第9話 ピーチ・ジェラート

「……どうして」


 弱ってるメロンパルフェちゃんから狙っているというのだろうか。だとしたら……。

 でも、どうしても怪我をしたこの子を置いて逃げるなんてことはできない!


「くっ……!」


 再び死を覚悟していると、ヘビと私たちの間にものすごい勢いで割って入る人影があった。

 黄色い物体が今まさに飛びかからんとしているヘビの頭部に飛び蹴りを見舞って吹き飛ばす。ヘビは無人の化粧品店に突っ込んで動かなくなった。


 黄色い人物は、私のよく知った人物だった。


「魔法少女マンゴープリン、ただいま参上ぉぉっ! 変温動物のくせに、ウチのオンナに手ぇだしてんじゃねーぞこのぉ!」


 私が探していた人物──マンゴープリンちゃんこと木乃葉だった。


「お待たせっ! ケガとかしてない? ヴィランにえっちなこととかされてない?」


「え、うん、なんとか」


 木乃葉は、安心したように笑うと、「良かったぁ〜、無事で〜」と言って、私に抱きついてきた。


「ちょっ、ちょっと! 恥ずかしいからやめてよ」


「いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃないし!」


「こんの、ばかぁ……」


 私は苦笑して木乃葉を引き剥がすと、近くで姉妹のイチャイチャを見せられていたメロンパルフェちゃんも苦笑いをしていた。


 だがその時、木乃葉の背中に剣が突きつけられた。見ると、桃色のコスチュームの魔法少女が険しい顔で木乃葉を睨みつけている。


「……あなた今、『マンゴープリン』と名乗りましたね?」


「うん、そうだけど。なんのつもり?」


「私たち、あなたを探していたんです」


「あー、知ってる知ってる。ウチのこと探して捕まえようとしてるおバカさんたちがいるって」


 木乃葉は武器を突きつけられていても、涼しい顔をしている。


「あなたを、魔法少女協会に連れていきます」


「えー、なんで初対面の子からデートに誘われてるわけ? ウチ、そんなところに興味ないんだけど。ていうか君タイプじゃないし──あんたら誰?」


「私は魔法少女ピーチジェラートです。そこにいるのは魔法少女メロンパルフェ。そしてあっちにいるのが魔法少女コットンキャンディー。……本当はあと2人いましたが。私たちは、魔法少女協会の使者として自称魔法少女のマンゴープリンを捜索し、その正体を見極めるという使命を帯びています。あなたが協力的でないというのなら、力づくでも連れていきますよ」


「……へー、そういう感じなんだ」


 木乃葉は興味なさげに呟いた。


「あの、ごめん。マンゴープリンちゃんを協会に連れて行くってどういうこと?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「そのままの意味ですよ。そもそもあなたは何者なんですか? マンゴープリンの知り合いですか?それともまさか……スパイとか?」


 ピーチジェラートちゃんの鋭い視線が私を貫く。思わずたじろぐが、ここで怯んではいられない。


「わ、私はただの一般人だよ! 今日たまたまここに居合わせただけで、マンゴープリンちゃんとは友達でもなんでもないよ!」


「そうは見えませんでしたけど?」


 じとーっと睨みつけてくるピーチジェラートちゃん。


「ほんとうに違うから! それより、どうしてマンゴープリンちゃんを捕まえようとするの!?」


「それは、あなたには関係のない話です。……で、どうします? 大人しく捕まりますか?」


「うーん、まあいっか。別にウチはどっちでもいいよ。どうせ逃げきれる自信あるし。……にしても、あの程度のヴィランに5人がかりで全滅しかけるなんて、魔法少女協会とやらは相当人材不足らしいね」


「なっ……」


 ピーチジェラートちゃんの顔色が変わる。どうやら図星だったらしい。


「いいことを教えてあげます。私たちには、あなたが危険だと認められた場合は殺害も許可されています。くれぐれも言葉には気をつけて──」



「危ないっ!」


 突然メロンパルフェちゃんが叫んだ。慌てて周囲を確認すると、黒髪ショートの魔法少女の背後にいつの間にか忍び寄っていたヘビが、彼女に噛み付こうとしているところだった。


