第24話 クーベル・チュール
☆☆☆
目覚めると、そこは見知らぬ天井だった。私は真っ先に木乃葉のことが気になった。
「木乃葉は!? 無事なの!?」
私が慌てて飛び起きると、横にいた誰かとぶつかった。
「いったぁ……」
「あ! す、すみませ……」
そこにいたのは私の知らない少女だった。肩まで伸びた金髪が綺麗で可愛らしい女の子。外国人に見える。
彼女は私を見て驚いた顔をしていた。
「よかった……気づいたんですね!」
「え、えっと……あなたは?」
「わたくしはトリニティ・ミラーといいます。──【クレープシュゼット】といったら分かりますか?」
「あっ、クレープちゃん……」
私はトリニティと名乗った少女に頭を下げた。
「助けに来てくれてありがとう!」
「い、いえいえ。協会の指示があったから助太刀に来ただけですわ。結局ルシファーも討ち漏らしましたし……」
「でも、おかげで木乃葉と緋奈子も……あっ、二人はどこなの? 無事なの?」
「……落ち着いて聞いてくださいまし。お二人は危険な状態です。魔力を使い果たし、身体の損傷も激しい……手を尽くしてはいますが、助かるかどうか……」
「そんな……じゃあ、私のせいで……」
「──違いますわ」
落ち込む私をトリニティが制した。
「あなたはお二人を救った。あのままあなたが駆けつけなければ、間違いなくお二人は亡くなっていたでしょう」
「でも……」
トリニティは私の肩を掴んで目をしっかりと見据えた。そして、力強い口調出続ける。
「あなたは正しいことをした。わたくしがあなたの立場でも同じことをしたでしょう。誰もマンゴープリンさんがアストラルゲートを開くなんて予想していなかった。この事態は避けられなかったことです。──でも、逆に考えればヴィランの幹部を三体も倒すことができた。大きな成果だと言えますわ」
「そ、そうかな……そうだよね……」
「そうですとも! ──あなたの身体の怪我は治癒魔法で治ったので、意識が戻れば退院できるそうですが……その前にお二人に会っていかれますか?」
「うん……会いたい」
私はベッドから起き上がると、トリニティに連れられて病室を出た。
「……」
「……」
病院と思われる廊下を歩いている間、無言の時間が流れる。私は居心地の悪さを感じて、なんとか話題を作ろうとした。
「あの……トリニティちゃんは日本人じゃないの?」
「ええ。出身はアメリカで、小さい頃日本に……そこで魔法少女の存在を知って魔法少女を目指しました」
「目指してなれるようなものなんだ」
「いいえ、もちろんそれなりの苦労はしましたよ。山にこもって修行をしたり……」
「山に!?」
「はい。日本人ではないわたくしが協会に所属するには試験を受けて合格する必要がありまして。それで日本支部の試験を受けたところ、受かってしまいました」
「すごいね……」
「それほどでもないですよ。それより、お二人のいる部屋はここです」
トリニティちゃんが立ち止まったのはとある一室の前だった。
扉の上には【大嶋木乃葉 様】と【須貝緋奈子 様】と書かれたプレートがある。
「失礼します」
私はゆっくりとドアを開ける。そこには、包帯だらけの姿でベッドに横たわり、たくさんの管で機械と繋がれる木乃葉と緋奈子の姿があった。
「木乃葉! 緋奈子!」
「うぅ……あぁ……」
私の呼びかけに応えたのは苦しそうな声を上げる緋奈子だけだった。木乃葉は反応すらしない。
私は泣きながら二人に駆け寄った。そして、力なくベッドに置かれている木乃葉と緋奈子の手を握る。
「お願い! 二人とも死んじゃ嫌だよ!」
「……」
「なんでこんなことに……私のせいで……」
私は自分の身に起きたことを思い出し、涙を流す。
すると、木乃葉の指が微かに動いた。
「木乃葉!?」
「……お……ねぇ……」
木乃葉は小さな声で何かを呟く。
「なに!? なに!?」
「ご、めん……ね……」
「なっ!?」
私は耳を疑った。それは謝罪の言葉だったからだ。
「どうして謝るの? 私が木乃葉に心配かけたのが悪かったんだよ! 私が悪いんだ!」
「ち、が……う……」
「違うもんか!」
「……ち、が……あ……い……し、て……い……」
