第28話 コン・フィズリー

『グオォッ!!』


 サタンが雄叫びを上げ、こちらに向かって突進してくる。

 私は楓花をそっと地面に寝かせると、立ち上がった。


「邪魔しないで!!」


 私はサタンに向けて魔法を放つ。


「無駄よぉ! その程度の攻撃じゃサタンは倒せない」


 アスモデウスは余裕の表情を見せる。確かに、サタンの鱗に傷をつけることはできても、ダメージを与えるまでには至らないようだ。


「だったら……」


 私はスカートの下の木乃葉のパンツに両手で触れた。そして、パンツが光ったと同時に、手にありったけの魔力を込める。


「どうするっていうの?」


 アスモデウスはサタンに命令を下す。


「やっちゃいなさいサタン!」


 サタンは再びブレスを吐き出した。私は前方に向けて何重もの魔力障壁を展開した。


「無駄よ。そんな障壁、ガラスみたいに粉々になっちゃうわ」


「やれるもんならやってみてよ!」


 サタンが吐き出したブレスは瞬く間に私の障壁を貫くが、私はさらに障壁を展開して攻撃を抑え込もうとする。


「無駄なことはやめなさい。たとえ防げたとしてもサタンを倒すことはできないわ?」


「……私が倒せないなら」


「……?」


「倒せる人に倒してもらえばいい!」


「まさか!」


 私がサタンの注意を引いているうちに、その背後から星羅が大きなハンマーを両手で握って飛び出した。


「くらえっ!」


『ガァアッ!』


 サタンが振り向いた瞬間、星羅は渾身の一撃を振り下ろす。サタンはそれを尻尾で受け止めるが、星羅の力はその程度で止められるものではなかったらしい。凄まじい衝撃波とともにサタンを吹き飛ばした。サタンは楓花が開けた壁の穴に突っ込んで動かなくなった。


