第25話 アマン・ディーヌ

 楓花は舌を出して、いたずらっぽく笑う。


「ダメだよ! 危ないもん……」


 私が首を振ると、「大丈夫だってば〜」と言いながら私の腕に抱きついてくる。


「ちょ、ちょっと……」


 私は顔を赤らめながらも、なんとか引き剥がそうとする。しかし、意外にも力は強くてなかなか離れなかった。


「こら! 楓花!」


 トリニティが厳しい口調で注意する。


「え〜? 別にいいじゃん」


「よくありません! 早く離れて下さい! まったく……困ったものですわ」


「ぶぅ……」


 楓花は渋々といった様子で私の身体から離れた。


「ごめんなさい。この子、いつもこうなんです」


「うん、知ってる。……楓花ちゃんとトリニティちゃんも知り合いだったんだね」


「同じ支部所属の魔法少女なので当然ですわ」


「まあ、トリニティちゃんは頼れるお姉さんみたいな感じかなー?」


「な……!? あなたなんかに言われたくないです!!」


「じゃあ、なんで遥香ちゃんと一緒にいるの? もしかして遥香ちゃんのこと狙ってたりする?」


「べ、別にそんなんじゃ……」


「あ! 図星だぁ! やっぱり年下の女の子の方が好きなのかなぁ?」


「ち、違います!! もう、ふざけている場合ではありませんわよ世界の危機なのに!」


「はははっ、ごめんごめん。でも冗談抜きにして、本当に大変なんだよ。だからお願い、トリニティちゃんと遥香ちゃん力を貸してほしいの」


 真剣な表情になった楓花の瞳には強い意志が宿っているように見えた。


「もちろんですわ」


 トリニティは即答した。そして私に向かって言う。


「作戦会議しますわよ。楓花と先に奥の部屋に行っていてくださいます? わたくしはマスターに報告してきますので」


「分かった。よろしくね」



 私はトリニティと別れると、楓花に案内されて奥の小さな会議室へと向かった。

 会議室の中には既に二人の少女がいて、ドアが開くとこちらに視線を向けてきた。

 小柄でミディアムロングの黒髪が可愛らしい少女と、三つ編みのお下げの少女の二人組は、私を見るとパッと笑顔を見せた。


「遥香さん! 無事だったんですね!」


「怪我もすっかり良くなったみたいでよかったわ」


「……えっと、誰だっけ?」


 私が首を傾げると、二人はそろって椅子から転げ落ちそうになるリアクションを見せた。魔法少女は変身前と変身後で見た目が大幅に変わる子が多いから分からないんだよ……。


「私ですよ私! 魔法少女【ピーチジェラート】です。本名は桃井ももい 氷魚ひおっていいます」


瓜田うりた星羅せいら。魔法少女【メロンパルフェ】よ」


「あー、あの二人かぁ!」


 私はポンと手を打つ。

 小柄なミディアムロングの方がピーチジェラートちゃんこと氷魚ちゃんで、三つ編みの真面目そうな方がメロンパルフェちゃんこと星羅ちゃんのようだ。楓花といることが多い二人組だ。


「忘れていたでしょう?」


「うん、正直……」


「ひどいっ!」


「あっ、ごめん。でもどうして二人がここに?」


 私が尋ねると、ピーチジェラート──氷魚ちゃんが答えた。


「私たち、楓花さんと同じチームで動いているんです。だから、楓花さんが敵地に乗り込むというのなら地獄の底まででもついていくまでです」


「昨日もわたしがアモンにやられそうになってた時助けてくれたよねー? ありがとー氷魚ちゃん、星羅ちゃん」


 楓花がお礼を言うと、二人は照れくさいのかうつむいた。


「いえ、魔法少女として当然のことをしたまでです」


「そっかー。頑張ってるんだねぇ。偉いよー」


 楓花はニコニコしながら、二人の頭を撫でる。


「えへへっ」


「ふ、楓花さんに褒められるとなんだか恥ずかしいわ……」


 二人は顔を赤くしながらも、嬉しそうだ。チームの中の三人の関係が何となくわかったかもしれない。


 楓花と私がテーブルにつくと、氷魚が私を見つめて再び口を開いた。


「それで……まだ私たちも詳しい状況がよく分からないので順番にお聞きしますが、あなたはどうやって魔法少女に?」


「そ、それは……木乃葉のおかげなの」


「というと……?」


 私は氷魚たちに事実どおりに伝えるか迷った。──だって、「木乃葉が置いていった封筒に入っていた黒いえっちなパンツを履いたら魔法少女になってた」なんて言ったらどう思われると思う? 絶対、ドン引きされるでしょ。私は心の中で頭を抱える。