「木乃葉?」
私はハッとして口をつぐむ。そして、改めて木乃葉の顔を見た。
木乃葉は涙を流していた。
「わたし……ね……お姉のこと……大好きだから……ずっと、一緒にいてほしかったから……ヴィランを、全部倒したら……お姉が危険な目に……あうことも、なくなる……って……おも……って」
「木乃葉……」
「……でも……もう無理みたい……でも、最後にお話しできてよかった……もう、お別れ……ごめ……ん……」
「な、何言ってるの? 最後なんて……そんな……」
私は木乃葉の手を握りしめる。しかし、木乃葉はその手を離してしまった。
「お姉……ありが……とう……」
「待って! 行かないで!!」
私は叫ぶ。しかし、それが無駄なことだと分かっていた。
「お姉……だぃ……すき……」
木乃葉は笑みを浮かべると静かに目を閉じた。
「──いやあああぁぁぁ!!!」
私の叫びが病室に響き渡った。
☆☆☆
「……さん。遥香さん」
誰かの声で私は目を覚ます。そして、目の前にいる人物が誰なのか気づき、慌てて立ち上がった。
「あ……ご、ごめんなさい! つい眠っちゃった……」
「いいんですよ。疲れているでしょうからゆっくり休んでください」
「ありがとう」
私は再び椅子に腰掛けると、トリニティの方を見る。トリニティは優しい笑顔を向けてくれた。
けれど、あれ以降木乃葉も緋奈子も目覚めることはなかった。部屋にはただ、無機質な機械の音が響いており、時折看護師さんや医師が様子を見に来る程度だった。
私は黙って首を振った。
「……私、どうしたらいいのか分からないよ」
「あなたが魔法少女になった理由は、大切な人を守りたいからでは?」
「でも守れなかった」
「これからです。まだ間に合います」
「間に合うかな……」
「ええ、もちろん」
トリニティは力強く言う。
「あなたにはわたくしたちがついているんですもの。あなたが冥界へ行くのなら、手を貸しましょう」
「……うん、そうだね。悩んでる場合じゃない。前に進まないと」
「ええ、では行きましょうか。遥香さんに会ってもらいたい人がいますわ」
「……わかった」
私は立ち上がると、木乃葉と緋奈子の病室を出る。病院の玄関を出るとトリニティは病院の前に止まっていた黒い車に乗り込んだので、私も続けて後部座席に乗り込む。運転手つきの車を持っているなんて、さすがは一流の魔法少女だなと思った。
「どちらまで?」
運転手の男性が尋ねると、トリニティは「魔法少女協会へ」とだけ答えた。
「かしこまりました」
車が走り出す。私は窓の外を見つめながら、自分が魔法少女になったことの意味を考えていた。すると、突然トリニティがポンと手を叩いてこんなことを言い始めた。
「クーベルチュール」
「ん?」
「あなたの魔法少女名、まだついていないのでしょう? 【クーベルチュール】にしましょう?」
「えっと、どういう意味?」
「フランス語で『覆いかぶせる』という意味です。クーベルチュールはスイーツをコーティングするためのチョコレート。カカオバターが多く含まれているので、コーティングすると光沢がよくつくんですよ」
「へぇ、詳しいね」
「たくさん勉強しましたから。──まさにあなたにぴったりの名前だと思います」
「そっかなぁ。なんだかちょっと恥ずかしいな……」
私は頭をかく。
「そうですか? とても素敵な名前だと思うのですが……」
「うん……ありがとね」
「いえ、こちらこそ。……ふふっ。さあ、そろそろ着きますわよ」
私たちを乗せた車は、一際大きな建物の前で止まった。
「ここが魔法少女協会の本部ですわ」
「いつ見ても大きいね……」
「ええ、ここは日本支部なので小さい方ですよ」
「そうなんだ……」
私は車を降りると、建物の中へと入る。中にはたくさんの人がいて、忙しなく動き回っていた。ヴィランの大規模な襲撃があった後なので致し方ないだろう。
「あーっ、やっと来たー! 遅ーい!」
私の姿を見つけた楓花が駆け寄ってきた。
「楓花ちゃん!」
「えへへっ、わたしも一緒にヴィランをやっつけに行きたいな」
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