第20話 バウム・クーヘン
ふと空を見上げると、漆黒に染まった空には血のような赤い筋が幾重にも走っていく。明らかになにか異常事態が発生している。街ゆく人たちも慌てふためいて逃げ惑い始めた。
「……どうしようどうしよう。とりあえず避難? でも木乃葉が……緋奈子が……」
混乱する頭を抱え、シェルターへと避難する人の波に流されながら、フラつく足取りで歩いていくと、突如として前方から悲鳴が上がった。見ると、身長5メートルほどありそうな巨人が逃げ惑う少年を掴みあげ、口に放り込むところだった。──ヴィランだ。間違いない。
「……こんな時にマンゴープリンちゃんもマカロンショコラちゃんもいないなんて」
私はヴィランに立ち向かおうとして、すぐに思い直した。
──私が行ったところで、何ができるの? 私はただの女子高生だ。魔法少女ではない。特別な力はないし、武器もない。それに、木乃葉のことが心配すぎて集中できない。
「くそっ……! あの子に頼りたくはなかったけど……」
私は歯噛みして、ポケットの中からペロペロキャンディーを取り出した。楓花から受け取った呼び出しデバイス。──私が頼れる魔法少女はあと一人いた。魔法少女【コットンキャンディー】ちゃんが。
楓花に言われたとおり、ペロペロキャンディーの包み紙を剥がして口に含む。すると、不思議なことにキャンディーは一瞬にして口の中で溶けた。フワッと甘い味が広がる。
私は心の中で楓花を読んだ。
(お願い……【コットンキャンディー】──楓花ちゃん助けて……!)
『──まかせて』
脳内に直接声が届いた。
次の瞬間、目の前の空間がぐにゃりと歪み、渦を巻いていく。やがてそれは、フワフワモコモコの魔法少女の姿をとった。
彼女──楓花は私を振り向いて微笑んだ。
「遥香ちゃん、ケガはないー?」
「う、うん!」
私が頷くと周囲から歓声が上がる。
「魔法少女だ!」
「魔法少女が来てくれた! 助かったぁ!」
歓声に、楓花は大きく手を振って答える。
「魔法少女【コットンキャンディー】だよぉ! 悪い子はわたしがおしおきしちゃうから、いい子のみんなは落ち着いて避難してねー?」
「楓花──コットンキャンディーちゃん、あいつが皆を襲っているの!」
私が巨人を指さすと、楓花は頷いた。
「わかったぁ。じゃあちょっとだけ痛い目に遭わせてくるねぇ」
そう言って、楓花は巨人の方に向き直ると、手を掲げた。その手に光が宿る。
「わたあめふわふわ、おひさまきらきら──マジカル・サンパワー!」
光の玉を放つと、ヴィランの顔面に直撃し爆発する。
しかし、それでもヴィランは倒れなかった。
「あれぇ? おかしいなぁ」
首を傾げる楓花にヴィランが迫る。
「危ないっ!」
私が叫ぶと同時に、ヴィランは拳を振り下ろした。
「きゃあっ!?」
楓花に拳が叩きつけられようとした瞬間、間一髪のところで魔力障壁が展開され、その攻撃を防いだ。
「楓花ちゃんっ!」
「大丈夫ぅ。だってわたし、【コットンキャンディー】なんだもん」
「弱い! 弱いなぁ! 魔法少女ってやつも弱すぎて笑えてくるぜぇ!」
巨人が初めて口を開いた。巨体に似合わない軽い口調──人間の言葉を解するということは、こいつもヴィランの幹部クラスなのかもしれない。
楓花は私の前に両手を広げて立つ。
「あなた、何者なのー?」
「オレサマは冥界七将──『強欲』の【アモン】様だぁ! 覚えておけポンコツ魔法少女さんよぉ!」
「ふーん……アモンちゃんっていうんだねー。それじゃあ……」
楓花が一歩踏み出すと、地面が大きく揺れたような気がした。
「ちょ、ちょっと!? 楓花ちゃんなにする気なの!?」
「なにって、もちろん戦うんだよー?悪い子を懲らしめるのは正義の味方のお仕事だからねー」
「そんな! 相手は幹部クラスの敵だよ!? いくらなんでも無茶すぎる!」
幹部クラスが相手だと知っていたら、木乃葉よりも弱いコットンキャンディーちゃんを呼ぶのは間違いだったかもしれない。でも彼女は誰よりもヴィランから皆を守る魔法少女としての使命に忠実だった。強敵を相手にしても全く怖じける様子はなかった。
私の叫びも虚しく、楓花は構えをとる。
「いくよー」
楓花の身体が淡く光り輝く。そして、両手に出現させた小さなわたあめを口の中に放り込んだ。途端に、楓花の身体が巨大化し、アモンと同じくらいの身長にまで成長した。──前回、木乃葉相手に見せたよりもさらに大きくなっている。
「ほーう。なかなか面白いもん見せてくれるじゃねぇか!」
「アモンちゃん、力比べ得意そうだね。わたしもなんだー。──やってみる?」