「うわぁぁっ!」


 少女の悲鳴。

 黒髪ショートの魔法少女の胴に噛み付いたヘビは、そのまま彼女の身体を空中に持ち上げる。


「しまった! コットンキャンディーさんっ!」


「どーすんの? 仲間がピンチみたいだけど?」


「くっ……」


 ピーチジェラートちゃんは木乃葉とヴィランを交互に見ながら悩んでいる。ここで仲間を助けに行ったら木乃葉に逃げられるとでも思っているのだろう。


「ちゃんと頼んでくれたらウチ、手貸してもいいよ? それとも大切な仲間を見殺しにする?」


 ピーチジェラートちゃんが悩んでいるうちにも、ヘビは口にくわえたコットンキャンディーちゃんを床や壁に叩きつけて、彼女の「痛い、痛いよ!」という悲鳴が響いている。


「ピーチジェラート! 悩んでる場合じゃないよ。……マンゴープリンさん。お願い、仲間を助けて!」


 メロンパルフェちゃんが涙を浮かべながら木乃葉に頭を下げた。


「そこのピンクはどうすんの?」


「……っ! た、助けてくださいお願いします」


「おっけー」


 木乃葉は右手で丸サインを作ると、ヘビに向かって駆け出す。


「ちょ、ちょっと待ってください! ダメです! あなた1人で敵う相手じゃありません!」


 ピーチジェラートちゃんの言葉を無視して、木乃葉は──突然自分のスカートを捲りあげた。


「……!?」


 やっぱり木乃葉は変態だった! と思う間もなく、木乃葉はいつもの白と水色の縞パンに触れてこう叫ぶ。


「マンゴースプラッシュ!」


 光り輝く縞パン。いや、ほんとに意味わからないけれど、確かに木乃葉のパンツが光ったのだ。そして、そのまま前方にかざした彼女の右手から黄色い奔流がほとばしる。

 木乃葉の攻撃はヘビの顔面に命中し、目の周りに張り付いた。視界を奪われたヘビはたまらずにコットンキャンディーちゃんを離す。

 その隙に木乃葉は落下してきた彼女を受け止めると、ピーチジェラートちゃんたちの方へと投げ返した。


「ナイスキャッチ!」


「あ、ありがとうございます……」


 ピーチジェラートちゃんは戸惑いながらも、コットンキャンディーちゃんをしっかりと抱きかかえる。


 木乃葉は止まらなかった。

 視界を奪ったヘビに対して肉薄して拳を振り下ろすと、そのまま地面に押さえつける。そして今度は蛇の下腹部を足蹴にして、完全に動けなくしてしまった。


「ふぅ、こんなもんかな。さ、これで安心だよね? もう襲ってきたりしないでしょ?」


「え、あの……はい、たぶん……ていうか、あなた一体何者なんですか……?」


 呆然とするピーチジェラートちゃんたち。正直私も同じ気持ちである。


「ウチはただの一般人だよ。ただの一般人が、魔法少女のフリをして遊んでるだけ……っていうんじゃダメ?」


 木乃葉はそう言って、再び私の方に近づいてきた。


「で、でも、さっき魔法使ってましたよね? それにあの強さは……」


「んー? 気になるぅ? でも教えてあげなーい!」


 木乃葉はいたずらっぽくニヤリと笑う。


「と、とにかく! あなたには魔法少女協会に来てもらいますからね!」


 と、近くで様子をうかがっていたメロンパルフェちゃんが口を開いた。


「ピーチジェラート、今日のところは出直しましょう? この子は私たちを助けてくれたし、私たちより遥かに強いのを見たでしょ? 力ずくで抵抗されたら勝ち目はないわ」


「くっ……そうですね。悔しいですが、今日のところは勘弁してあげます。でも! いつか必ずあなたの正体を暴きますからね! 魔法少女マンゴープリンさん!」


「あーはいはい、勝手にどーぞ? 多分、協会が期待してるようなものは何も分からないと思うけどね」


 こうして、ピーチジェラートちゃんは負傷した2人の仲間を連れて去っていった。


 後に残されたのは、変身を解いた木乃葉と私だけである。ちなみに木乃葉は変身を解く際にもまたパンツに触れていたので、私はそっぽを向いていなければならなかった。


 しばらくしおらしい様子を見せていた木乃葉は少し言いずらそうに顔を俯かせながらこんなことを口にした。


「……お姉、ごめんね。酷いこと言って」


「私こそ、木乃葉が悩んでるのを知らずに……ごめん。助けに来てくれてありがとう」


「でも、お姉が無事でよかった。……探しに来てくれたんだよね? ありがと」


「うん、もちろん。当たり前じゃん。だって私たち、姉妹なんだから」


 2人して、照れくさくて笑いあう。


「帰ろっか。家に帰ってゆっくり話そ?」


「そうだね。あっ、そうだ! お腹すいたし、ウチ駅前のたこ焼きが食べたいなー? 買って帰ろ?」


「えーもう、しょうがないなぁ。間食ばかりしてたら太るよ?」


「大丈夫! 性的な運動すれば問題ないって! 実際ウチはそんなに太ってないでしょ?」


「はいはい、分かったから急ごう? お母さんが心配してるよ?」


 私たちは並んで歩き出す。

 木乃葉は相変わらずのマイペースで、私はそんな彼女に振り回されっぱなし。

 でも、それでいい。それが私たちなのだ。

 これからもきっと、ずっと──


「ねぇ、お姉?」


「ん? どうしたの木乃葉?」


「……なんでもなーい!」


 木乃葉はしばらく悩んだ末に答えをはぐらかした。私も、詳しくは聞かないことにした。そのうち話してくれるだろう。

 結局、木乃葉のことについては何も分からないままだったけれど、それでもいいかなと思ったのだった。

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