第10話 コットン・キャンディー

『昨日、突如として音羽市の音羽中央ショッピングモールに出現したヴィランは、魔法少女【ピーチジェラート】、【コットンキャンディー】、【メロンパルフェ】の3名の活躍により討伐されました。なお、この戦闘で2名の魔法少女が犠牲になっている他、【コットンキャンディー】と【メロンパルフェ】も負傷しており、いずれも重傷です──』


 テレビは今日も今日とて不穏なニュースを伝えている。それを、木乃葉は下着姿にTシャツを着ただけの格好でゴロゴロしながら眺めている。いつも通りの光景だった。


「……マンゴープリンちゃんの活躍はやっぱりなかったことになってるね」


「その方がいいでしょ。ウチは本来は戦闘しちゃいけないことになってるみたいなんだからさ」


「まあ、それはそうなんだけど……」


「でもウチは思うんだよ。悪い奴らはみんなやっつけないとダメだよね? そうしないと平和が守れないもん。だから、魔法少女として戦うのは間違ってない。むしろ正しいことをしていると思う。……そう思わない?」


 木乃葉は真剣な顔で私を見つめる。


「うーん、そうかもしれないけど……でも、木乃葉は魔法少女のフリをしてるだけの普通の女の子、なんでしょ?」


「あー、それ信じてるの? 適当に言ったウソなのに」


「えぇ!? じゃあ何のためにあんなことしたの?」


「そりゃ、ウチが協会に登録していない違法な魔法少女だってことにされたら色々と面倒なことになるからさ。ウチと魔法少女協会じゃあ目的も手段も違うしね」


 木乃葉はそう言ってあくびをする。


「ふーん……なんかよく分かんないなぁ」


「分からなくていいよ。お姉はそのままでいて。ウチのことなんて気にせず、自分の好きなように生きてよ」


「むぅ……またそうやって誤魔化す。私にも何か手伝えることはないの?」


 私がそう言うと、木乃葉は複雑な表情をした。


「お姉にできることは、そのまま自分のやりたいように生きること。もし、ウチに何かしたいっていうなら……」


「なら……?」



「パンツちょうだい。できればお姉の使用済みのやつ」


「はぁ!?」


 真剣な話をしていたはずなのに、木乃葉の発言に思わず変な声が出てしまう。


「ちょ、ちょっと待って! どうして私の使用済みパンツが必要なの?」


「だって、ウチがお姉のパンツを欲しがるのは当然のことでしょ? それに、お姉がウチに何もしてあげられることが無いっていうんなら、せめてウチの趣味に付き合ってくれたってバチは当たらないんじゃない?」


「……」


 たまにはこいつを甘やかしてもいいのかもしれない。いつも冷たくしてしまっている自覚あるし、なにより2回も命を救ってもらった。……今回だけ、今回だけ。でも使用済みはダメだ。


 私はしぶしぶと自分の部屋に戻ると引き出しからショーツを取り出して渡す。木乃葉は私のショーツを大事そうに抱きしめた。そして、頬ずりをしながら嬉しそうな顔をする。


「やった! これでしばらくご飯はいらないよ!」


「い、意味わかんないよ……。でも、満足してくれたならよかった」


 まあ、命を助けてもらって下着1枚で済むなら安いものだろう。……私は大切な何かを失った気がするのだけど。昨日みたいにキレている木乃葉よりはこっちの変態木乃葉のほうがまだマシだ。


「じゃ、私はそろそろ学校に行くからね? 今日は早く帰るつもりだし、木乃葉はちゃんとお留守番しててよ?」


「うん。行ってらっしゃい、お姉。気をつけてね!」


 木乃葉は満面の笑みを浮かべながら手を振った。



 ☆☆☆



 学校に行くと、早速緋奈子に声をかけられた。


「昨日大丈夫だった? マンゴープリンちゃんは?」


「ああ、まあ……なんとか無事だよ」


「本当? よかったぁ……私、心配してたんだからね」


「ありがとう。マンゴープリンちゃんが危ないって知らせてくれて」


「ううん。友達なんだから当たり前でしょ?」


「そうだね。これからもよろしくお願いします」


 私は笑顔で頭を下げる。すると、彼女はなぜか少し困ったような表情を見せた。


「私、やっぱりハルちゃんに危険な目にあってほしくないよ……」


「ヒナちゃん……」


「ねぇ、ハルちゃんにとってマンゴープリンちゃんはそんなに大切な存在なの?」


「えっと……それは……」


 正直、どう答えればいいのか分からない質問だった。確かに私は木乃葉のことを大切だと思う。でも、それは緋奈子に対する愛情よりも優先するべきものなのか、自分でもよく分かっていなかったのだ。