「……よし!」


 私は思わずガッツポーズをする。


「……すごい、怒っているようで冷静だったんですね遥香さん!」


 トリニティも驚いているようだった。


「やった……」


 氷魚はホッとしたような顔を見せた。だが──


「ふぅん……なかなかやるじゃない」

 アスモデウスは不敵な笑みを浮かべている。



「まだ終わってない……」


 星羅が呟く。


「そう、まだ終わってない。アタシはサタンみたいに一筋縄じゃあいかないわよぉ?」


 アスモデウスはそう言いながら足元に真っ赤な魔法陣を展開する。すると、周囲で倒れていたヴィランの死骸がゆらりと起き上がった。


死霊術ネクロマンス!?」


「ってことは、まさか……あの死骸はそのための布石だったってわけね……」


 氷魚とトリニティがまたしても驚いたような表情をしている。


「ご名答! でも、それだけじゃないのよねぇ……」


 アスモデウスはパチンと指を鳴らす。すると、床に散らばる瓦礫の中から、巨大な骨の腕が生えてきた。それはゆっくりと動き出すと、私達を捕まえようと襲いかかってきた。


「きゃあっ!?」


「くっ……」


 私達はなんとかそれを避けるが、アスモデウスの攻撃はそれでは終わらなかった。


「まだまだいくわよぉ?」


 アスモデウスがもう一度指を鳴らした。今度は天井を突き破って骸骨の兵士が現れた。


「これは……スケルトン!?」


「そうよぉ。さあ、お行きなさい!」


 アスモデウスの命令を受けた兵士は、手に持った剣を振りかざしながら突進してきた。


「くそっ!……うわぁ!?」


 私はスケルトンを迎え撃とうとしたが、突然足下に現れた魔法陣によって吹き飛ばされてしまう。


「……!……!」


 星羅も何か叫んでいたが、よく聞こえない。そのまま壁に叩きつけられてしまった。


「ぐはぁ……」


 全身を強打し、息ができないほどの痛みに襲われる。意識が飛びそうになるが必死に耐える。


「……この!」


 私はよろめきながらも立ち上がると、再び魔法障壁を展開して防御の姿勢を取った。


「無駄よぉ? そんなことじゃあ防げっこないわ」


 アスモデウスはニヤリと笑みを浮かべると、両手を天に掲げる。すると、天井に大きな魔法陣が展開されていくのが見えた。


「なに……あれ……?」


 私がそう言った直後だった。天井から大きな火の玉が落ちてきて、私達の目の前で爆発した。爆風で私はまたもや吹き飛ばされる。


「あうっ……」


「……!」


 星羅も同じように地面に転がっていたが、すぐに立ち上がったようだ。だが──


「あらぁ? どうやら限界みたいね」


 見ると、星羅の体には無数の切り傷ができていて血が流れ出していた。彼女はフラッとよろけてそのまま座り込んでしまった。

 氷魚とトリニティに至っては、地面に倒れ伏したまま動かない。


「みんな!」


 私は慌てて駆け寄る。氷魚もトリニティも気を失っているだけのようだ。よかった……。


「大丈夫よ。殺してはいないわ。気が変わったの。その子たちは人質として生かしておくことにするから」


「……」


「予想通り、あなた一人になったわねぇ。マンゴープリンちゃんのお姉ちゃんだもの、多少は期待していいのよねぇ?」


 アスモデウスが近づいてくる。私は咄嵯にスカートの下の木乃葉のパンツに手を当てた。そして、木乃葉の力で自分の周囲に魔力の壁を作る。


「あら、まだ抵抗する力があったのね」


 アスモデウスは面白そうに言う。


「でも、その様子だと長くは保たなさそうだわねぇ」


「…………」


 確かに私の力はもう残り少ない。だけど、それでも私は負けるわけにはいかないんだ。だって──


「私が死んだら、世界が滅んじゃう。私は木乃葉や緋奈子のためにも、なんとしてもルシファーを止めないといけないの!」


「ふーん? アタシに手も足も出ないのに、ルシファー様を倒すなんてちゃんちゃらおかしいわ。あのお方は冥界七将の中でも格が違うのよ? ベルゼバブ、アモン、レヴィアタンなんかの雑魚と同等だと思わないことね」


 アスモデウスは嘲笑するように鼻を鳴らす。


「……」


 私は悔しさに唇を強く噛む。


「いい表情ねぇ。このまま殺してしまうのは惜しいわ。そうよ、アタシが可愛がってあげてもいいわよ?」


 アスモデウスはそう言いながら舌なめずりをした。まるで獲物を前にした蛇のように、長い舌がチロチロと動いているのが見える。


「ふざけないで……」


「ん? なぁにぃ?」


「誰があんたみたいな悪魔に! あんたが私達を殺さずに捕まえようとしているのは、きっと何か目的があるんでしょ!? 私も人質にするつもりなんだ!」


「えぇ、もちろんよぉ。あなたたちほどの力があれば、世界樹の生贄として十分に役割を果たすことができる。──ただ殺すだけじゃつまらないでしょう?」


「そんなことさせない。絶対に……!」


 私は両手を広げて魔法障壁を展開した。アスモデウスはそれを見て、呆れたようにため息をつく。


「哀れね。馬鹿の一つ覚えみたいに同じことばかりやっても無駄なのよ」


 アスモデウスはそう言って右手を前方に突き出す。すると、周囲の瓦礫が浮き上がり、宙を漂い始めた。


「何をする気?」



「こうするのよぉ!」


 アスモデウスはそう叫ぶと、浮遊させた瓦礫を思いきり魔法障壁に向かって投げつけた。


「!」


 私は咄嵯に両腕で顔を守る。しかし、瓦礫は魔法障壁にぶつかる前にピタッと静止してしまった。


「……!?」


「ふっ……」


 アスモデウスは不敵な笑みを浮かべる。


「そんな……どうして……?」


「あはぁ! あはははは!」


 アスモデウスは高笑いをしながら、次々と瓦礫を魔法障壁に投げつける。だが、それらは魔法障壁に弾かれて地面へと落ちていった。


「どういうこと? 何が起きてるの?」


 私は困惑しながら周囲を見回す。すると、床に転がっていた氷魚の姿が目に入った。


「……まさか……?」


 私はハッと息を呑む。そして、アスモデウスに視線を向けた。


「気づいたようね? そう、あなたの魔力が尽きるのを待ってたのよぉ。いくら強力な魔力障壁を張っても、それを維持できるのは術者本人だけ。だから、あなたが消耗して動けなくなるまで待っていたというわけよ!」


「……!」


「それにしても、随分と粘ってくれたものねぇ。おかげでこっちはクタクタよ。さぁ、そろそろ楽になりなさい!」


 アスモデウスはそう言うと、さらに大量の瓦礫を投げつけてきた。

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