第8話 メロン・パルフェ
私は自室のベッドの上で体育座りをしていた。
木乃葉のあの表情が頭から離れなかった。どうしてあんな顔をさせちゃったんだろう? もっとちゃんと話し合えばよかったのかな。
確かに、私は木乃葉のことをどこか見下していた。あんな見た目だけ可愛くて、だらしなくて性格の悪い妹がいて恥ずかしいとすら思っていた。でも、木乃葉も木乃葉で悩んでいたのかもしれない。私は木乃葉のことを到底理解できないけれど、それは私が木乃葉のことを理解しようとしてなかったからなのかもしれない。
そんなことを考えていると、スマホに通知が届いた。見ると、緋奈子からのメッセージだった。
『今、電話してもいい?』
私は迷わず通話ボタンを押す。
「もしもし、ヒナちゃん? 急にどうしたの?」
「うん、ちょっと言っておきたいことがあって」
緋奈子は少しためらいがちに言った。
「ん、何?」
「……恐れていたことになっちゃった」
「どういうこと?」
「すでに何人かの魔法少女が謎の魔法少女マンゴープリンちゃんを捕らえるために動いてるらしいよ。今、あの子どこにいるの……?」
「えっ、さぁ、分からない……」
木乃葉はさっき出ていった。でも、緋奈子の言葉が本当だとしたら木乃葉が危ない!
「私、探しに行く!」
私は家を飛び出した。木乃葉の行き先なんて全然わからない。でも、じっとしているよりマシだった。
私は走りながら木乃葉に電話をかける。だが、繋がらない。電源が切られてしまっているようだ。そもそもあいつが携帯を持って出かけたかすら分からない。
「お願い……繋がって!」
何度もかけるが一向に繋がる気配はない。
木乃葉は一体どこへ行ってしまったのだろう? 私は焦りながらも走るスピードを落とさなかった。とにかく探すしかないのだ。木乃葉が無事でいることを信じて……!
日が沈みかけた頃、突如として私の携帯が鳴った。木乃葉かと思ってぬか喜びしたのも束の間、お母さんだった。
「遥香ー、今どこにいるの?」
「ごめんお母さん。家に木乃葉帰ってきてない?」
「木乃葉? 遥香と一緒にいるんじゃなかったの?」
「いきなり出ていっちゃったの! 探してるんだけど見つからなくて……」
「そうなの……。ううん、うちにも来てないわ」
「そっか……」
私は落胆した。やっぱり家に帰っている可能性は低いのか。
「木乃葉になにかあったの?」
「うん。ちょっと危ないかもしれない」
「危ないって……何が起きているの?」
お母さんの声が震えていた。
「……大丈夫だよ。木乃葉は強いもん」
私は精一杯明るく振る舞った。でも、それは空元気に過ぎないことは自分でも分かっていた。
「私が必ず見つけ出すから。見つけて一緒に帰ってくるから。待っててお母さん!」
そう言うと私は電話を切り、再び走り出そうとした時、携帯がけたたましい警報音を鳴らし始めた。
「今度は何!?」
苛立ちをおぼえながらディスプレイを確認すると、そこには赤い文字で大きくこう映し出されていた。
『ヴィラン警報』
「……っ!? こんな時に!」
『ヴィラン警報発令、音羽中央ショッピングモールにてヴィランの出現を確認。付近の住民は速やかに避難してください。──繰り返します。ヴィラン警報発令、音羽中央ショッピングモールにて──』
同時に始まった市内放送のアナウンスでも同じようなことが呼びかけられている。
「木乃葉っ!」
ヴィランあるところに魔法少女あり、魔法少女の木乃葉はすぐさまヴィランのもとに駆けつけるに違いない。
そう踏んだ私は、真っ直ぐにショッピングモールへと向かった。
☆☆☆
「はぁ、はぁ……」
息を切らせながら私はショッピングモールに着いた。そこにはすでに何人もの魔法少女の姿があったが、木乃葉ことマンゴープリンちゃんの姿は見当たらなかった。
ショッピングモールの吹き抜けの大広間のような空間に、5人ほどの魔法少女が巨大なヘビのような形のヴィランを追い詰めている。
ヘビはシャァァァッ! っと耳障りな鳴き声を上げて魔法少女たちを
木乃葉は?
