第7話 2-3.マンガ家になるのはやめておこう
得意で好きなはずだったマンガだが、良いアイディアも出なくなってきた。
宇宙ノミでほじくった後、外の宇宙へ侵入していくストーリーはパラレルワールドで同じ地球があって同じ人間がいて…という風に考えたが、自分で描いていても、どこかで読んだことのある展開のような気がして、もっとオリジナリティ溢れる発想が出てこない自分がもどかしかった。
絵の方もなかなか上達せず、絵の教室に週一回通っているのだが、デッサン力が身につかなかった。
根気がなく、細かい部分を描き写すのがだんだんと苦痛になり、絵のバランスが取れないと投げ出したくなってしまう。
『みんなのマンガ』第一号は三年生の終わりに、二号は四年生になった五月のゴールデンウィーク明け、三号は夏休み前、と発刊のペースも早くなっていった。
おとなしい隆彦と違って、メンバーにあれこれ指示をしたがり、クラスに向けてマンガクラブのことや会誌のことなどを発表したがる副リーダーの大村はその発信力からマンガクラブの発展には重要な人物だったが、前に出たがる性格が徐々にメンバーから煙たがられていった。
二学期に入った頃になって『みんなのマンガ』四号の締め切りをいつにするか、ということについて、マンガクラブのメンバー間の考え方の違いが表面化してきた。
早く進めたい大村と、もう少しじっくりと作りたい隆彦や香田達とで意見の対立が生まれた。
元々、マンガクラブの色々なことをやや強引に進める大村のやり方を隆彦や香田は良く思っていないが表立っては言わなかったのが、自分達の主張を出すように徐々に変わりつつあり、今まではどこか怖れていた大村との対立も辞さなくなっていた。
十月でマンガクラブ結成一周年なのでその前に何としても第四号を発刊したい大村と、一周年は別の話で良い物ができたら出したい隆彦、香田とあと二人のメンバーとで九月終わりの土曜日に言い合いとなった。
隆彦達の方が多数派になるのだが、弁の立つ大村一人にどちらかと言うと言われっ放しとなっていた。
「本を出す時は締め切り作るのが普通やろ。今までは俺らのマイペースでやってきたけど、五年生になったら本格的にマンガ家目指して描いていくんやろ?そしたら締め切りのプレッシャーにも慣れていかんと」
言われてみると大村の言うことはもっともに聞こえた。
対して隆彦達は感覚的にしか言い返せない。
「でも今のうちは締め切りに追われるよりももうちょっとじっくり描きたい」
隆彦は言いながら、自分達は少しゆっくり休みたいだけではないのか、という気がした。
結成当初は楽しかったが、マンガクラブの存在感がクラスで増すごとに活動のペースが早くなり、何事にもペースの早い大村が主導して日々動くようになり、いつの間にか、大村が決めたことに隆彦や香田はついて行ってる感じになり、自分達のペースを見失っていた。
『みんなのマンガ』の発刊ペースをスローダウンしたいという意思は、隆彦と香田が今一度自分達とマンガクラブ全体について見直したい、その上で五年生からの本格的活動に備えたい、と思っていたことから来るものだったように思うが、はつきり自覚的にそう思っていたわけではないために上手く自分達の考えを大村に伝えることができず、ただ怠けたいだけのように大村には聞こえただろう。
結局、話は平行線となり、隆彦は「一旦解散して出直そう」と口に出していた。
自分達のペースで描けないのなら解散した方がましだ、と思えた。
週明けの月曜日、学級会の時間にマンガクラブのメンバーが壇上に立ち、解散の発表をすることとなったが、隆彦は自分や香田のスローダウンしたいという気持ちを上手く説明できず、しどろもどろになった。
突然の発表で、マンガクラブに所属していない、または所属していても隆彦達と大村との対立の外にいるメンバーにとっては寝耳に水で訳が分からない。
担任は男の先生で『みんなのマンガ』を全部読んで感想を言うなどマンガクラブの良き理解者だったが、隆彦達が突然解散する、と言い出したことについては厳しく、「今まで学級会で時間取って『みんなのマンガ』の宣伝したり活動への協力を募ってきた責任をどう思うんや」
と解散することについてクラスのみんなに納得のいく説明を求めた。
説明がができないことにはマンガクラブの解散は保留、担任預かり、ということになった。
その後『みんなのマンガ』の原稿を描くのはやめたが、土曜日に隆彦、香田とあとニ、三人の少人数で集まり、自分達の原点を思い出すべく、好きなように描く、ということをやっていた。
十一月になって学級会で再度先生から説明を求められた隆彦は
「解散はしません。ただ、僕はマンガクラブから抜けることにしました。香田やあと三人のメンバーもです。マンガクラブは、大村君が中心になって今後も活動して行きます」と言ってから、大村に拍手を送った。
それに合わせて、クラス一斉に拍手が起こった。
大村は訳が分からない、という表情をしていたが、拍手が起こったので立ち上がり、挨拶を始めた。
「これから、今まで以上にマンガをガンガン描いて、会誌をガンガン出します!」
大村らしい猛烈な宣言に、笑いが巻き起こった。
隆彦と香田を中心に立ち上げたメンバー五人ほどの新たなマンガクラブはその後も土曜の午後に集まったが、徐々に尻すぼみに終わっていった。
マンガクラブに残った形となった大村達も、はじめは彼らだけで集まっていたが、やがて集まらなくなっていったようだ。
黙々と描き続けたい隆彦や香田達と、発信も大いにしてマンガクラブを発展させたい大村達とが上手く織り交ざっていたから前に進むことができていたのかな、と四年生の三学期になってだんだんと土曜日の午後に集まる友人が減って行き、隆彦と香田だけだったり、誰も来なくなったりした時に、そう思った。
それでも、マンガ家になりたいという希望を隆彦は持ち続けていて、マンガは描き続けていくつもりだったが、ある日、父と話していて、マンガ家という職業の不安定さについて具体的に説明された。
父も自営のグラフィックデザイナーだが、マンガ家もそうで、日曜日に休むことなどは望めず、収入はマンガの売れ行きに左右され、マンガが当たれば当たったで忙しさで眠る時間もなくなる。どっちにしても地獄だ。
父の言うことには、大人の実感がこもっていた。楽しみで描くのなら良いだろうが、マンガ家になるというのはそういうことではない。それもそうだと思った。隆彦は、あっさりとマンガ家になることはやめておこうと思った。
考えてみれば、マンガクラブの活動ペースが速まったぐらいであっぷあっぷして解散するとか言い出したりしたが、プロのマンガ家ともなればその数十倍のスピードで描いていかなくてはならない。とても自分にはできない。
父との会話を香田達仲間にも話すと、みんな同調した。香田もマンガ家になる、と言っていたが、あっさりと「やめとこう」と口にしていた。
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