第32話 パータ・ジェノワーズ
「……いったい何をしたの? 魔力の量が格段に上がっているけれど」
「だから、ファイナルフォームだって。これがウチの正真正銘全力全開!」
「ふざけてるつもりなのかな?……まあ、どんな姿になろうと結果は変わらないけどね」
ルシファーは再び腕を振り上げた。私はなんとか立ち上がろうとするも、変身が解けた状態では力が入らない。
「……くっ!」
「さよなら、哀れな少女たちよ」
ルシファーの腕が振り下ろされた。光の槍が降り注ぐが、木乃葉は巨大な魔力障壁を展開してそれらから私たちを守った。
「……その程度?」
木乃葉はつまらなそうにため息をつく。
「なんだと!?」
「じゃあ、次はこっちの攻撃だね」
今度は木乃葉が両手を広げると、無数の魔法陣を展開する。
「喰らえ! マジカル☆お姉世界一ちゅきちゅき大ちゅきビーム!!」
魔法陣から一斉に白い光線が発射される。ルシファーはそれをなんとか避けているが、それでも木乃葉は攻撃をやめなかった。
「まだまだ! マジカル☆お姉のパンツはフローラルの香りパンチ!」
木乃葉は拳に膨大な魔力を込めて、目にも留まらない速さで何度も殴りつける。というかその技名なんとかならないの!?
ルシファーは反撃することもできずに一方的に殴られ続けた。
「馬鹿な……この僕が一方的にやられているなんて……」
「そろそろいいか。それじゃ、トドメいくよー」
木乃葉は大きくジャンプすると、空中で一回転してからルシファーに向けて踵落としを決めた。
「これでフィニッシュだ!! マジカル☆愛しのお姉との思い出がいっぱい詰まったキスは甘くて美味しいよアタック!!」
ルシファーは地面に叩きつけられ、土煙を上げて動かなくなった。
「……やった、の?」
「たぶんね。ウチらの勝ちだよ」
木乃葉はそう言って笑うと、私の方へ駆け寄ってきた。
「お姉大丈夫?」
「うん、平気。……それよりみんなが心配かな」
私がそう言うと、木乃葉は呆れたように首を振った。そして、私に手を貸して立ち上がらせる。
「まったく……。自分のことより他人のことを気にするんだから……」
「それは仕方ないよ。それが私だもん」
「そうだね。──じゃ、みんなのところに戻りますかね」
私たちは仲間たちのいる場所へと歩き出した。
「──それで、これからどうしよう?」
「ん? なんのことかな?」
「だから、ルシファーを倒したあとの話だよ」
「ああ、そういえば考えてなかったね。とりあえず、これ以上ヴィランに好き勝手させないうちに、世界樹? とかいうのを破壊しないとね」
木乃葉はキョロキョロ辺りを見渡すが、もちろん世界樹の姿を見つけることはできなかった。
「ひとまず帰ろっか。みんな酷い怪我だし……」
「そうだね。早く手当しないと死んじゃう人もいるかもしれない」
こうして、私たちの戦いは終わったのだった。
──木乃葉は何気ない仕草で、私に黒パンを履かせようとしてきた。
「……って、ちょっと待ったぁ!」
「え? 何? 急にどしたの?」
「いや、『え?』じゃないよ。なんでそんなにナチュラルに変態行為してるのさ?」
「そりゃ、お姉が魔法少女になった理由がウチとのキスとコレだからだけど?」
「そういう問題じゃない! っていうか『魔法少女』のくだりは今関係ないよね!?」
「細かいことはいいじゃん。お姉だって魔法少女になって戦えたんだよ? ウチのパンツのおかげで」
「そう言われても……私はただ巻き込まれただけだし……この戦いが終わったら、パンツは木乃葉に返そうと思ってたんだよ」
「え? そうなの?……まあ、別に返してくれなくてもいいけど。ウチにはもう必要のないものだしさ」
「でも、妹のパンツを履いたり被ったりして戦うお姉ちゃんとか冷静に考えてヤバいしさ!だから返すよ!」
私は木乃葉の頭に黒パンをかぶせようとするが、木乃葉は抵抗した。
「ちょ、やめてよ! ウチのパンツはお姉のもの、お姉のパンツはウチのものなんですぅ〜!」
「なんかそのフレーズ聞いたことあるような気がするけど!?」
しばらく押し問答が続いた後、結局私は諦めることにした。
このままでは話が進まないからだ。
「わかったよしょうがないなぁ……」
「じゃあ、これあげるから許して?」
木乃葉は私の足に自分の腕を絡めると、そのまま私の股間に顔を埋めてきた。
「ちょーいちょいちょい! なーにやってんのこの変態クソ妹っ!」
「ふひぃ……お姉……お姉の匂い……最高ぉ……」
木乃葉は私の言葉を無視して、ひたすらクンカクンカしている。こうなったら何を言っても無駄だろう。なんとかこのクソ妹を引き剥がそうと格闘している途中で、さすがにダメージが大きすぎたのか、私の意識は闇に包まれていった。
だから、あの後木乃葉にいったいナニをされたのか私は知らない。
ただ一連の出来事で分かったことは、大嶋木乃葉は最強で最低の変態で、そんな木乃葉のことがなんだかんだ好きな私も大概だってこと。そして──姉妹の絆は誰にも邪魔できないってこと。
☆☆☆
あれから数ヶ月が経った。
冥界七将とやらを倒した私たちの世界は、平和を取り戻した。だけれど、ヴィランの親玉を倒したわけではないし、ルシファーがアジだかサバだかを養殖しているという世界樹とやらも破壊できていないので、まだ油断はできない。
ちなみに、私が魔法少女になった原因は、やっぱり木乃葉とキスをしたかららしい。楓花が言っていた、魔法少女のDNAを摂取することで──とかいうのはあながち間違いではなかったのだ。
じゃあなんで木乃葉は自慰行為で魔法少女になったのか、それは永遠の謎だったけれど、多分あいつは元々魔法少女の素質があったのだろうということで納得しておくことにする。
魔法少女協会は、木乃葉や私の強力な魔力を解析して、魔力を増幅する新型の変身デバイスを開発したらしい。私も何回かデータを摂るために魔法少女協会に通った。ピンチで助けに来てくれたマスターさんをはじめとする魔法少女協会の皆さんにはお世話になったので、これくらいはしてあげないとと思ったのだ。
──そして。
私と木乃葉、緋奈子、楓花、氷魚、星羅、トリニティの七人は、死地をくぐり抜けただけあってすっかり仲良しになって、一緒に遊ぶ仲間になった。
今日は、久しぶりに全員で集まってカラオケをする約束をしていた。
「お姉ぇ〜、準備できたよ〜」
「おっけー。私もすぐ行くから」
私は自室で着替えて部屋を出ると、階段を降りようとした。すると、ちょうど二階の廊下を通りかかったお母さんに声をかけられた。
「あら、出かけるの?」
「うん、みんなでカラオケするんだよ」
「そうなの。楽しんできてね」
「ありがとう」
私はお母さんにそう言うと、一階へと降りた。ちなみに、私や木乃葉が魔法少女だっていうことは、お母さんにはまだ秘密だ。だけれど、薄々気づいているような気もする。
「それじゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「はぁい」
私たちは家を出て、待ち合わせの場所へと向かうのだった。
「うわぁ……すごい人だねぇ」
「そうだねぇ」
駅前に着くなり、私たちが見たのは凄まじい数の人だった。カラオケボックスの前にできた行列を見て、思わずため息が出る。
行列には緋奈子が並んでいて、私たちに手を振っていた。
「ハルちゃーん! 木乃葉ちゃーん!」
「ヒナちゃん早いね」
「うん、ここ人気だから……予約しておいた方がよかったかも……」
「今更しょうがないよ。これは待つしかないかも……」
「そっか……残念だけどしょうがないよね」
待っていると、楓花と氷魚と星羅の三人が現れた。
身体が大きくてナイスバディな楓花と、ちっちゃくて子どもっぽい氷魚、それに変身前はかなり地味な星羅の三人が並んで歩いていると異様だった。
「おまたせー、待ったー?」
「今日は久しぶりに楽しみましょうね!」
「私、カラオケなんて3年ぶりくらいよ」
三人は口々にそう言って私たちと合流する。
しばらくして、黒い車がやってきて、そこからトリニティが降りてきた。この子も相変わらずお嬢様な感じの雰囲気で、いつものように髪をかき上げながらこちらに歩いてくる。
「みなさん、ごきげんよう。本日はよろしくお願いしますね」
「よっろしくー!」
木乃葉が元気よく返事をして、皆で談笑しながら順番を待っていると、突如として晴天だった空が灰色に染まった。
「──っ!」
私たちは思わず身構える。
まただ……また幹部クラスのヴィランが現れたということだ。
「あ、あれ見て!」
緋奈子の指差す先にいたのは、宙に浮かぶ巨大なイカのような怪物だった。
その巨体からは無数の触手が伸びていて、地面に突き刺さっている。
