第2話 1-2.反対どなりの謎の家
隆彦は夜、寝付きが悪く、布団に入ってから実際に眠りに入るまで時間が掛かる。
その間、布団やシーツが擦れる音がいつも気になる。隆彦の父は家で夜遅くまで仕事をしていて、時折、舌打ちの音が聞こえる。
「どあほが」などとの独り言も聞こえる。
隆彦や母にもよく怒鳴る父なので、父の舌打ちや悪態が自分に向けられているのではないか、と隆彦はいつもびくびくしていた。
眠れないままに、色んな空想をする。
今テレビでやっているマンガや、子供向け特撮番組の続きの話を勝手に考えたり、新しい怪獣を考えたりする。次の日に覚えていたら、昨夜考えたことを紙に描くこともある。
宇宙人は居るのか、ということも考える。
この世界は、どうなっているのか。
地球の外は広い宇宙で、宇宙空間から見ると、地球なんてほんの点のようなもの。その地球の表面に生きる自分の存在はとてつもなく小さい。そんなことが不思議だし、怖かった。
隆彦よりも少し上の小学校一、二年生向けの、宇宙の謎や色々な謎について書かれた本を、本屋へ行った時、親へ頼んで買ってもらって何冊か持っているが、どの本も、繰り返し、隅から隅まで、食い入るように読んだ。
夜眠れない時は、本の内容を思い出し、書いてあったことについて考え、十何年後かに迫ったハレー彗星の地球への接近と激突の可能性とか二十数年後のノストラダムスの世界の破滅の予言のこととかを考え、ますます眠れなくなり、ハレー彗星が地球に激突しないことを祈り、ノストラダムスの大予言が外れることを願った。
それでも眠れない時、壁の向こうが気になった。
マーチを聴かせてくれるおっちゃんとは反対側の家に接する壁際で隆彦は寝ている。その家には無愛想なおじさんとおばさんが居て、子供も二人居るが、中学生ぐらいで、隆彦一家とはあまり交流がない。
隆彦にとっては言わば謎の家だが、自分の家と謎の家に接する壁と柱の継ぎ目に小さな隙間が空いていて、光が漏れていることがあった。
いつもなら、暗闇に差し込んでくる淡い光をただ眺めながら眠くなるのを待っているのだが、隙間の向こうはどうなっているのか、そこでは何が行われているのか、この目で見てみたい、と少し思うようになり、たまたまこの日は、ノミを布団に持ち込んでいた。
父親がぶつぶつと悪態を垂れながら仕事に没頭していてこちらには意識を向けていないことを確認して、隆彦はノミを取り出し、古い土壁と柱の間の隙間の間に食い込ませ、少しずつ壁を削り始める。
少し削ると、古い壁はもろくも崩れ、謎の家の様子がはっきりと見えた。
ランニングシャツとバミューダパンツ姿のおじさんが床に肘をつき、ゴロゴロしていた。うわっ、と隆彦は内心驚き、ここまではっきりと見えてしまうとさすがに罪悪感のようなものを覚え、目を背けた。
父が仕事を終えて布団に入り、ラジオの音が聴こえて明かりが煌々と灯っていた父の周囲が、暗く、静かになるその時間帯まで眠れないこともしばしばだった。
音が消え、布団やシーツの衣擦れの音はさらに鮮明になり、毎時間ちょうどになると時間の数だけボーン、と鳴る柱時計の音で時間を知り、気持ちが焦る。
十一時だと、ボーン、ボーン、ボーン・・・、と十一回鳴る。十二時だと十二回。その中間の三十分おきに、ボーン、と一回だけ鳴り、もう三十分経ったのか、と愕然とする。
柱時計の音が鳴るたびに、ああ、眠れない、どうしよう、このまま朝になるのか、と思うが、実際に朝まで眠れないことはなく、柱時計の音が十二回を数えるのを聴いたこともなかった。
家の柱時計の音と前後して、大抵は少し遅いタイミングで、となりの家の柱時計の音が、くぐもって聴こえた。全く同じ、ボーン、という音。おっちゃんの家の方からも、謎の家の方からも、少しずれて聴こえ、重なることはなかった。
普段は両どなりとも、柱時計の音やわざと聴かせてくれるマーチ以外では静かだった。
隆彦の母は両どなりの家や近隣の家に小さな兄妹の居る家からの物音で迷惑を掛けないよう、夜八時を過ぎたら物音を立てないように、と口酸っぱく言った。テレビの音も極力小さくさせられた。しかし父は仕事中、常にある程度の音量でラジオをつけていた。
隆彦も寝付けない夜を過ごしながら父の聴くNHK第一放送を毎晩聴き、番組のタイトルやテーマソングのメロディーを覚えた。
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