第21話 カヌレ・ド・ボルドー
「……よし、撒けたみたいだね」
アモンから十分に距離を取ったところで振り返ると、そこには誰もいなかった。どうやら楓花がうまく足止めしてくれていたようだ。
「そうだ、シェルターに避難しないと……」
正直木乃葉や緋奈子の身は心配だったし、楓花だって一人で幹部クラスのアモンに勝つのは不可能……せいぜい足止めが精一杯のはずだ。だが私には何もできない。だから、今は自分を守ることを考えよう。
私は近くにあった案内板を頼りに、避難用の地下通路へと駆けていった。
「はぁ……はぁ……」
息を切らせながら、ようやく目的地である地下施設の入り口にたどり着いた。中に入ると、そこは薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていて少し肌寒かった。他の市民は既に地下深くにあるシェルターに避難しているらしく、姿が見えない。
「ここまでくればしばらく大丈夫だろうけど……早く他の皆と合流しないと」
私はゆっくりと歩きながら辺りの様子を伺う。今のところ周囲に敵の影はない。ひとまず安心してよさそうだった。
「あれ、この匂いは?」
歩いていると、微かに甘い香りが漂ってきた。お菓子のような優しい甘みのある匂いだ。どこか懐かしいような気がするけれど、どこで嗅いだことがあるのだろうか……。その正体を突き止めるべく、鼻を頼りに進んでいくと、段々とその匂いが強くなってきた。そして、ある場所を通り過ぎた瞬間、急に視界が開けた。
目の前に現れたのは、天井が高くて、まるで体育館のように広い空間。そしてその中央には巨大な門のようなものが設置されていた。
「ここは……?」
明らかにシェルターではない。どこかに迷い込んでしまったのだろうか。
門は開いており、中には闇が広がっている。そして、門の周囲には紫色のオーラが漂っていて、禍々しい雰囲気をたたえていた。
その時、門の裏から一人の人影が現れた。黒く長い髪が特徴的な、同い年くらいの少女だった。
少女は私に視線を向けると、透き通るような声で尋ねてきた。
「アストラルゲートを開いたのはあなた?」
「は?」
「アストラルゲートは強い魔力を持つものの願いに従って開かれる。──開いたのはあなた?」
何を言っているんだろう? そもそもこの子は何者? アストラルなんちゃらってさっき緋奈子が言っていたやつ?
「何の話をしてるのかわからないんだけど」
私がそう答えると、少女は小さくため息をついた。そして、悲しげな表情でこちらを見つめてくる。
「……そう」
それだけ言うと、彼女は両手を広げた。すると、彼女の手に大きな三つ又の槍が出現した。
「それじゃあ死んでもらうしかないね」
「ちょっ!?」
慌てて身を翻すと、先ほどまで立っていた場所に大きな穴ができていた。
「避けたの? やるね。その力、羨ましい。嫉妬しちゃうわ……」
「待って! 本当に何も知らないの!」
「……本当に?」
「本当だってば! ていうかあんた誰よ!? いきなり襲ってくるなんて酷くない!?」
「……私の名前は冥界七将──『嫉妬』の【レヴィアタン】。……聞きたいのはそれだけ?」
えっ、ちょっと待ってこいつヴィランの幹部!? 幹部多すぎない大丈夫? 今日は厄日か何か!?
ていうか、幹部ヴィランに魔法少女でもない私が勝てるわけない逃げよう!
「……あっ、すみません! ヴィランの幹部の方でしたか! ごめんなさい私魔法少女じゃないのでこれで失礼しま──」
「まあいいわ。死んで?」
そう言い放つと、彼女の周りに複数の魔法陣が展開された。
そこから一斉に炎の矢が放たれた。
「きゃああぁぁ!」
咄嵯の判断で回避したものの、次々と襲いかかる攻撃を避けるだけで精一杯だ。
「どうせあなたも死ぬ運命なんだから、大人しく死になさ──」
不意にレヴィアタンの動きが止まった。彼女は私が落とした封筒を凝視している。──これは、木乃葉が私に託してくれた封筒!