「ごめんね。こんなこと聞いて。でも、どうしても知りたかったの」


「……ううん。私もうまく説明できなくてごめんなさい」


「いいんだよ。ただ、もしもハルちゃんがマンゴープリンちゃんのことを大切に思っていて、私の存在が邪魔になるなら、遠慮なく言ってね。もう関わらないようにするから」


「……そんなことは絶対ないよ」


「ありがと」


 緋奈子は寂しげな表情で微笑む。彼女にこんなことを言わせてしまった自分が少し情けなかった。


「ところで、今日の放課後空いてるかな? 良かったら一緒に帰りたいんだけど」


「あー、えっと……今日はちょっと用事があるから……」


「そっか。じゃあ仕方ないね」


「ごめんね、また今度誘ってよ」


「分かった。また明日ね!」


 彼女は元気に手を振ると自分の席へと戻っていった。少し悪い気もしたけれど、なんとなく緋奈子と一緒に帰る気分ではなかったのだ。……少し、気まずかったのかもしれない。



 ☆☆☆



 何事もなく授業が終わり、一人で寂しく帰路についていると、学校を出たところで、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。


「こんにちは……大嶋遥香さんだねー?」


「そうですけど、そういうあなたは?」


 そちらに視線を向けると、声の主は私より少し歳上に見える少女で、黒髪のショートでよその学校の制服を着ている。そしてなによりも特筆すべきは、背はそれほど高くないものの自己主張の激しいおっぱいであり、本人の柔和にゅうわな表情や柔らかな物腰と相まって物凄く男子にモテそうだ。


 こんな美人さんの知り合いはいただろうかといぶかしんでいると、黒髪ショートの美人さんは「ふふふっ」と意味深な笑みを浮かべた。


「驚かせてごめんねー? わたし、綿井わたい楓花ふうかっていいます。──魔法少女【コットンキャンディー】って言ったらわかるかな?」


「コットンキャンディーちゃん!?」


「しーっ! みんなには内緒だから楓花って呼んで?」


 彼女は口元に人差し指を当ててウィンクをする。私はコクコクとうなずきながら彼女の手を握った。まさか、あのわたあめ魔法少女の正体がこんなにふっくらボインのゆるふわ系女子だったなんて……!


「あの、昨日の怪我は大丈夫なの? なんかめちゃくちゃ地面とか壁に叩きつけられてたけど……」


「うん……まあ、わたし防御力が高いのだけが取り柄だからね」


 わたあめだから、防御力が高いのは当然か。と妙に納得してしまった。


「そうなんだ……それで、どうして私のところに?」


「うーん……遥香ちゃんに会いたくなって、来ちゃった♡」


「へぇ……え?」


「昨日助けてもらったお礼が言いたくてさ〜。あと、できれば仲良くなりたいと思って!」


「そ、そうなの……あはは」


「あ、もちろん、迷惑だったら帰るからね?」


「全然大丈夫だよ!」


「やったぁ! じゃあこれからよろしくね、遥香ちゃん♪」


「う、うん。よろしくお願いします……」


 ……なんだろう。この子と話しているとなんだか調子が狂うというか、ペースを乱されるというか……。私はいつも木乃葉に振り回されてばかりだけど、楓花ちゃんは真逆のタイプの自由奔放さな気がする。


 ……それに。

 何故彼女は私の名前を知っているのだろう? それに、彼女が私に接触した目的は?


 ……木乃葉、しか考えられない。楓花は私を通じて木乃葉に探りを入れようとしているのかもしれない!


 私は気を引き締めると、改めて目の前の少女を観察する。


「どうしたの遥香ちゃん? そんなに見つめられると照れちゃうよ〜」


「あっ、ごめんなさい。綺麗な人だなぁって思って」


「もう、そんなことないよぉ」


「いや、そんなことあるよ」


「えー、そうかな? えへへ、ありがと」


 楓花の幸せそうな笑顔に思わず胸がきゅんとなる。……可愛いすぎる……!! 何この子、天使か!

 こんな天使な子が木乃葉に悪いことをするはずがない──と思いたい。


「あっ、そうだ遥香ちゃん。この後暇かなー? ちょっとお話したいんだけど……」


「……っ!」


 やっぱりこの子、木乃葉のことを聞き出そうとしている……? 私は警戒して身構える。すると、楓花は「そんなに怖い顔しないでよ〜」と苦笑いをした。


「ちょっとだけ。ほんとにちょっとだけだから!」


「……」


「ね? お願いっ」


「……わ、分かったよ」


 上目遣いで可愛らしくおねだりされたら断るに断れない。多分、自然体でこういうことができる子がモテるのだろう。

 まあ、どうせこの後の予定もないし。家に帰っても木乃葉がぐうたらしてるだけなので、ちょっとくらい寄り道をしてもいいだろう。

 こうして、私たちは近くのファミレスで話をすることになった。

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