「あいつがこの前のやつらの親玉かな?」
「どうだろう……でも……」
見渡すと、巨大イカはそこらじゅうに浮かんでおり、さながらSF映画の宇宙人の侵略シーンのようでもある。
当然、人々はパニックに陥った。
「か、怪物だぁぁぁっ! 逃げろぉぉぉっ!」
「た、助けてだれかぁぁぁっ!」
私たちはひとまず周囲の人達を落ち着けることに尽力することになった。
「落ち着いて、シェルターに避難してください!」
「敵は私たち魔法少女が引き受けますから!」
「ま、魔法少女だ助かった……」
「頼んだぞ魔法少女!」
人々は口々にそんなことを言いながらシェルターに避難していく。その場には私たち七人だけが残された。
「さーてと。強化デバイスの試験運用だねー」
楓花が呑気にそんなことを呟いた時。虚空から声が聞こえた。聞いたことのない耳障りな男の声だった。
「やあやあ皆さんお揃いで。これゃあ手間が省けますねぇ、
「何者!?」
「おや、これは失敬。
虚空から現れたのは、ピエロみたいな格好をした細身の青年だった。こいつが冥界七将、最後の一人……。そして凄まじく強い魔力を感じる。
「ふぅん、あんたがあのデカいイカのボスなんだ」
「えぇ、そうですとも。本来私の出番はないはずだったのですが、生憎仲間たちが使い物にならなくてですねぇ……面倒ですが私直々に手を下そうってわけです」
「それは残念だったわね。あなたの仲間はみんな私たちが倒してしまったもの」
「……ほう?」
私の言葉を聞いて、ベルフェゴールは眉根を寄せた。
「あぁ……なるほど。貴女方ですか……先日の一件で私たちの計画を邪魔してくれたのは」
「へぇ……私たちのこと知ってるんだ」
「そりゃあもう。我々にとって目障りなことこの上ない存在ですからね。まったく、厄介極まりない」
「ふん、私たちに勝てると思ってるの? こっちには七人もいるんだよ」
「いやぁ……正直言って厳しいでしょうね。私ひとりでは到底勝ち目はありません。しかし──」
ベルフェゴールは両手を広げた。
すると、地面を突き破って次々と異形の怪物が現れた。
「なによこいつら!」
「キモッ! うげー……」
「これは……まさか……」
現れたのは、地を埋め尽くさんばかりの大量のヴィランだった。
「そーいうことです! 私は面倒くさがりでしてね。だいたいのことは眷属にやらせているのですよ。貴女達の相手はこの子たちに任せて、私は弱った貴女達を後で一人一人潰してさしあげますね」
「くそがー、正々堂々勝負してよー」
楓花がそんなことを言うが、ベルフェゴールは鼻で笑った。
「まあせいぜい頑張ることです。貴女たちが疲れ果てた頃にまた来ますね」
そう言ってベルフェゴールは姿を消した。と同時に、目の前のヴィランどもや、空中に浮いていた巨大イカたちが私たちの方へ動き始める。
「強化デバイスの試験運用にはちょうどいいですわね」
「……やるしかない。みんな、いくよ!」
トリニティが呟くと、私は皆に合図を出した。
──あ、そうそう。まことに不本意なんだけれど、魔法少女協会が開発した『強化デバイス』っていうのは……。
私たち七人は、一斉にスカートを捲って履いていたパンツに手を触れた。
「「ミラクルスイーツアドベント!!!」」
パンツと全身が輝き、私たちは魔法少女へと変身する──。
本当に意味がわからないのだけれど、魔法少女の魔力は「何かを守りたいという意志」に比例して向上するらしい。そして、最適なデバイスというのが、守りたい対象のパンツであると……。
だから私と木乃葉だけでなく、他の五人もそれぞれパンツを交換して変身デバイスにしていたのだ。
「まあ、なんだかんだ言っても可愛いし、結構気に入ってるんだけどさー」
「何より、これがあるおかげでヴィランに負けずに戦えますからね!」
「うん、それはそうなのよね……」
私たちがそう話していると、巨大イカが襲いかかってきた。私たちは武器を手に取り構えると、襲い来る触手を次々と斬り落としていく。
「さーて、それじゃあ今日も張り切っていきましょう!」
「「おぉーっ!」」
こうして、今日も魔法少女の戦いが始まるのだった。
これは、魔法少女たちの魅惑のパンツをめぐる物語──
──おしまい──
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