第22話 フォレ・ノワール

「まずい……あれはヤバそうね……」


 直感的に感じた恐怖で足がすくんでしまう。


「大丈夫、一瞬だから。すぐ終わる」


 そう言い放つと、彼女は槍をまっすぐ構えて突進してきた。


「くっ……!」


 私は咄嵯に横に飛び退いて回避するも、すぐに槍が追いかけてくる。


「逃げてばっかりだとほんとに死んじゃうよ? まあ、あなたが死んだところで私にとってはどうでもいいんだけど。私はその力が欲しいの」


「誰が死ぬもんですか!」


 私は振り下ろされた槍を避けると、手刀を繰り出した。だが、彼女の首筋に届く前に、水の壁に阻まれてしまう。


「無駄だよ。あなたの攻撃は全て水の壁で防げる。それに、たとえ直接触れなくても、私の操る水流はどこまでだって追ってくる」


 そう言うと、彼女はさらに魔力を込めて、私を貫こうとする。


「このっ……!」


 私も負けじと、両手に風を集めて反撃を試みる。二つの力は拮抗していたが、徐々に私の方が押され始めた。

 このままだと負ける! そうしたら木乃葉たちを助けられなくなる。


 緋奈子の話によるとアストラルゲートを開いたのは木乃葉だ。木乃葉が開けたアストラルゲートからアモンやレヴィアタンがこちらの世界にやってきたと考えるのが自然だ。

 そして恐らくあのアストラルゲートとやらの向こうに木乃葉達がいるのだろう。だが、向こうは敵の巣窟、無事じゃないかもしれない。


(私が……行かないと! はやくこいつを倒して木乃葉を助けに行かないと!)


 焦燥感が募り、さらに力が入る。

 だが、それも長くは続かなかった。

 突然、レヴィアタンの槍を包んでいた水流が爆発したかと思うと、そのまま私のお腹に命中した。


「ぐふっ!?」


 激しい衝撃とともに吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。


「がはっ……げほっ……」


 あまりの痛みに息ができない。視界も霞んできた。

 だめだ、ここで意識を失ったら終わりだ……! 必死に立ち上がろうとするものの、体に全く力が入らない。もう限界だ。


「さようなら、名も無き魔法少女さん」


 とどめを刺そうとこちらに向かってくる彼女を見ながら、私は自分の無力を呪った。

 結局、私は何もできなかった……。ただの足手まといにしかなれなかった……! 悔しさに涙が出る。だけど、泣いてる場合なんかじゃない。せめて最後まで抵抗しないと。


 ふと浮かんだのは木乃葉の顔だった。


 震える手で短いスカートを捲り、木乃葉の黒パンに触れる。それだけで、木乃葉と一緒になれた気がした。


「木乃葉……絶対助けに行くからね」


 そう呟いた瞬間、パンツが光を放った。


「えっ?」


 呆気にとられているうちに光が収まり、私は自分の体に起きた変化に気づいた。

 さっきまでボロ雑巾のように痛めつけられていたはずの体が嘘みたいに軽いのだ。それどころか、今ならどんな相手にも勝てる気さえする。


「これは……いったい何が起きたの?」


 戸惑っていると、レヴィアタンが再び近づいてきた。


「へぇ、どこにそんな魔力が残っていたの? でも、これで本当に最後」


 彼女が槍を振り上げる。

 私は咄嵯に手を前に突き出した。すると、手から放たれた風がレヴィアタンを吹き飛ばす。


「きゃあぁ!?」


「よし、うまくいった!」


 今のは間違いなく魔法だ。しかもかなりの威力がある。これなら、なんとかなりそうだ!


