番外編 リバースレイド*レイシアⅩ

「お疲れ様」

 リーナと私はベッドに寝かせられているが、実は私だけ起きているため、様子をうかがうことにした。

「レイシアも」

「それで、どうだったの?」

「多少の足止めにはなると思うよ。ハッキリ話してきちゃったから」


 足止め。本当は明日するべきではないのか。

「…多分、明日、『無垢なる空間』が攻めてくるわ」

 !?

「…あれは、奥方の手引きだろうから」

 !?

 苦笑いの視線を合わせる。


 ノックの音が聞こえた。

「紅茶をお持ちしました」

「結構よ。ありがとう」

「伝言もありますので」

「そこでお話ししてくれないかしら」

「ご当主様に、直接伝えろ、と命令をお預かりしております」


 お母様は嫌そうな顔をお父様に向けたが、微笑を返して。

「はぁ…入って頂戴」

「失礼します」

 トレイを片手に、恭しい礼をしたメイドは、ハイテーブルにトレイを置いた。

 一級品のティーポットから、水色が、オレンジみがかかった赤い紅茶が注がれる。

「ミルクティーも一つ。ピーノも起きているから」

 き、気づかれてた…!?


「さっき、気づいたから安心して…。って、何を安心するのかしら」

 お母様とお父様がおかしそうに笑う。

 私もつられて笑ってしまう。


 お父様は紅茶に口をつけると、キャンディか、と呟いた。

「ピーノが起きているってことも、考えていたのかしら」

 ?


「あ、おいしい」

 紅茶の種類は分からないけど、ほっとする味だった。

「それで、伝言は?」

「…『快楽の遊戯を』」

「…そう。帰って頂戴。カバーはポットにかぶせて置いておいて」

「かしこまりました。失礼します」

 耳障りな音を鳴らしながら扉が閉まると、お母様はため息をついた。


「はぁ、『快楽の遊戯を』ねぇ」

 あの伝言に、何かあったのだろうか。

「ピーノには分からない…よね?」

「うん」

 胸を撫でおろして、ほっとするお父様。

「そこまでは察せなくていいのよ。知りたければ教えるけれど」

 お母様は真剣な顔をして私に目線を合わせる。


「知りたい」

「そう。これは、暗殺業界での隠語なんだけど…」

 暗殺者なら、パッと言っちゃえばいいのに。結局殺すんだから。

「今夜、お迎えに上がります、ってこれも一種の隠語か」

「つまり、対戦して、楽しませてくれってこと。今夜殺しに来るから」

 お父様がそういうと、お母様は机をあさり始めた。


「何してるの?」

「二重底にしていたはずだから…、あった」

 お母様が取り出したのは武器。

 机の中からは短剣。

 クローゼットからはレイピアとチャクラム。


「交戦の時よ。チャクラムと、レイピアはあなたたちが持っていなさい。お守りよ」

「短剣は僕が。あと、これも」

 お父様は、ポケットから小さな袋を取り出した。

「もし、リバースレイドに行ったら、これを見せなさい。その時以外は、開いてはいけないから」

「うん」


「急で本当にごめんね。あ、リーナも起きちゃったか」

「…ん?何してるの…?」

「リーナ。悲しいと思うけど、お別れになってしまうの」

「なんで…?」

「いろいろあるから?」

「大きくなったら、リーナから教えてもらいなさい」

 

 お母様はリーナの頭を撫でる。

「これに着替えて」

 私たちは儀式に行った時のワンピースに着替える。

 私たちの胸元に、ロゼットを付けた。

「このロゼットをつけていれば、リバースレイドにすぐ分かってもらえるから。外さないでね」

 どんどん話すのが早くなっていく。

 お母様とお父様は額に汗を浮かべて、急かすようにする。


「朝になるまでベッドに潜って、出ないで。7時になったら、そこの窓から飛び降りて街へ走っていきなさい」

 お父様が手に魔力を溜め始めた。

 白い光が纏っている。

 メモに書かれた魔法陣から、文字と図形が浮かび始め、お父様の手に張り付いていく。

 お父様は人差し指と中指をそろえ、私たちの額に当てる。


 額に文字と図形が移り終わると、だんだん透明になっていった。

「これで飛び降りても大丈夫だから。あと武器はベッドの下に入れておいたから、忘れずに持って行きなさい」

「…うん」

「大丈夫。ずっと一緒だから」

「もう寝なさい。いい、さっき言ったことを、守るのよ」


 ベッドに潜ると、照明が消える。

 リーナの寝息が聞こえ始めると、私は眠気すら気づかないうちに、眠ってしまった。

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