『もし危ないことが起きたら、封筒の中身を使ってね』
と木乃葉は言っていた。今がまさにその時だろう。
私は死にものぐるいで封筒に飛びついた。そして、破るようにそれを開ける。出てきたのは黒い小さい布切れ。広げてみると……それは黒いレースが施されたTバック──つまりパンツだった。
「えっ?」
……どうやら、木乃葉はこれを使えと言っていたらしい。だが、こんなものを一体どうやって……まさか!?
「……なるほど、そういうこと。……ふぅん、へぇ〜」
レヴィアタンがニヤリと笑った。
「強い魔力の正体はこれだったわけだね。羨ましい……欲しいわ。寄越せ」
レヴィアタンが槍を構えてこちらに駆けてくる。パンツを奪いにくるなんて、なんて変態だろう。
だが、私は彼女の手が届く前に、素早く黒パンに足を通し、そのまま引き上げた。死ぬほどアホらしくて恥ずかしいけれど仕方ない。
そして祈る。
(お願い木乃葉……お姉ちゃんに力を貸して!)
次の瞬間、私の身体がピカッと光った。レヴィアタンが堪らずに両手で顔を庇う。
光が収まると同時に、私は自分の変化に驚愕した。
今まで着ていた制服は消え去っており、代わりに身につけていたのは肩とお腹を大胆に露出したほぼ胸当てといってもいい黒のコスチュームに同じく黒いレースの短いスカート。極めつけは指先から二の腕までを覆っている黒の手袋に黒のニーハイ。全身真っ黒で異様に露出度の高い衣装だった。
やっぱり私、魔法少女に変身している!? にしてもこの露出度の高いコスチュームは何!?
「な、なにこれ!?」
「……それがあなたの力ってことね。……妬ましいわ。でも、もう遅いよ。──
そう言って彼女が槍を振るうと、巨大な水流が出現して私に襲いかかってきた。
「うそっ!? 水を操る能力!? そんなの聞いてないんだけど!? いやあああぁぁぁ!!」
なす術なく押し流され、地面を転げ回る。痛いし冷たいし最悪だ。
「あははっ! 無様だね!」
レヴィアタンの高笑いを聞きながら、私は必死に立ち上がろうとしていた。
「さあて、とどめだよ!
そう言うと、彼女は槍を地面に突き刺して魔法陣を展開した。そしてその中心から火柱が上がる。
「あづっ!?」
炎の柱は徐々にこちらに向かってきている。この状態であの攻撃をくらえば一巻の終わりだ。
「どうしよう……魔法ってどうやって使うんだろう……?」
そもそもついさっき魔法少女になったばかりなのだ。練習もなくいきなり幹部ヴィランに立ち向かうなんて無謀すぎる。
「こうなったら、とにかく攻撃するしかない!」
私は勢いよく立ち上がると、拳を前に突き出した。
「えいっ!」
すると、私の手から強烈な風が巻き起こり、レヴィアタンの放った火炎を吹き飛ばした。
「やった! うまくいった!」
だが、喜ぶのも束の間、再び強風が発生し、今度は私自身が吹き飛ばされてしまった。
「きゃあぁ!?」
「……今のは驚いた。まさか、これほどの力を持っているなんて。本当に羨ましい」
なんとか空中で体勢を立て直すと、彼女は感心したように言った。
「でも、いくら強くても所詮は魔法少女……。冥界七将である私には勝てない」
そう言うと、彼女はまた槍を構えた。
「……させない!」
私は咄嵯に手をかざすと、そこに魔法陣が現れた。そこから現れた風の刃が、レヴィアタンめがけて飛んでいく。
しかし、彼女はそれを軽々と避けると、一気に間合いを詰めてきた。
「くらえ!」
レヴィアタンが槍を突き出すと、先端から水流が発生した。私は咄嵯に身を翻すも、右肩に鋭い痛みが走った。
「ぐあっ!?」
見ると、むき出しの肩はざっくりと斬られて血で真っ赤に濡れている。
「へぇ、思ったより頑丈なんだね。……それじゃあ、もっと力を込めるか」
レヴィアタンが不敵に笑うと、槍の先端がバチッと音を立てて青白く発光し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます