第4話 1-4.長屋と上の住宅街、そして幼稚園
長屋の子供達とする遊びと、小さな坂を登った上にある住宅街の子供達とは、遊びの内容が少し違って、住宅街の子供達がしている遊びの方が、ボールを使ったり、かくれんぼや鬼ごっこでも、ルールがしっかりしていて、ダイナミックな感じがした。
住宅街の方が道も広く、動き回る範囲も広がる。
「このあたりの、長屋も、上の住宅街も、ぜんぶ病院やったんやで、戦争中。病院の中で死んだ人が多かったんやて。この家も病室やったんやて。家の前の道も、その上の道も、病院の廊下やったんやて。それで、橋の所に今でも包帯巻いた幽霊が出るんやで…」
そんな話を、隆彦の両親はよくした。
だから夜中に変な音や声のようなものが聴こえるのかな、と思った。
隣りの家からも裏の方からも常に音は聴こえるし、裏では猫が鳴いたり暴れたりしている。
自分がかぶる布団の衣擦れの音も聴こえるが、それらに混じって、よく分からない音も夜になると聴こえていた。
長屋の子達の多くは長屋のすぐ裏にある保育園へ通っていたが、隆彦は毎朝バスが迎えに来る幼稚園へ制服を着て帽子を被って行っていた。
帰って来ると、長屋の子と遊んだ。
幼稚園年少組の時、集団遊びの時に外されるなどの意地悪を回りの子にされた。
隆彦には回りの子達と比べて動作が遅いところがあり、意地悪をしたくなる誘惑を起こさせるようだ。
集団生活になると目立つ隆彦のこうした特徴は、この幼稚園年少に始まって、その後の人生でも何度か回りからの意地悪やいじめを誘発した。
幼稚園で会う子供達は全員同じ年だが、長屋の子供達とは違って、何か得体の知れない、仲良くなれない、隙を見せれば意地悪をしてくる生き物のように思えた。
当時、いじめという言葉や概念があったのかなかったのか、先生もそれを黙認しているような節があった。何なら一緒になって隆彦の動作の遅さを攻撃してきた。
発表会の時に、人数合わせか、隆彦は女の子のグループに入れられ、他の女の子二人と並んで台の上に登らされ、紙で作ったパンの絵を描いた帽子を被り、
「私達はジャムパンです」
とのセリフを言わされた。
男の子達のセリフは「僕達はアンパンです」
ジャムパンは女性のイメージかあり女の子の役とされ、隆彦はどこか男の子らしくない感じがあってそちらへ入れられ、子供なりに屈辱を感じた。
幼稚園年少の一年間、幼稚園では一言も喋らなかった。
家に帰ると母親に幼稚園での出来事を聞かれ「意地悪された」と言うと「あんたが悪い、みんなと仲良くせなあかん。友達は自分から作らなあかん」と怒られた。
それを聞いて、隆彦は紙や粘土や竹ひごなどを使って手作りでハリボテの人形のような『ともだち』を作るイメージを思い浮かべていて、母親から言われたことを正確には理解できていなかった。
女の子としてジャムパンを演じた発表会を見に来た父親からは「情けない」と吐き捨てるように言われた。
幼稚園の年長になると隆彦に意地悪していた子は別のクラスになり、先生も優しい感じだった。
少し気が楽になり、慣れてくると、自分よりも動作のゆっくりとした子がいることに気付いた。
その子のスローモーな動きのお遊戯などを見て、はじめのうちは笑い、そのうち、自分が年少の頃言われていたのと同じ「遅いねえ」「とろいねえ」「みんなが迷惑してるんやぞ」などという言葉を言うようになり、その子が歩いているところにわざと足を出して転ばせるようなこともするようになった。
その子が泣くと、隆彦の中の残忍な部分が喜んでいるのが分かった。
園庭や廊下で年少の頃いじめられていた子と顔を合わせると、はじめのうちは小突かれたりいびられて小さくなって何とかやり過ごしていたが、自分よりも弱い子をいびっているうちにだんだんと自信がついてきて、ある日、廊下でわざとぶつかって来られて「あやまれ」と立ちふさがれた時、肩を強めに突き飛ばしたら、年少の頃隆彦を散々いびった子が後ろにすっ転んで、泣き出した。
回りの子供や先生が駆け寄って来て隆彦は怒られたが、何とも言えない快感と誇らしさを覚えていた。
その事件を機に怖いものがなくなった隆彦は一転、活発になり、クラスの中でも幼稚園バスの中でもよくしゃべるようになった。
同じ幼稚園の、比較的近い地域に住む子供達と幼稚園が終わった後、よく遊ぶようにもなった。
隆彦にとっては、自分の家がある長屋、そこから小さな坂を上がった住宅街から、さらに外のエリアだった。
少しやんちゃなところのあるその仲間達とは「かっこ悪いやつを見つけてやっつける」などと称する遊びを始め、その辺の路地を歩いて見つけた自分達よりも弱そうな子供を見つけて泣かせる、などのひどいことをしていた。
そのうち、その子供達と仲間割れをしてケンカになり、隆彦とそのグループの一番強いやつとの対決となり、釘の刺さった板で頭を殴られ泣いて家へ帰った隆彦に、父は「泣くな男のくせに情けない、ケンカの時は耳を引っ張るんや、今度は負けるな」と怒鳴った。
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