 すると、私の様子を見かねて楓花がフォローしてくれた。


「妹を想う強い気持ちが、遥香ちゃんを魔法少女にしてくれたんだよねー?」


「そ、そう! そうなの!」


 まあ、それも事実だしいいか。


「魔法少女名は【クーベルチュール】っていうの。さっきトリニティちゃんがつけてくれた」


「なかなかいい名前ですね。私なんてピーチジェラートなんて名前なせいで、『桃子』とか『姫』って呼ばれることが多いんですよ……」


 氷魚はため息をつく。


「私は『メロンパルフェなのに胸はメロンじゃなくてまな板だね』とかよく弄られるわね。まあ、確かにないけど」


 星羅は自虐的に笑うと、自分の胸を見た。確かに彼女も氷魚ちゃんほどではないが、控えめな方である。


「あははっ、……ごめん」


 私は思わず謝ってしまった。


「気にしないで。もう慣れたから……」


「そ、それより作戦会議するんでしょう? これからどうするの?」


「そうでした。実は……」


 氷魚の話によると、私たちを連れ帰った後、ルシファーがアストラルゲートを閉じてしまったらしい。それでも、彼がとんでもない計画を進めていることを察した楓花、氷魚、星羅、トリニティの四人は、なんとか敵地に乗り込んでルシファーを討つことができないかと考えていたらしい。


「冥界に乗り込むには再びアストラルゲートを開く必要があります。そのためには強力な魔力がいる……マンゴープリンさんがあの状態では頼れるのはあなたしかいません」


「私が……アストラルゲートを開くの?」


「はい! あなたの──【クーベルチュール】の魔力量なら可能だとマスターも太鼓判を押してくれています」


「わ、私にそんなことできるかなぁ?」


「大丈夫だよー。遥香ちゃんならきっと出来るよ!」


 楓花も両手を胸の前でぐっと握って勇気づけてくれている。……でもこいつ嘘つきだからなぁ……また適当なこと言ってないかな?


「……分かった! とりあえずやってみるね」


「よし、じゃあそれは決まりってことで。次は敵地に乗り込んだ後だけど……」


 星羅が眉をひそめる。


「正直、私たち五人でかかってもルシファーに勝てるかどうか分からないわ。それに、『冥界七将』とやらは他にあと三人残っているのでしょう? 絶望的じゃない?」


「はい……。でも援軍は期待できないと思った方がいいですよ。ただでさえ最近魔法少女がたくさん犠牲になってて人員不足なのに、ヴィランの襲撃は活発でそっちの対応もしなきゃいけないんですから」


 氷魚の言葉に、星羅と楓花は同時に肩を落とす。


「やっぱり私たちだけで戦うしかないのかしら」


「うーん、仕方ないですよ。可能性が少しでもあるのなら──可能性がなくても世界を守るために立ち向かうのが魔法少女のつとめです」


「氷魚ちゃんはちゃんと信念持ってて相変わらずかっこいいなぁ。私、感動しちゃったよー」


「そ、そうですか? えへへ……」


「でも、それじゃあどうやってルシファーと戦うつもりなのかしら? 他の冥界七将も黙って見ているとは思えないけど」


 星羅が尋ねると、氷魚は自信満々に答えた。


「もちろん、正面突破です。私と楓花さんと星羅さんが陽動で敵を撹乱している間に、トリニティさんと遥香さんに一気に攻め入ってもらいます」


「えぇ!? 私たちにその役目を任せていいの?」


「はい。私たちの中では二人が強い方なので」


 氷魚がまっすぐな目で見つめてくる。……なんだか照れくさい。

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