に抵抗する。しかし、ルシファーの手はびくりともしなかった。


「君の言った通り、僕が幻影を使えば使うほど、僕の魔力は少なくなっていく。このままではいずれ限界が来るだろう。だから、もう小細工はなしだ。真正面から叩き潰してあげる」


 ルシファーは余裕の笑みを浮かべながら、私を見下ろす。その表情からは勝利を確信している様子が見て取れた。……だけど、それは大きな間違いだ。だって、私たちはまだ誰も諦めていないのだから。


「……はぁ、やっと本気になってくれたね」


私はニヤリと笑って見せた。


「何がおかしいのかな?」


「いや、あなたがずっと冷静沈着だったからさ。……そろそろ焦ってきた頃合いなのかなって思ってたんだよ。……私の読みが当たって良かったよ」


「何を言っているのかわからんが、君はここで終わりだよ。残念だったね」


 ルシファーは冷たく言い放つ。そして、私を壁に押し当てたまま拳を振り上げた。

 ──今しかない!!


「ヒナちゃん!!」


 私が叫ぶと同時に、緋奈子がルシファーに背後から飛びかかった。不意打ちに驚いたルシファーは、バランスを崩して倒れそうになる。私はその隙を突いて拘束から抜け出した。


「氷魚ちゃん、トリニティさん、木乃葉、行くよ!」


 私は三人に声をかけると、ルシファーに向かって駆け出す。ルシファーはすぐに体勢を立て直すと、私を迎え撃とうとした。


「させませんわ!」


 ルシファーの前に、トリニティが立ち塞がる。彼女は二丁拳銃を構え、銃口から魔力弾を放った。ルシファーは素早く反応すると、魔力障壁を展開する。


「私を忘れてもらっちゃ困ります!」


 今度はルシファーの背後に、氷魚が現れる。ルシファーは氷魚の方を振り向いた。


「……なるほど、そういうことか」


 ルシファーは氷魚が持っている剣を見て、納得したように呟く。


「私の剣は氷でできているんです。だから、砕けてもすぐに再生しますよ!」


 氷魚はそう言いながら、何度もルシファーに斬りかかる。ルシファーは後ろに下がりつつ、攻撃を捌いていた。


 ──よし、これでルシファーの動きは封じられた。後は、私がルシファーを倒すだけだ!! 私はルシファーとの距離を詰めて、渾身の一撃を放つ。ルシファーはそれを受け止めたが、勢いまでは殺しきれずに、大きく後退させられた。


「ふむ、全力を出して、その上策を弄してもこの程度か……やっぱり君たちは僕には勝てないよ」


 ルシファーは少しだけ寂しそうな顔をする。

 けれど、それも一瞬のことだった。彼は不敵な笑みを浮かべると、再び腕を振り上げる。



「散れ」



 ただ一言そう呟いただけで、ルシファーの背後に無数の光の槍が出現した。


「っ!? みんな逃げて!!」


 咄嵯の判断で叫んだものの、時すでに遅し。光の槍は無慈悲にも放たれてしまった。


「きゃあああっ!!!」


 私たちは避けることもできず、次々と串刺しにされていく。全身を貫く痛みに耐えかねて膝をつくと、ルシファーがゆっくりと近づいてきた。


 ──ああ、これはまずいな……。


 意識が薄れていく中で、私はぼんやりと考える。ルシファーは勝ち誇ったような顔をしながら、私を見下ろしていた。


「……やっぱり、所詮は人間。いくら群れたところでたかが知れているね」


「そうかも、ね……」


「……でも、私たちの戦いはまだ終わってないよ」


 私の言葉を聞いたルシファーは怪しげな笑みを浮かべる。


「いいや、もう終わりだよ。……君たちの命運は尽きたんだ」


 ルシファーはそう言うと周囲を見回した。私の仲間たちは全員光の槍に貫かれて地面に倒れていた。


「……さあ、誰からトドメをさそうかな?」


 ルシファーは冷たい声で問いかけてくる。どうすればこの状況を切り抜けられるのか考えようとするものの、思考がまとまらない。


 ──このままじゃダメだ。何か手を考えないと! 必死に頭を働かせるが何も思いつかない。


 そんな時、近くで倒れていた木乃葉がうめき声を上げながら起き上がった。



「……まだだ。まだ終わってないよ!」


 木乃葉はフラつきながらも立ち上がる。


「ふーん? まだそんな力があったなんて」


 ルシファーは感心した様子だった。


「……けど、その傷ではもう戦えないだろう?」


 ルシファーの指摘通り、木乃葉の身体は至る所から血を流しており、立っているのがやっとという状態だった。


「確かに、今のウチに戦う力はないかもしれない。──でも、ウチにはお姉がいる」


「何が言いたいのかな?」


「そのままの意味だよ。……お姉、ちょっと借りるよ?」


 木乃葉は私の近くまでやってくると、私が頭に被っていた黒パンを剥ぎ取った。途端に私の変身は解けてしまったが、重傷なことには変わりはなかった。


「ウチはまだ変身を一段階残している。お姉とウチが一つになる究極の変身がね」


「……木乃葉……?」


「──魔法少女【マンゴープリン】、ファイナルフォーム!」


 そう叫びながら、木乃葉は黒パンを頭に被った。縞パンの上から、頭にパンツを二重に被ったのだ。これはもう変態を通り越してキチガイである。


 でも、木乃葉の金色に輝くツインテールはその輝きを強め、今は銀色に輝いている。その光はやがて木乃葉の全身を包み、背中に大きな天使の羽のようなものが広がった。おまけに、頭の上には天使の輪っかが出現したので完全に天使にしか見えない。──パンツを被っていることを除けば。

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