「……どうして? あなたは確かに魔力を使い切ったはず」


「えへへ、実はね……」


 私は得意げに言った。


「なんと、このパンツには木乃葉の──私の妹のパワーが込められているのです!」


「……」


「あれ、どうしたの?」


「いや、別に……」


 レヴィアタンは目をそらして、首を振った。引かれてる? まあ無理もないか。私だってよく分からないのだから。


「二人でひとつってこと……。羨ましい、妬ましいわ。余計その力が欲しくなった。──さっさと寄越しなさい!」


 立ち上がったレヴィアタンが槍で地面を突く。すると、地面に無数の魔法陣が現れた。


深淵の大蛸アビス・クラーケン!」


 魔法陣から出現したのは黒い無数の触手のようなもの。それが物凄い勢いで私に迫ってくる。


「うわぁぁっ!」


 なんとかかわそうとしたものの間に合わず、触手の一本が私の右足首に巻きついて、地面に引き倒してきた。そしてそのまま強い力でレヴィアタンの方へ引っ張られる。


「離せこのっ!」


 触手を左足で蹴ったりしてみたがビクともしない。そうしているうちに、他の触手が左足にも絡みついてきて

 身動きが取れなくなってしまった。

 さらにレヴィアタンは私に近づくと、股間に手を伸ばして私が履いている木乃葉の黒パンを奪おうとしてくる。


「これ、もらうね」


「やだっ! 渡さないから!」


 パンツが再び光り、バシンッ! とレヴィアタンの手が弾かれる。やっぱり、木乃葉のパンツには邪悪なものを寄せ付けない魔力障壁があるようだ。


「これは……予想以上ね」


 レヴィアタンは一瞬戸惑ったような表情を見せたものの、右手にどす黒いオーラをまとって、強引に魔力障壁を突き破ろうとしてくる。


「ちょっ! やめてよっ!」


 レヴィアタンの腕を両手で掴んで必死に抵抗するが、やはりびくともしない。その間にも彼女は木乃葉の黒パンを剥ぎ取ろうと、さらに力を込める。


「ぐぅっ……」


 このままだとパンツを取られてしまう……! それはまずい!木乃葉が託してくれた大切なパンツをこんな奴に渡すわけにはいかない。


「やめろぉ!」


「うるさい!」


 私が叫ぶと、レヴィアタンは怒りの声を上げて魔力を強めた。

 こうなったら一か八か……何が起こるか分からないけれどやってみるしかない。


 私は右手を離して黒パンに触れた。パンツと右腕が輝くのを確認してから、右腕で思いっきりレヴィアタンを殴りつける。


「くらえぇっ!」


 拳が彼女の顔に当たった瞬間、激しい光が炸裂した。


「ぐあぁっ!」


 レヴィアタンは悲鳴を上げると、吹き飛ばされて地面に転がる。それにともなって触手も綺麗に消え去った。


「やった……?」


 私は起き上がると、恐る恐る彼女に近づこうとした。だが、次の瞬間、私の体は見えない力によって空中に持ち上げられ、すごい勢いで吹っ飛んだ。


「うわあああっ!?」


 そして、壁に叩きつけられると、今度は重力に従って落下する。


「いっ……たぁ~……」


 全身に走る痛みに顔をしかめながら立ち上がると、レヴィアタンがゆらりと立ち上がっていた。そして、ペッと地面に血を吐き出す。


「許さない……魔法少女のくせに、この私に傷を負わせるなんて……絶対に殺す……!」


「ひっ……!」


 あまりの怒りに思わず後ずさってしまう。


「この程度で調子に乗るな!」


 そう言うと、レヴィアタンは再び槍を構えた。


深淵の大蛸アビス・クラーケン!」


 再び現れた触手が襲いかかってくる。

 私は、今度は左手でパンツに触れる。


「変態触手やめろぉ!」


 光る左手を前方にかざして魔力障壁を展開し、触手を防ぐ。すると、触手は光のバリアに当たって消滅した。


「そんな……」


 レヴィアタンの顔が驚愕に染まる。

 チャンスだ。今なら攻撃できる。


「お返しだよっ!」


 私は素早く踏み込んでレヴィアタンに肉薄すると、再び右手で殴りかかった。


「くらえっ!」


「甘いわ!」


 レヴィアタンは槍でそれを防ごうとする。しかし、その槍は粉々に砕け散った。そして、そのまま拳が彼女に当たる。


「ぐふっ……」


「どうだ!」


 レヴィアタンはよろめくが、まだ倒れない。だが、かなり効いているようだ。


「こいつ……! よくも私の槍を!」


 レヴィアタンは怒声と共に、両手に魔力を集め始めた。そして再び魔法陣を展開する。


深淵の大蛸アビス・クラーケン!」


 再び触手が現れるが、馬鹿の一つ覚えではもう怖くはない。私に向かってきた触手は魔力障壁に触れて消滅した。


「はぁっ!」


 私は魔力障壁を解除して、触手に向かって突進した。そして触手を飛び越えると、そのままレヴィアタンに突っ込む。


「はあああっ!」


「うぐっ!」


 私の拳がレヴィアタンの腹部を捉え、彼女は苦悶の声を漏らしながら地面を転がっていく。


「これで終わりだ!」


 私は魔力を込めて蹴りを繰り出す。


「はあぁぁぁぁっ!」


「きゃあああっ!」


 私の右足がレヴィアタンに直撃し、彼女の体が宙に浮いて、背中から地面に落ちた。



「はぁ……はぁ……やったの?」


 息を整えながらレヴィアタンに歩み寄ると、彼女は弱々しく藻掻いていた。


「……私が、負けた……? そんなっ」


「なんで負けたか教えてあげようか?」


「……何よっ」


 悔しそうに睨みつけてくるレヴィアタンを見下ろしながら、私は言ってやった。


「姉妹の絆をナメてたからだよ」


「くっ……」


 レヴィアタンは顔を歪めると、天を仰いだ。

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