楓花が言うと、アモンはニヤリと笑って右手を差し出した。
「いいぜ? どっちかが死ぬまで殴り合いしようや!」
楓花がそれに答えて拳を突き出し、二人は激しい肉弾戦を始めた。アモンは空気が震えるような強烈な打撃を放つが、楓花はそれをフワモコの身体で受けてすかさず殴り返す。楓花のパンチもアモンの鋼鉄のような肉体に阻まれて有効打を与えられていないようだ。
「どうしたぁ! この程度かぁ?」
「ううん、まだまだこれからだよー」
楓花は余裕そうに笑うと、自分の足元を指差す。すると、そこに巨大なわたあめが出現した。
「おっと、危ねぇ」
それを察知したのか、アモンは飛び退いて回避するが、楓花はそれを追いかけて再び足を踏み鳴らす。すると、今度は無数のわたあめが降り注いで、アモンの動きを制限する。
「オラァッ!」
アモンはそれらを拳圧だけで吹き飛ばしていく。
「うーん、思ったよりタフだねぇ」
「へっ、こんなんじゃオレサマは倒せねぇぞ?」
「うん。だからもっと強くしちゃうね」
そう言って楓花は自らの胸に手を当てて念じる。次の瞬間、彼女の胸から大量の綿が溢れ出てきた。それはみるみるうちに楓花を包み込んでいき、やがて全身を覆う巨大わたあめとなった。
「なんのつもりだぁ? こんなお遊びじゃオレサマには勝てないって言っただろうがぁ!」
アモンは渾身の右ストレートを放つ。しかし、楓花はその攻撃を腕ごと飲み込むように受け止めた。
「ぐっ……クソがっ! 離しやがれぇ!」
楓花の腕から逃れようと必死にもがくが、全くビクともしない。むしろ、徐々に楓花に取り込まれていっているようだった。
「さっきまでの威勢の良さはどこいったのかなぁ?」
楓花はアモンの右腕を飲み込みながら不敵に笑った。
「くそぉっ……!オレサマの力を吸い取りやがってぇ!」
「あははー、アモンちゃんの力が強くなってるよー?このままだとわたしも負けちゃうかもねー」
「ふざけんなぁ! オレサマはまだ本気出してないだけだ! 次こそ本気でぶっ殺してやるよぉ!」
アモンの言葉通り、彼の力はどんどん増しているように見える。このままではまずいかもしれない。私は二人の戦闘を見守るしかできなかった。
「おいポンコツ魔法少女!テメェ今すぐその魔法を解きやがれぇ!」
「嫌だよー。だってこれ解いたらアモンちゃん逃げちゃうでしょう?」
「当然だろぉが! 誰が好き好んで雑魚魔法少女に殺されるかよ! オレサマは飢えてるんだ! もっと殺してぇんだよ!」
「あははー、アモンちゃんはお腹空いてるのー? それなら……」
楓花はそういうと、自分の下半身に手を突っ込んだ。そして、そこから新たなわたあめを取り出すと、口の中に放り込んだ。
「──わたしをいっぱい食べさせてあげるね」
楓花がそう言い放つと同時に、楓花の上半身から巨大なわたあめが飛び出してきた。それはまるで巨大なわたあめが生えたような姿だった。
「な、なんだこりゃぁ!?」
「ふーん、アモンちゃんはこういうの大好きなタイプなのかなー?なんだか嬉しそうな声出してくれたねー」
「ち、違うわボケがぁ!」
アモンは否定しているが、先ほどまでよりも明らかに興奮した様子で、わたあめに顔を擦り付けている。
「ははーん、アモンちゃんはやっぱり変態さんなんだねー。そんなアモンちゃんにはご褒美をあげないとダメかなぁ」
楓花は自分の胸に手を当てると、大量のわたあめを取り出した。
「ほら、わたしのおっぱいだよー。気持ちいいよねー?」
楓花はアモンの顔の前に巨大なわたあめを差し出す。すると、アモンは理性を失ったかのようにそれにしゃぶりついた。
「──美味しい? 嬉しい?」
「うるせえぇ! 黙れぇ!」
アモンはそう叫ぶが、楓花の身体から出る綿に顔を埋めて、ひたすらに貪っていた。
「ほらほら、遠慮せずにもっと召し上がれー?」
楓花の全身から溢れ出した綿が2人の巨体をすっぽりと包んでしまった。その状態で楓花はアモンをホールドして離さない。
まるで一つの巨大なわたあめのようになってしまった2人。そこから楓花の声が聞こえてきた。
「遥香ちゃん、今のうちに早く逃げて! 敵が強すぎて、もう長くはもたないからぁ!」
楓花の言葉を聞いてハッとする。そうだ、いつまでもここで呆然と見つめている場合ではないのだ。私は急いでその場を離れた。
「逃がすかぁ!」
私が逃げる気配を察知したのかアモンが暴れるが、楓花は逃がさない。
ボフッボフッと綿の切れ端がそこらじゅうに飛び散った。
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