第4話 崖っぷち令嬢は婚約破棄をされたくない!!

走って庭に駆け込むと私はその場にしゃがむ。ドレスもお化粧も、せっかくカーナさんが綺麗にしてくれたが今はもうぐちゃぐちゃだろう。

落ち着いたらちゃんと会場に戻ろうと心に決めて私はその場に留まる。


「ロザリナ?」


突然話しかけられて私は後ろを振り向く。


「ナターシャ!」


昨日はあんなに気まずい別れをしたからもう話しかけてくれないかと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。


「ロザリナ、どうかしたのですか?辛そうなお顔ですわよ?」


そんなにひどい顔をしてるのかと自嘲した私を心配する様にナターシャが覗き見る。


「ロザリナ、私にぜひ話してください」


「え?」


「昨日、私の話を聞いてくださったのはロザリナですもの。次は私がロザリナな話を聞く番なのではなくて?」


「ナターシャ……」


不意に涙がまた溢れてきて、ポツリポツリと今までのことを話す。レイド様の屋敷に来た日のことから今日までのことの全てを。ぐっちゃぐちゃすぎてわかんないだろう私の話を丁寧にナターシャは聴いてくれた。


「今まで、大変でしたね」


話すだけ話した私にナターシャは優しくそう言った。その声で私はハッと冴える。


「ごめんなさい!こんな話ナターシャにするべきじゃなかったわ!」


つい昨日までレイド様のことが好きだったナターシャにこんな話をするなんてどう考えても最低な人がすることだ。

急いで謝るとナターシャは気にしないでと言うように首を振った。


「大丈夫よ、レイド様のことはもう諦めましたもの。大丈夫ですわ、ロザリナは自分のことだけ心配をしてください。……それにしても、おどろきました。私、レイド様はロザリナにメロメロだと思っておりましたもの」


「好きな女性に恋愛相談なんてする男性がいるかしら?万が一にもないわ」


「その万が一なのではないかしら?」


ないないと私はブンブン首を振る。


「なんか、ナターシャのお陰で元気が出たわ。ありがとう」


「いーえ。友達ですもの」


顔を見合わせ、二人で笑い合っていると、唐突に誰かに腕を掴まれた。


「ロザリナ!やっと会えた!」


「ジェーン⁉︎」


振り向くと四回目の婚約者であるジェーンが立っていた。


「久しぶりね」


「あぁ、久しぶり!ずっとあってお礼を言いたかったんだ!リリアーノとはあの後婚約した。こうなれたのもロザリナのおかげだよ。本当にありがとう!」


私の婚約破棄がちゃんと誰かを幸せにしていたのね。

そのことを実感できて心がぽかぽかと温まる。


「ロザリナ、知り合いですか?」


「えぇ、私の元婚約者のジェーンよ」


元婚約者、と聞いてナターシャは一瞬警戒するように彼を見たが、私と仲が良好なのを見て知るとすぐに警戒をといた。


「なら、私はお邪魔ですね。先に会場に戻らせていただきますわ」


そう言って綺麗なカーテシーを決めるとナターシャは会場へと戻っていった。


「友達ができたんだな」


「えぇ、昨日できたの。とってもいい子でしょ」


思わず微笑みをこぼしながらそう言うとジェーンも同意するように微笑む。だがすぐにグッと顔を顰めた。


「そういえば、ロザリナは鉄仮面の騎士様と婚約したんだろう?どうだ、その後は」


「幸せに過ごさせてもらってるわ」


私がそう言ってニコリと微笑みを深めるとジェーンは心配そうに私を見つめる。


「だが、鉄仮面の騎士様って笑わないだろ?その、家の中の空気が重かったりとか……」


「大丈夫、心配はいらないわ。それに、レイド様は家の中では結構笑ったりするの」


正直、鉄仮面の騎士様なんていうあだ名も今の今まで忘れていたくらいだ。そのくらい彼は世間の印象とは違う。笑ったり、おこったり、驚いたり、そんなことを普通に見せてくれる。


「ロザリナは……鉄仮面の騎士様と上手くやっていけてるんだな。安心したよ」


ホッと息を吐いた彼を見てチクッと胸が痛む。

私、レイド様と上手くやっているのかしら?どう考えてもレイド様とレイド様の想い人は結ばれるだろうし、私はこれから婚約破棄されるだろう。

少し、嘘をついているようでジェーンに申し訳ない。


「そろそろ会場に戻ろうか」


ジェーンは私の手を掴んで会場へ足を向けたが私は思わず歩みを止めてしまった。


「その、まだ待ちませんか?」


中には多分レイド様がいるだろう。彼と会ってどんな顔をすればいいのかわからない。いや、もしかしたら案外私のことなんか忘れて想い人さんと仲良くしてるのかもしれない。


「それはそれで嫌だわ」


「?どうかしたのか、ロザリナ。都合が悪いことでも?」


「あ、いえ、特には」


「なら、いいじゃないか!実は、リリアーノもロザリナにあってお礼を言いたいと言っていてな……」


そう言いながら彼は強く私を会場の方へ引っ張っていく。思いのほか強い力に思わず涙目になりながら私は声を上げる。


「ちょっと、待って!手が、痛」


「俺の婚約者に何をしてる!」


そんな言葉が聞こえると同時に私の手にかかっていた力が緩み、急いでジェーンの手を振り解く。


「いてっ、いてて」


逆にジェーンが何故か痛がっている。急いで前を見るとレイド様がジェーンの手首を強く握っていた。そりゃぁ痛いだろう。レイド様は騎士なのだから、力も半端じゃないはずだ。


「レイド様、何故ここに。いえ、そんなことよりジェーンと私は話していただけです。どうか彼の手を離して差し上げてください」


「ジェーン?あぁ、前のロザリナの婚約者だな。言っとくが、復縁を迫っても無駄だ。ロザリナはもう俺の婚約者だからな」


「いや、別に復縁を迫っては」


キッとレイド様が一睨みすると、ジェーンは震えながら口を閉じる。「鉄仮面の騎士様がこんな顔するなんて」というジェーンの呟きを無視してレイド様は私の手を引っ張り庭の奥の方へと行く。


「ごめんなさい、ジェーン!また機会があったらリリアーノ様にも挨拶にいくわ!」


ジェーンが頷いたのを確認して私はレイド様にむかう。


「待ってください、レイド様!そんなに急いでどうかなさったのですか?」


「ロザリナ、普通は庭で男女二人きりだと勘違いされるものなんだ。たとえ、元婚約者でもな」


あっ、と思わず私は声を上げる。全くそのことは念頭になかった。


「すみません!話すことに夢中でそのようなこと考えていませんでした!」


するとレイド様はムッと顔を顰める。


「ジェーンにはタメ口なうえ、呼び捨てなのに、何故俺には敬語で様付けなんだ」


まさかそこを指摘されるとは思わず私はおどろきながら答える。


「レイド様には恋人さんが恋人さんがいると聞いていたので呼び捨てはまずいかな、と」


「だが今は恋人などいないと」


「ですが、意中の相手はいるのでしょう?ならば敬語で接するべきだと思ったのです。まぁ、流石に結婚するときはやめようとは思っていましたけれど……」


すると彼はピタリと歩くのをやめてこちらに振り向いた。


「ロザリナ、実は俺が想っているのは」


「やめてください!」


突然のやめろ宣言に彼は驚きながらも口をつぐむ。


「レイド様の想い人の名前など聞きたくないです」


「興味ない、のか?」


見当違い、的外れなことを言う彼に苦笑いしながら私は首を振る。


「いいえ、そう言うわけではないのですが、その、私……すみません」


「言いたくないなら言わなくていい。何か理由があるのだろ?」


頷くこともできずに私はただ下を向く。

このままレイド様の話を聞かなくていいの?本当に?


『あ、私、これでも結構恋愛相談乗るのがうまいんです。もし、その恋人さんのことで相談したくなったら言ってくださいね!』


あぁ、そういえば恋愛相談してほしいと言ったのは私だ。それなのに好きになったから聞かないなんてどう考えても自分勝手。

ちゃんと、婚約者としての責務を果たすべきよね。


「レイド様、大丈夫です。ぜひ私に話してください、その方のことを」


今までも好きな人に恋愛相談を幾度となくされてきたのだから、今回だって大丈夫。

そう、言い聞かせるのにどうしてもこの場から逃げ出したくなってしまう。


「ロザリナ」


レイド様に見つめられ思わず頬を染めてしまう。どうしようもなく私は彼のことが好きだと改めて自覚した。

でも、それがなんだと言うの?これ以上、どうしようもない。私が彼のことがどれだけ好きでももう、彼には想う人がいるのだから。

いくら待っても私の名前を言ったっきり何も言わずに見つめてくるレイド様を不思議に思って私は思わず尋ねる。


「どうかなさったのですか?」


彼は私を見つめたままそっと私の頬に手をあてる。


「好きだ」


「へ?あ、あの」


「こんな気持ちになったのは初めてなんだ。だからどうか、俺と結婚してくれないだろうか?」


「えーっと、誰に言ってらっしゃるんですか?」


「もちろん、ロザリナに、だ」


私に?レイド様が?求婚を?


「でも、レイド様、想い人はよろしいのですか?私と結婚だなんて……あ、もしかして一夫多妻ですか?いや、でもそれは流石に了承しかねますね。なにより両親が怒ると」


「想い人?どう考えても想い人は君のことだろう」


えっ⁉︎と、思わず叫びそうになったのをなんとか理性で抑える。


「ですが、私に恋愛相談を」


「本人に恋愛相談してはダメなのか?」


今まで一度も求婚されたことがなかったせいで、頭がクルクル混乱状態だったがだんだんと思考が再開していく。


「君が俺のことをただの婚約者であり、それ以上もそれ以下もない目で見ているのは知っている。だからこそ、言わせてもらう。俺は、ロザリナのことが好きだ!」


「私もです」


思わず反射的にそう返した私の言葉を聞き、レイド様は意味が理解できていないのか不思議そうにこてりと首を傾げる。

その様子は鉄仮面の騎士様というには子供っぽすぎる仕草で思わず私は笑ってしまう。


「レイド様、誰があなたのことを婚約者としか見ていないと言ったのですか?私は、レイド様のことをちゃんと愛しています!一夫多妻が良いと言われても検討してしまうほどに!!」


ヒュッとレイド様は息を吸う。そんなレイド様とは対照的に私は胸が喜びでいっぱいになるのを感じた。

まさか、愛している人に隠すことなく好きだと伝えられる日が来るなんて。

4回の婚約で一回も私は彼らに私自身を見てもらったことはなかった。彼らが求めていたのは婚約者、という肩書きを持った女性なのであって私ではない。どれほど望んでいたことだろう。私が愛され、愛せる婚約を。


「ロザリナ、本当に俺のことを?」


おずおずと尋ねたレイド様、いや、レイドの質問には答えず私は告げる。


「レイド、私はもう婚約破棄は十分なの。どうか、一生婚約破棄はなしでお願いね」


冗談混じりでそう言うと彼は今まで見たことがないほど温かな微笑みを浮かべながら答える。


「あぁ、一生君と婚約破棄しないと誓おう」


やっぱり彼は鉄仮面なんかじゃないわね。

改めてそう認識しながら私は微笑んだ。





















4回の婚約破棄。あとはないと言われ、5回目の婚約をすればまさかの恋人さん持ち。

まさに崖っぷちだった私は、今では世界一、いや、宇宙一幸せな令嬢だと確信を持って言える。


そうよね、レイド。


そう、心の中で愛する彼に問いかける。


「ロザリナ、そろそろ出番だ」


少し潤んだ目で私を見るお父様のせいで私まで嬉し泣きしそうになる。

まだお化粧、崩せないのに、お父様のせいで泣いちゃいそうじゃない。

綺麗なウェディングドレスをサラリと揺らしながらお父様の言葉に頷く。


「えぇ、お父様、行きましょうか」


なんとか涙を抑えると私は出来る限りの微笑みを浮かべて前を向いた。

目の前に広がるバージンロード。

ついに、ここを渡る日が来るなんて思いもしなかったわ。ありがとう、レイド。そして、これからもよろしくね。


私は幸せな人生へと大きな大きな一歩を踏み出した。




                完

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崖っぷち令嬢は婚約破棄されたくない! 桃麦 @2375509

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