第26話 シフォン・ケーキ

「……そういえば、まだ聞いてなかったけど、あなたたちってどういう関係なの?」


 私がそう訊ねると、星羅が呆れたようにため息をついた。


「さっき説明したでしょ。私、楓花、氷魚……そして、この前ショッピングモールで死んだ二人でチームを組んでこの辺りの平和を守ってたの。──『チーム音羽』って感じかしら。トリニティはエリートだったから、縄張りを決めずにある程度自由に動いていたわね」


「はい! それで今回、遥香さんという新しい仲間が加わったので、久しぶりに『チーム音羽』として一緒に戦いましょう!」


 氷魚は嬉しそうだ。


「わたしも、遥香ちゃんやみんなと一緒に戦えるなんて嬉しいよー」


「うん。私もみんなと一緒なら心強いな」


 楓花が呑気な声で答え、私が微笑むと、氷魚は顔を赤くしてうつ向いてしまった。


「もう、何言ってるんですか。私たちはもう家族みたいなものですからね。そうですよね、楓花さん?」


「うん! 遥香ちゃんはもう妹だもん! もちろん氷魚ちゃんや星羅ちゃんもね」


 楓花の屈託のない笑顔を見て、私は胸が苦しくなった。


「……そっか。じゃあ、私たち姉妹だね!」


「楓花お姉様!」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよー。なんでそうなるんですかぁ?」


 楓花は氷魚の頭を撫で回しながら言った。氷魚はキャッキャと悲鳴を上げて嬉しそうだ。


「……まあいいわ。とにかく作戦は決まったみたいだし」


「うん! 頑張ろうね」


 私が拳を突き出すと、楓花はニコニコ笑いながら私の拳に自分の拳を合わせた。氷魚も星羅も続けて拳を合わせる。



「あの、わたくしも仲間に入れてもらってもいいでしょうか?」


 突然の声に振り向くと、そこにはトリニティが立っていた。楓花は笑った頷く。


「もちろんだよー。みんなで頑張ろ!」


「ありがとうございます。それに──」


 トリニティは私に向き直り、右手を差し出してきた。


「よろしくお願いします、遥香さん」


「あ、うん。こちらこそ」


 握手を交わすと、トリニティは満足げにうなずいた。


「ルシファーは、こちらがすぐに攻撃してこないと慢心しているはずですので、決行は早い方がいいでしょう。──早速、明日の早朝に出発しようと思います。今のうちに準備を整えておいてください」


 氷魚の号令で、私たちの作戦会議は終了した。


 それにしても氷魚ちゃん、一番歳下っぽいのにしっかりしていて偉いなぁ……私も見習わなきゃいけないかもしれない。そんなことを考えながら、私は一旦家に帰ることにした。




「遥香ぁぁぁぁっ!」


 家に帰ると、真っ先にお母さんが飛びついてきた。私がルシファーにやられて入院していたってことはお母さんには知らせられていないはずで、お母さんからしてみたら私と木乃葉がしばらくいなくなっていたのだから無理もないだろう。

 私はお母さんを抱き締め返した。


「ごめん……ごめんね。心配かけて」


「本当よぉ……。一体どこに行っていたの? ……まさか、またヴィランに襲われたんじゃないでしょうね」


「大丈夫だってば。ほら、見て。どこも怪我なんかしていないよ」


「……本当に? 何か隠していることはない?」


 お母さんが真剣な表情で私を見つめてくる。


「うん。ホントに何もないって」


「そう……。それならいいけど……」


 お母さんの表情は晴れなかった。


「……木乃葉がまだ帰ってきてないの」


「木乃葉は私が絶対連れて帰るから」


「だめ、もうどこにも行かないで遥香……」


「お母さん……」


 お母さんが涙ぐんでいるのを見て、私はなんだか居たたまれない気持ちになった。


「……わかったよ。とりあえず部屋に戻るね」


「えぇ。ゆっくり休みなさい」


 そう言い残して、お母さんはリビングへと戻っていった。

 自室に戻ると、私はベッドの上に寝転んだ。


「はぁ……」


 今日は色々ありすぎて疲れたな。

 でも、へばっている暇はない。ちゃんと疲れを癒して明日に備えないと。

 明日は、世界の存亡を賭けた戦いが始まるのだから。




 翌日。私は早めに起きて支度を始めた。といっても、着替えをするくらいしかやることがないんだけどね。


 お母さんはまだ寝ているらしい。私が出かけることに気づかれるとまた止められるので、起こさないように静かに玄関を出た。そして、待ち合わせ場所の魔法少女協会のビルまでゆっくりと歩く。

