第30話 ドルチェ・ミスト

 ルシファーの言葉が、私の中で何度も反響する。

 もし彼の言う通り、世界樹の力で夢の世界で過ごすことができたら──

 いや、でもダメだ。私の願いは木乃葉や緋奈子、そして今は楓花や星羅や氷魚やトリニティ、みんなの幸せだ。それは世界樹の力で夢の中にこもっても達成されるものではない。それに、私がこの手でみんなを守りたい。そのために、私は魔法少女になって強くなったんだから。


「──私はやっぱりヴィランにはならないよ」


 私はルシファーの目を見据えながらはっきりと言った。


「…………」


「……なんで?」


 沈黙の後、彼はそう聞いてきた。


「ヴィランの目的は人間が幸せになることじゃないでしょ? あなたたちヴィランが幸せになっても、人間である私たちは不幸になるだけだよ」


「……でも、君は幸せになれる」


 私は首を振った。


「皆が不幸になるのに、私は幸せになれないよ」


 私の言葉に皆が頷いた。

 私たちが魔法少女になったのはそれぞれ理由があるけれど、共通していることは『誰か他の人の幸せ』だった。自分の幸せだけを願っていたら、きっと私たちは魔法少女ではなくヴィランになっていただろう。でもそうはならなかった。だとしたらもう答えは決まっていた。


 私たちの考えを察したのか、ルシファーは残念そうに肩を落とした。


「そうかぁ。いやぁ残念だなぁ。……君たち全員を殺さなきゃいけないのは!」


 ルシファーが叫ぶと同時にその全身が黒い霧に包まれた。



「……! 来ますわよ!」


「元々あいつは倒すつもりだったから問題ないよ!」


 トリニティと木乃葉が言葉を交わして身構える。


「行くよ! 魔法少女【マンゴープリン】」


「魔法少女【マカロンショコラ】」


「魔法少女【クレープシュゼット】」


「魔法少女【メロンパルフェ】」


「魔法少女【ピーチジェラート】」


「魔法少女【コットンキャンディー】」


「……魔法少女【クーベルチュール】」


「「エンゲージっ!!!」」


 私たちは同時に叫ぶと、一斉にルシファーがいた場所へ魔力の塊を放つ。しかし、既にそこには何もいなかった。

 空中からルシファーの声が聞こえてくる。


「さて、僕の攻撃に君たちがいったい何分間耐えられるか見ものだなぁ!」


 前? 後ろ? 右? 左? 色んな方向から声が聞こえてくるので、相手の場所が把握できない。皆キョロキョロと周囲を見回している。

 が、突然誰かの悲鳴が上がった。


「うぁぁぁっ!」


「──まずは一人」


 振り向くと、ルシファーが楓花の背後にいた。その腕は背後から楓花を貫き、彼女の胸の前から生えている。


「楓花ちゃん!」


 ルシファーが腕を引き抜くと、楓花は傷口から血を噴き出しながら倒れた。誰かがルシファーに魔力を放つが、彼は攻撃が届く前に霞のように消えてしまう。


「よそ見をしている暇はないよ? ──ほら二人目」


「きゃぁぁっ!?」


 ドッ! と鈍い音が響き、打撃を受けた星羅が身体をくの字に折り曲げられながら吹き飛ばされる。地面に転がった彼女はそのまま動かなくなった。


「くっ……ルシファーがどこから現れるか分からない!」


「ふふっ、忘れていたの? ここは僕の領域テリトリー。つまり、この部屋は僕の一部であり、君たちは僕の手中にある。……ってこと」


 空中からルシファーの愉快そうな声が聞こえてきた。


「そんな……それじゃあどうやって戦えばいいんですか?」


「……何か方法を考えないと」


「このままでは……負けてしまいますわ」


「……大丈夫だよ」


 私は皆に向かって微笑む。


「みんなで力を合わせれば必ず勝てる」


 正直、勝ち方なんてわからなかった。でも、ここで諦めるよりも最後まで足掻いた方が絶対にいい。

 私の言葉に、木乃葉は力強く頷いた。


「お姉と一緒なら、不可能なんてないと思う」


「……そういうこと平気で言うのが木乃葉のよくないところ!」


 叫んだその時、私は背後に嫌な気配を感じて咄嗟に身をひねる。私の身体があった場所をルシファーの手刀が貫いていた。


「ふーん、よく避けたね」


「なるほど、集中していればかわせるわけか……」


 ルシファーはすぐさま闇に紛れ、次の標的の背後に現れる。首筋を狙われた氷魚も間一髪で攻撃をかわした。


「……じゃあ次の段階だね。──これはかわせるかな?」


 また別の場所で悲鳴が上がる。どうやら、今度は緋奈子が捕まったらしい。


「ヒナちゃん!」


 私は緋奈子の元へ向かうべく走り出す。


「行かせないよ」


 しかし、行く手を阻んだのはルシファーだった。私は咄嵯に魔力を放ち、彼を吹き飛ばす。


「邪魔しないで!」


 ルシファーを睨みつけると彼はニヤリと笑った。


「それは無理な相談だなぁ。だって君たちを殺すのは僕の役目だからさ」


 そう言うと、ルシファーは再び姿を消す。よく見ると、さっき緋奈子を捕まえたルシファーと、私が吹き飛ばしたルシファー。……ルシファーが分身している!?