周囲を見渡すが、それらしき人影はない。すると、突然、ヘビの口が大きく開いた。
「皆、散開っ!」
魔法少女の一人がそう叫び、とほぼ同時に5人が一斉に後ろに跳んでヘビから距離をとる。
ヘビは口からグロテスクな赤黒い液体を放った。が、放射状に広がったそれは運悪く一番近くにいた緑髪の魔法少女の足にかかってしまった。
「きゃぁぁぁぁっ!」
「メロン・パルフェさんっ!」
足を押さえながら床の上でのたうち回る緑髪の少女。それを見ていた桃色のコスチュームに身を包む魔法少女が叫ぶように名前を呼んだ。
「だ、大丈夫! かすり傷みたいなものよ!」
緑髪の魔法少女はなんとか笑顔を作って答えるが、その顔色は青白く、痛みに耐えていることは明らかだった。
「くそっ!この化け物め!」
オレンジの髪をした少女が両手に持った短剣を振りかざし、ヘビに向かって飛びかかる。だが、蛇はそれを見透かしていたかのようにスルリとかわすと、逆に彼女の体に巻きついた。
「な、なんだこれ……くそっ、離せっ!」
オレンジ髪の少女はもがくがビクともしない。やがて、バキバキバキッと嫌な音がして彼女の断末魔の叫びが聞こえてきた。
「だ、だめだぁ……無理だよぉ」
「こ、こんなところで負けるわけには……」
残った魔法少女たちは戦意を失ってしまい、ある者は大声で泣きじゃくり、ある者はその場にペタンと座り込んで動けなくなっていた。が、誰も敵に背を向ける者はいない。あるいは魔法少女協会とやらが敵を目の前にして逃げるということを禁じているのかもしれない。
ヘビは、近くで呆然と立ち尽くしていた水色の衣装の魔法少女の頭に食らいつき、そのまま丸呑みにする。我に返った魔法少女は「お母さん!お母さぁぁぁん!」と叫びながらヴィランの体内へと消えていった。
ヴィランが魔法少女たちを全滅させるのは時間の問題だった。
「もう、私は木乃葉を探さないといけないのにっ!」
だが、このまま見て見ぬふりをするわけにもいかない。私は自分を奮い立たせると、彼女たちの元へ駆けた。
床に形成されたグロテスクな水溜まりを飛び越えると、その傍で腰を抜かしてへたりこんでいた緑髪の魔法少女の腋を掴んで、物陰に引きずり込む。緑髪の少女は私の顔を眺めて不思議そうな表情をした。
「……あなたは?」
「しっかりして、魔法少女なんでしょ!?」
「でも……」
「ああもう!」
「た、大変! 逃げ遅れてる人がいます」
桃色のコスチュームの魔法少女が私を指さしながら叫ぶ。その声で、魔法少女を味わっていたヴィランが真っ直ぐに私の方に目を向けた。
ヘビのギョロッとした瞳に見据えられ、私は身動きが出来なくなってしまった。蛇に睨まれた蛙とはまさにこんな状況のことを指す言葉だと思う。
「……っ!」
ヘビが口を開け、そこから毒液が放たれるのが、妙にゆっくりに見えた。走馬灯? みたいなものかもしれない。
緑髪の魔法少女が何かを必死に叫んでいるのがわかったが、内容はよく聞き取れなかった。
緋奈子、お母さん……木乃葉、ごめん! 私は……
優れた反射神経と運動能力を持つ魔法少女ですら避けきれない攻撃だ。一般人である私なんかが避けることは不可能だろう。
私は目を閉じてその時を待った。だが、いつまで経っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、純白でモコモコのコスチュームに黒髪ショートの魔法少女が微笑んでいた。ヴィランを囲んでいた5人のうちの1人だった。
彼女の背後には白い膜のようなものが展開されており、それがヴィランの攻撃を防いだようだ。
「怪我はないー?」
黒髪の魔法少女は落ち着いた声で尋ねてくる。私は黙って頷いた。
「仲間を助けてくれてありがと。ここはわたしたちに任せて、あなたはあそこの非常口から逃げてね」
「で、でもっ! あなたたち負けそうじゃない! あなたたちはどうするの?」
「一般人を守ってヴィランと戦うのがわたしたちの役目。それを最後まで果たすよ」
そう言うと彼女はウインクをして見せた。
「でも、それじゃああなたたちが死んじゃう!」
「ふふっ、心配してくれてるんだ? 優しいね、でも大丈夫だよ。魔法少女を信じて」
「……」
「わたしとピーチちゃんでヴィランを引き受けるから、あなたは怪我をしたメロンパルフェちゃんを連れて逃げるんだよ」
その瞳には決意の光が宿っている。パニックになっている様子はない。もう大丈夫だ。
だったらこれ以上私がいたら逆に足でまといになってしまう。
そう考えた私は、大人しく言う通りにすることにした。
「ごめん、ありがとう!」
私の言葉に軽く手を上げて答えると、黒髪の魔法少女はヘビと対峙する。すかさず桃色のコスチュームの魔法少女がヘビを挟み撃ちするように位置取る。こちらも冷静さを取り戻したようだ。
私はメロンパルフェちゃんと呼ばれた緑髪の魔法少女に肩を貸して非常口を目指して歩く。
が、ふと嫌な予感がして後ろを振り返ると、ヘビは魔法少女たちには目もくれずに、私に向かって飛びかかろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます