第27話 パンナ・コッタ
私の体から何かが抜けていく感覚とともに、魔法陣が光り始めた。同時に、部屋中に赤く輝く光の粒子が漂いだす。
「……すごく綺麗ね」
星羅が呟いて、それを聞いた楓花が星羅に抱きついた。
「わー! 星羅ちゃんが抱きしめてくれたー!」
「ちょっ!? あんたなにしてんのよ!」
「だって星羅ちゃん『すごく綺麗ね』って言ってくれてすごく嬉しいんだもん!」
「それあなたのこと言ったんじゃないんだけど!?」
前から分かっていたけれど、楓花ちゃんは平常運転であんな感じらしい。……もしくは緊張でちょっとおかしくなっているか。
魔法陣の上にアストラルゲートが出現し、それが紫色の禍々しいオーラを放ち始めると、私以外の四人もそれぞれ魔法少女の姿に変身した。
「……さあ、いきましょう」
トリニティが先頭に立ってアストラルゲートに飛び込んだ。
「……うわぁ!」
アストラルゲートの中に入った瞬間、視界がぐにゃりと歪んで、気がつくと私たちはどこかの廃墟の中に立っていた。
「ここは……」
辺りを見回す。
どうやらビルの中だったようだが、床には大量の血痕があって、ところどころに異形の死骸が転がっている。
「酷い有様ね……。一体何があったのかしら」
星羅が言った。
「もしかしたら、ここでマンゴープリンさんは戦っていたのかもしれませんね」
トリニティが冷静に言う。
「とにかく、早くヴィランを見つけないと」
楓花の言葉を聞いて、私たちも警戒しながらビル内を探索することにした。一見すると私たちの住んでいる世界によく似ているが、その空はヴィランが現れた時と同じように灰色に染まっており、血のような赤い筋が舞っている。
しばらく歩くと、エレベーターホールに出た。エレベーターは止まっていて、エレベーターの前には人影がある。
「……待っていたわよぉ? 魔法少女ちゃんたち」
聞き覚えのある妖艶な声。──この声は!
「アスモデウス……」
「待ち伏せされていたというの!?」
星羅が驚いている。
「ピンポーン、せいかーい。でも、アタシ一人じゃないのよ?」
アスモデウスがそう言って指を鳴らすと、ビルの壁を壊して巨大な機械の怪物が姿を現した。
『グァァァァァァァッ!!』
そいつは機械仕掛けのドラゴンのような見た目で、口を開けて咆哮を上げる。
「冥界七将──『憤怒』の【サタン】。攻撃力も防御力もヴィランの幹部の中でも随一よぉ? さあどうする?」
アスモデウスはそう言いながらほくそ笑んだ。
「ど、どうすれば……」
後ずさる氷魚を庇うように楓花が両手を広げて立ち塞がる。
「こいつはわたしに任せてー!」
そう言うと、楓花は腰を落とし、ファイティングポーズをとった。
「……わかったわ。じゃあ、私たちはルシファーを探すわね」
星羅の言葉に私も同意する。
「うん、そうだね。楓花ちゃん、頑張って!」
「はいはーい! 頑張りまーす! ──魔法少女【コットンキャンディー】、いきまーす!」
楓花の元気な返事を聞くと、私はトリニティと顔を合わせて、目配せをした。
「……よし、行こう!」
「ええ!」
私たちはその場を楓花に任せると、アスモデウスの横を通り過ぎて奥へと進もうとした。
「そう簡単に行かせるわけないでしょ?」
アスモデウスが手を振ると、彼女の背後から炎の柱が立ち上った。
「きゃあっ!」
突然の攻撃に驚いた私は、思わず尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか遥香さん!」
トリニティが駆け寄ってきて、私の身体を起こしてくれる。
「うん、ありがとう」
私は立ち上がった。
「あんまりアタシを舐めない方がいいわよぉ? ほら、お仲間も危なっかしいみたいだしぃ」
「くっ……!」
楓花ちゃんの方を見ると、巨大化した楓花ちゃんがサタンと激しく殴り合っている。楓花ちゃんはなんとか持ち堪えているものの、かなり押されているようだ。
すぐにサタンが振り抜いた尾が楓花ちゃんの身体を捉え、彼女は物凄い勢いで壁に突っ込んでしまった。
「わたくしが援護にいきます!」
トリニティが走り出した。
「待って!」
咄嵯に呼び止めるが、間に合わない。トリニティは二丁拳銃を構えて至近距離からサタンに発砲するが、攻撃はその硬い鱗に阻まれてダメージを与えられていないようだった。
「……仕方ないわね」
星羅が呟いた。
「星羅ちゃん、何か考えがあるの?」
「ええ。……私と氷魚が囮になるから、あなたは隙を見てとっておきの魔法を使ってちょうだい」
「……分かった。お願い」
私は星羅に微笑みかけると、星羅は私に向かってウィンクして、そのままにアスモデウスに向かっていった。氷魚は一瞬心配そうな表情で私を振り返ったが、すぐに星羅の後に続いて走る。
「いい度胸ねぇ? 二人まとめて相手になってあげるわぁ」
「あら、それはどうかしら?」
星羅とアスモデウスの視線がぶつかる。
「ふっ、面白いわぁ。……行きなさい! サタン!!」
アスモデウスの命令とともに、サタンは雄叫びを上げながら星羅に襲いかかった。
「ハァッ!」
気合いの声と共に、星羅は大きなハンマーを実体化させて横薙ぎに振るう。
「甘いわね」
しかし、その攻撃は難なく避けられてしまう。
「それならこれでどう!?」
すかさず今度は蹴りを入れるが、サタンには全く効いていない。
「とぉぉぉぉっ!」
星羅の陰から氷魚が飛び出して剣を振り下ろすが、こちらも硬い鱗に少し傷をつけることしかできなかった。
「この程度かしら? 四人がかりでもサタンに歯が立たないなんてね」
アスモデウスが不敵に笑う。
「さあ、次はあなたの番よぉ?」
「くぅ……」
サタンは私たちを嘲笑うかの如く見下ろしていた。
「やれ! サタン!」
『グオォッ!』
サタンが飛びかかってくる。
「みんな、伏せて!」
私は星羅たちが稼いでくれた時間で右手に溜めた魔力をそのままサタンにぶつけた。閃光がほとばしり、サタンが怯む。……だがそれだけだった。私の魔力ではあの硬い鱗を突破するには至らなかったらしい。
「……どこか、どこかに弱点があるはず!」
私はサタンの動きを観察して弱点を探した。その時──
「遥香さん! 離れて!」
トリニティが叫んだ。
「え?」
「危ない!」
トリニティと氷魚に突き飛ばされる。直後、私がいた場所には巨大な尻尾が迫ってきていた。
「きゃあっ!」
私は尻餅をつく。そしてサタンを見上げると、そこには既に次の攻撃動作に移っているサタンの姿があった。
「あ……」
私は死を覚悟した。
サタンが口を大きく開け、今まさにブレスを吐こうとしている。
「やめてぇぇーっ!」
私は思わず目を閉じた。
しかし、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。恐る恐る目を開けると、目の前には大きな身体があった。……それは紛れもなく、楓花だった。
「大丈夫?」
微笑んだ楓花が私に声をかけてくれる。
「うん……。ありがとう……でも……」
楓花はサタンのブレスを私の代わりにまともに受けているのだ。無事なわけがないだろう。
「ああ、これ?……こんなもの、大したこと無いよ」
そう言うと楓花は自分の身体を見下ろす。彼女のフワフワモコモコだった衣装は焼け焦げていて、見るも無惨なものになっていた。
「楓花さん!」
トリニティが叫ぶ。
「大丈夫だよ。ほら、言ったでしょ? わたしは防御力が高いのだけが取り柄……だっ……て……」
途中で楓花の身体が元の大きさに縮んでグラリと揺れたかと思うと、私の方に倒れ込んだ。
「……楓花ちゃん!?」
私が慌てて楓花の身体を受け止めるが、彼女はもう動く気配がない。まるで眠ってしまったかのように、ピクリとも動かない。
「嘘、でしょ……?」
トリニティが呟く。
「そんな……楓花ちゃん……」
私の腕の中で、楓花は穏やかな顔をしていた。全身を焼かれて苦しかっただろうに、そんな様子は一切顔に出していない。──本当に強いのはこの子なのかもしれない。
「あらぁ? その子、死んでしまったのかしら? 哀れね。あなたのことを庇わなければもうちょっと長生きできたでしょうに」
アスモデウスが愉快そうな声を上げる。
「黙れ!!」
私は激昂して叫んだ。
「ひっ!?」
アスモデウスが怯えたように後ずさった。
「許さない……絶対に……」
私は怒りで頭がどうにかなりそうだった。
「あらあら、怖いわねぇ?……まあいいわぁ。あなたは最後に殺すつもりだったから、順番が変わっただけよ」
アスモデウスはニヤリと笑みを浮かべると、両手を広げた。
「さあサタン! その子を殺してしまいなさい!」
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