 外に出ると、空はすでに明るみ始めていた。夜明けの太陽は、いつもより眩しく見える気がする。この世界は今朝は平和そのものだった。


「お姉様」


 声をかけられたので振り返る。そこには氷魚がいた。


「おはよう、氷魚ちゃん。……っていうか、『お姉様』って呼び方定着してるね」


「はい! やっぱり『お姉様』の方がしっくりきます!」


「そ、そうかな?」


 氷魚ちゃん、結構強引なところがあるなぁ。


「お待たせー!」


 駅の方から楓花と星羅が走ってやってきた。


「楓花ちゃんも星羅ちゃんも早いねー。まだ集合時間まで10分もあるよ」


「遥香ちゃんに早く会いたくてー」


 楓花が屈託のない笑顔を見せる。楓花は相変わらず元気だなぁ。

 昨日あんなことがあったばかりなのに。


「さあ、ヴィランどもをぶっ飛ばしに行くわよ」


 星羅はクールに言った。星羅は楓花と違ってあんまり感情が顔に出ないタイプみたい。

 しばらく四人で待っていると、ビルの前に黒い車がついて、トリニティが降りてきた。


「皆さんお揃いのようですわね」


「うん! よろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしくお願い致します。では、ご案内しますわね」



 私たちはトリニティの後についてビルに入る。トリニティはエントランスを横切りエレベーターに乗って最上階のボタンを押した。エレベーターの扉が閉まると、さすがに皆緊張し始めたのか、誰も口を開かなくなって重苦しい沈黙が訪れた。


「……ねえ、氷魚ちゃん」


「なんですか、お姉様?」


「……いや、なんでもない」


 氷魚ちゃんって、本当に高校生なのかなって聞こうと思ったけど、なんか聞きづらくてやめた。なんだか木乃葉以外に妹が一人増えたような気分だったけれど、もしかしたら見た目よりもずっと年上かもしれない。

 エレベーターが最上階にたどり着くと、トリニティはエレベーターを降りてドアをいくつか開けながら薄暗い廊下を歩く。そして、重そうな鉄製の扉を開くと、そこには小さなエレベーターがあった。

 さながら隠しエレベーターだ。


「こんなところに……」


 星羅が感嘆の声をあげる。


「ここの存在を知っている者はごく一部ですからね。このエレベーターを使って実験室に行きます」


「実験室?」


「ええ、そこでアストラルゲートを開けますわ。……前のように街中で開けてしまっては、もしヴィランがゲートを通って攻めてきた場合に一般人に被害が出ますから」


「なるほどね。確かに、それは避けたいよね。でも、ここでもヴィランが攻めてきたら大変なんじゃない?」


「──その場合は、ビルごとゲートを爆破する手はずになっていますわ」


「……爆破?」


「ええ、つまりわたくしたちは帰ってこられなくなる可能性もあるわけですわね」


「ひぃ……」


 氷魚ちゃんが小さい悲鳴を上げたがそれだけだった。皆既に覚悟はできている。私もそうだった。


 エレベーターの扉が開いた。そこは白い壁に囲まれた広い部屋だった。部屋の中央には大きな装置があり、その上には青い魔法陣のようなものが描かれている。


「これが……アストラルゲート……」


「はい、マンゴープリンさんが開けたものを参考に私とマスターで作りましたわ。しかしまだ起動状態ではありません。遥香さん、あなたの魔力を注ぎ込むことで冥界への門が開きますわ」


「うん……」



 私は深呼吸して心を落ち着けると、魔法陣の上に立った。


「……よし、いくよ!」


 が、四人は私をじっと眺めている。


「……あ、あの。そんなにじっと見てられると変身できないんだけど!」


「あ、そうなの。ごめんねー?」


 楓花が能天気な声で答えて、四人が後ろを向いた隙に、私はポケットから木乃葉の黒いTバックを取り出して、素早くそれに足を通した。そしてパンツに触れながら叫ぶ。


「ミラクルスイーツアドベント!」


 私の身体が光に包まれ、全身真っ黒で露出度の高い魔法少女【クーベルチュール】の姿に変身した。すぐさま足元の魔法陣に魔力を注ぎ込む。


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