「……まさか、全部幻術で作り出した偽物ですか?」


「いや違うよ。……どこかに本体がいるはず」


 木乃葉が答えてくれた。

 確かにそうだ。幻影だったらどれか一つだけ実体があるはずだけど、それらは全て本物と同じ動きをしていた。ということは、今この瞬間にも私たちを攻撃しているかもしれない。


「……本体を見つける方法は?」


「ごめんなさい、思いつきませんわ……」


「私もです……」



 すると、木乃葉が私の傍に寄って声をかけてきた。


「お姉、あれを使おう」


「あれ?」


「ストライカーフォーム」


「えぇ……マジで言ってる?」


「マジマジ! ほら、やるよ?」


 木乃葉はスカートの下に履いていた縞パンを素早く脱いで頭に被った。

 私も仕方なく木乃葉の黒パンを脱いで頭に被る。


「「ストライカーフォーム!」」


 私たちは叫ぶと同時に頭に被ったパンツが光る。

 それは不思議な体験だった。まるですべてがスローモーションのようにゆっくりと進む。私の背後に現れて攻撃を繰り出すルシファーも、しっかりと確認できた。

 ルシファーの攻撃を避けた。そして、そのままの勢いでルシファーを殴りつけると、彼の身体が闇に包まれて消えていく。どうやらこれは幻影だったようだ。


「……なるほど、そう来たか」


 ルシファーの声が聞こえると同時に、私は背後から強烈な殺気を感じた。振り向くと、ルシファーが腕を振りかぶっている。

 ──これは流石に避けられないっ!!



「お姉!」


 突然横に現れた木乃葉がルシファーの腕を受け止める。が、その威力を殺しきれず、木乃葉は壁に叩きつけられた。


「うぐっ……」


「木乃葉ぁ!」


 私は思わず叫んだ。

 ルシファーは横から剣を構えて突っ込んできた氷魚を軽く薙ぎ払う。氷魚はそれを宙返りで華麗にかわすと、ルシファーの脳天に剣を突き刺した。


「はぁぁぁぁっ!」


「……無駄だよ」


 だが、氷魚の攻撃が届く前に、ルシファーの姿は霞となって消える。


「右っ!」


 氷魚の振った剣が幻影を切り裂き、ルシファーの分身体の数がまた一つ消える。


「どうやら幻影の動きはワンパターンみたいです。上手くタイミングを合わせれば、出現位置を読むことができそうです」


「氷魚ちゃん……よくそんなことが分かるね……」


「……昔から、こういうの得意なんです。……それより、今は戦いに集中しましょう」


 だけれど、戦況は依然として不利。ルシファーは次々現れる分身体とともに、私たちを翻弄していた。


 ──でも、なんだろ? 妙な違和感を感じる。

 ルシファーの分身体はどれも同じ姿形をしている。それなのに、どうしてルシファー本人だけは幻影の中にいないのか。


「……わかったかも」


「お姉?」


「あのさ、みんな。ちょっと作戦思いついたんだけど聞いてもらってもいいかな」


「……いいよ。聞かせて?」


「うん、まず──」


 私は皆に作戦を伝える。すると、木乃葉が真っ先に口を開いた。


「……なるほど、やってみよう!」


「分かりましたわ!」


「じゃあ、早速行くよ! せーのっ!」


 私は合図を出して、一斉に駆け出した。


「おっと、そうはさせないよ?」


 当然、ルシファーはその動きに合わせて分身を放つ。だけど、私たちの目的はあくまでも時間稼ぎだ。


「そっちこそ!」


 私と木乃葉が背中合わせになり、緋奈子と氷魚とトリニティが背中合わせになって、私たちは互いに背中を庇いあいながら、迫りくるルシファーの分身を次々に倒して行く。

 背後に現れて不意打ちをするルシファーも、こうも死角がないと攻めあぐねているらしい。



 ──そして



「「「今!!」」」


 全員が同時に叫んで攻撃をやめた。ルシファーは一瞬戸惑ったが、すぐに分身たちと一緒に攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、その瞬間を狙っていたのだ。私たちは再び散開して、それぞれの相手と対峙した。


「ふぅん、考えたじゃないか」


「……お褒めいただき光栄ですよっと!」


 ルシファーの言葉に返事をしながら、私は魔力を込めた拳を繰り出した。私の拳はルシファーの分身体を正確に捉え、それは跡形もなく消え去る。


 私の視界の隅で、木乃葉がルシファーの分身体を蹴り飛ばし、緋奈子がフォークで貫き、氷魚が剣で斬りつけ、トリニティが二丁拳銃で撃ち抜いたのはほぼ同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る