1-29 フラグはキャンセルできませんでした

 凄まじい破壊音が鳴った。大地は揺れ、鳥たちは木から飛び去り、村人たちはみな地面にすわりこむ。京が振り下ろしたデッキブラシは、魔草の埋まる地面に大きな亀裂を産んだ。


「み、見ろ!」

「魔草が大人しくなったぞ!」


 亀裂の入った部分からは陽の光が差し込み、いくつかの魔草は萎れたように動かなくなる。危険を察知したのか、ほかの魔草は京に向かい、無数のツルをのばし始めた。


「うわ、きもちわる」


 その反応の、なんと薄いことか。京は襲いかかってきたツルごと、地面を殴りつけた。いくつツルを伸ばしたところで、京の振り下ろすデッキブラシには勝てず、無残な残骸になり果てる。


 何度もツルを叩き潰すうち、やがて亀裂はどんどん先へ伸びてゆき、枝分かれしてあたり一面を亀裂だらけにした。


「なんだ、これは。なにが起こってるんだ」

「すげー……」


 村人たちは、目の前に広がる光景に呆然とする。いままで駆除できなかった魔草。そのほとんどが、萎びたように停止している様は、いっそ都合のいい幻覚だとさえ思ってしまいそうだった。

 京のほうはというと、地面を割るという荒技で魔草を仮死状態にし、最後にとどめを刺そうとした途中で、ピタリと動きを止めていた。


(そういえば、魔草って何者なんだろうか)


 魔物は、その体内に魔石を有している。

 そして、魔石は売れる。


 京は考えた。もし、魔草が魔物だとしたら、魔石を落とすのではないか。もしかしたら、魔石が大量に手に入るのではないか。


(だとしたら、殴ったら砕けちゃうかも)


 京はいままで大量に魔物を倒してきたが、魔石を回収したのはダンジョンにいた魔物からのみだった。子ドラゴンに与えるため、オークの肉を解体したときは魔石は見当たらなく、そのことをホロに聞いてみたところ、デッキブラシで魔石を魔物ごと粉砕してしまったのではないかと言われたのだ。

 もし、魔草を力いっぱい殴ったら、魔石が回収不可能なほど、木っ端微塵になってしまうかもしれない。それは少し、勿体無い気がした。


 手に持ったデッキブラシの向きを急遽変え、柄の先端を地面に向ける。村人たちが何をするのかと様子をうかがっていると、京は地面の亀裂と魔草の根のあいだに、柄の先端を突き刺した。


「ん、んんん?」


 ぐりぐりとデッキブラシを動かし、いい位置を探る。手応えのあるポジションを見つけ、そこに先端をしっかり差し込んだ。


「あれは何をしてるんだ」

「さぁ……」

「岩をテコで動かすときと似てるな」

「……もしかして、魔草をあれで引っこ抜こうとしてるんじゃないか?」

「まさか! 二メートルあるんだぞ?」


 京は周りの喧騒をそのままに、デッキブラシを折る勢いで体重をかけた。


 メキメキメキッ!!


「おお、引っこ抜けた!」


 地面からものすごい力で持ち上げられた魔草は宙に浮き上がった。そして──


「抜けたやつが浮かびあが──いや待て」

「なんだ、あれ。繋がってやがるぞ!?」


 根の部分が繋がっていたのか、連鎖的にほかの魔草までが地面から引きずり出されはじめた。


「……」


 ずろずろと、文字通り芋づる式に土から抜けていく様は爽快だ。その光景に村人たちが盛り上がっていくのに対し、京は無言で魔草を引っこ抜いていく。その作業が終わる頃には、空は薄くオレンジ色に染まっていた。 


「魔草が……」

「ぜんぶ、抜けた」

「やったーーーー!!!!」


 大地から養分を奪い、村人たちにちょっかいをかけていた大量の魔草が、一人の冒険者によって全て片付いた。このことに、村人たちは安堵と興奮で歓声をあげる。


「冒険者様!」

「ああ、ありがとう、ありがとう」

「感謝いたします!!」

「あー、はは、どもっす」


 京は大勢に感謝を述べられ、愛想笑いをした。魔草を無事すべて活動停止に追い込んだというのに、すごく顔色が悪い。村人たちの喜ぶ様子も相まって、余計に具合が悪く見える。事実、京は胃が痛くて仕方なかった。


(まずい、まずいぞ……)


 冷や汗をだらだら垂らし、手に力を込める。その姿はまるで、コロシアムに放り込まれたときのようだった。

 なぜこんなにも追い詰められているのか。そう。彼女は、魔草を抜いていく過程で、ある重要なことに気がついていた。


(この魔草、根の端が一点に集中してる)


 隣の魔草から隣の魔草へ、一直線に繋がった魔草の根っこ。一見すれば、ただ無造作に、大量に生えていただけに見える。しかし、魔草を地面から抜ききった、根の全容が地上に現れたいま、これらが扇状に並んでいたことが明らかになった。


 そして、それは村の外の森を向いている。


(よく見たら、森にいちばん近い魔草の根っこがぜんぶひとつに集約されて、森に向かって一直線に続いてる──!!)


 京は悟った。この魔草の大量発生の元凶が、この根の先にいるのだと。


 彼女は焦った。その地でなにか異変が起こるときには、だいたい元凶ボスがいる。ゲームだろうが小説だろうが、物語とはそういうものだ。日本ではゲーム脳だのと言われ、病院まで紹介されるかもしれない考えだが、ここは異世界。ダンジョンも魔物も当たり前に存在する場所だ。ダンジョンの最奥にはボスがいるとホロからも聞いていたし、地上にボスがいても不思議じゃないだろう。とにかく、根っこの先になにか不吉なものが在るのは間違いない。


(か、隠さなければ)


 村人たちに、この根のことを勘ぐられないようにしなければ。もし、このことがバレれてしまえば、きっと──


(ボスを倒してくれと懇願されるにちがいない!!)


 無理だった。荷が重かった。頼られるのは嬉しいが、大勢から頼られるのは責任の重さが違う。頼られるより、頼るほうの多かった京は、そもそも、この感謝の雨あられな状態でもう既にキャパオーバーだった。


(とにかく、この魔草の、憎いほど規則正しい並びをいますぐぐちゃぐちゃにして隠蔽しなければッ)

「冒険者さん、なにを見てるんですか?」

「はうあッ」


 京は根に集中するあまり、村人たちが周囲に近づいてきていた事に気づかなかった。村人たちは、彼女が熱心に見つめていた魔草を見て、なにかを悟ったように顔を見合わせる。やがて、視線は一点へ集中していった。


「冒険者さん」

(やめてくれ〜、なんも言わないでくれ〜)

「あなたは気づいていたんですね」

「な、なんのことだか……」

「この魔草は、森に続いている」

「ウ」

「そして、いるのですね。この先の森に」


 ──魔草を大量発生させた何かが。


 村人の一人が、まるで根の向かう先に何かいることが確定しているかのように尋ねた。その瞳は揺るぎのない確信の色を灯しており、京はボスがいることが単なる予想でなく、本当の事なのだと認めざるを得ない状況に陥った。この世界を自分よりよくわかっている人間の反応が、詭弁に語っているのだ。ボスが絶対に存在することを。


(現実逃避する隙を失った……退路を断たれてしまった……またフラグが折れなかった!!)


 星の森でのフラグより回避しやすかったはずなのに、まんまとその機会を逃してしまう。京はなぜもっとはやく動かなかったのかと自分を攻めた。涙まで流している。ガチ泣きだ。それをどう受け止めたらそうなるのか、村人たちは独自の解釈で京を褒め称えはじめた。


「ああ、冒険者さんは、我々に心配かけまいとこの事を黙っていようとしたのですね!」

「ちげぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「なのに気づかれてしまって、不甲斐なさで涙まで……」

「なんて村想いなんだ!」

「はなしを聞け〜〜〜〜〜!!」


 もう、なにを言ってもお祭り状態の村人の耳には届かない。京は、物語がオートと倍速で勝手に流れていく感覚を体感している気分になった。


「して、冒険者様」


 村長が京に話しかける。そのタイミングで、村人たちが一斉に京に視線を向けた。さっきまで笑顔だったのに、いまはみんな悲しそうな顔をしている。言葉でわかりやすく表すならぴえんである。

 京は息を呑んで、そして念じた。この先の言葉が、どうか「お疲れさまでした」とねぎらう言葉であれと。だが、そう簡単に帰してもらえるなら、序盤から帰してもらっている訳で。


「どうか、このノク村をお救いください」


 いちど受けたクエストは、現実リアルでは取り消しなどできないものなのだなと、京は引き笑いした。

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