1-28 脳筋単細胞

「難易度に嘘を書いた?」


 村長は京の前に正座して、人差し指と人差し指をつんつんした。


「はい……ほんとうは、難易度が星四つのところを、星一つに改竄かいざんしたのです」

「か、改竄」


 京は頬が引き攣った。


「改竄なんてできるんですね……」

「ギルドにクエストが張り出されたあと、村の若者にこっそり書き直させたのです」


 シュンと項垂れる村長や村人たちに、呆れるより先に、恐怖がわき起こる。難易度が改竄できる。それすなわち、今後も京が受けたクエストが、適正な難易度で受けれる保証が無いということだ。


(ギルドのクエスト管理が杜撰ずさんすぎる。これからの先行きが不安だ)

「嘘をついたことは謝ります。でも、どうしても仕方がなかったのです!」

「仕方がなかったって?」

「こうでもしないと、そもそもクエストを受けてくれる冒険者がいないのです」


 クエストは難易度の高さによって報酬の豪華さが変わる。それは周知の事実で、ギルドが出す報酬のほかに、依頼主側からも報酬を用意しなければならない。しかし、村はそれほど裕福ではなく、星四つのクエストに見合う報酬が用意できなかった。このままでは冒険者はクエストに食いつかず、魔草は駆除できないまま。ならば、報酬が払える程度の難易度に変えてしまえばいい。村長の言い分はこうだった。


「しかし、魔草関連のクエストは簡単すぎて、逆に誰にも相手にされず……報酬も微々たるものですから、この村までやってくる冒険者様はアナタで初めてなのです」


 はなしを終えた村長はとても小さく見えた。よほどいまの状況が堪えているのだろう。よくよく周りを見てみれば、村人たちはみな、細くてボロボロな姿をしている。魔草に養分を吸われ、作物が育たないと言っていたし、食べるものも無いのではないか。


 京が同情的な眼差しで村長を見ていると、背後から子供を連れた女性が出てきた。


「最近の冒険者様たちは、階級を上げるため、見せ場を作れる華のあるクエストを選びがちです。ですが、魔草は燃せばそれで終わり。直接お願いしに行っても、やりがいが無いと無視されてしまうのです」


 女性の言うことに、京が申し訳なさそうに手を挙げる。


「あ〜、すみません。階級をあげるには華が無いとだめなんでしょうか」

「そういえば、冒険者様はまだF級でしたか。いまのギルドは階級制度というものが導入されていて、階級が高いと各国での待遇がよくなるらしいんです」

「まじかよ」


 京はこの階級制度という存在をまったく知らなかった。目からウロコである。


「因みにその待遇はどんな感じで?」

「詳しくは知らないのですが、特定の宿がタダで泊まれるとかなんとか」

「あ、ふーん」


 急に興味が失せた京に、女性は困惑した。ふつうの低級冒険者なら、目の色を変える案件だからだ。


 冒険者にとって宿代は重要である。冒険者には所属するギルドが構える国に籍を置くものがほとんどだが、その誰もがその国に定住できているわけではない。ある者は国の外の森に野宿し、ある者は借家を借りて住むか、宿を転々として生活している。

 宿を転々とする冒険者がいちばん金がかかるが、宿代が浮けば浮いたぶんの代金を別に回せる。生活の質を上げられる。安定した生活のため、みな階級をあげようと必死なのだ。しかし、京にはそんなの関係なかった。


(宿代とか、私はソルジオラに引きこもる予定だし、お城に部屋があるから関係ないや)


 階級が下の冒険者は報酬がいいクエストを受けられないので宿を借りることもできないが、京にはすでに拠点がある。それに、無理して稼がなくてもお城の飼育係の給金があるため、階級上げに躍起になる理由がないのである。


(まぁ、なかには承認欲求を満たしたくて階級を上げたいやつもいるんだろうな)


 京がやだなぁ、と意識を飛ばしはじめたころ、村長が咳払いをした。


「とにかく! 冒険者様が帰ってしまったら、次の冒険者様が来るのがいつになるのかわからんのです。だからどうか、魔草をどうにかして下され!」


 でなければ村人が全滅してしまうと懇願する村長に、京は頬をかいた。


(どうにかしてやりたくはあるんだけどな)


 京は先ほど前に出てきた女性の子供を見る。この子供も周りの大人と同じようにボロボロな装いで、なにより周りの大人の倍は細く見えた。京は食べることが好きな人種だった。食事をとれないのはとても辛くて、悲しいことだ。


 魔草がなくなれば、作物が育って、彼らが沢山食べられるようになるだろうか。


「……私、たぶん破壊しかできないんですけど、もし村の為にやれることがあるなら、頑張ろう……と、思いま、す!」


 自分にできることなどあるだろうか。また周りに迷惑を撒き散らしたりしてしまわないだろうか。諸々の不安を抱え、つっかえながらも伝えた決意は、村人たちを喜ばせた。


「ありがとうございます!」

「ではさっそく魔草のところへ──」

「アッ、それは無理」


 また吊るされるなど御免な京は、手を突き出して静止の構えをとった。村長の背後に控えていた男三人集が止まったのを見て、息をつく。


「闇雲に突っ込んでも魔草の玩具にしかならないんで。飛んで火にいる夏の虫なんで」

「はぁ……ですが、はやく対処しなければ。いまはなんとか持ちこたえていますが、子供たちはもう限界です」


 できることなら、いまこの場で解決してやりたい。しかし、魔草はいくら切ってもツルが無限に生えてくる。


(炎以外の弱点は無いのか?)


 魔草は火を付ければ灰にできる。でも火は使えない。切るのも無駄。あとはどうしたらいいのか。

 あれこれ考えを巡らせていた京の頭にふと、クエスト募集の紙の文面がよぎった。


「村長さん、クエスト募集の紙、クエストの内容はたしか『草を根から根絶させられる人希望』でしたよね」

「ええ、その通りですが、それが何か?」

「魔草って、もしかして根っこを引っこ抜くと動かなくなるんですか」


 ノク村の住民は最初に来たとき、たしか農具のようなものを持っていたと記憶している。京はツルに対抗するための武器だと思っていたが、あれは地面を掘り起こすための道具ではないか。地面を掘り起こされたら困るから、魔草は足元を狙ってくるのではないか。


 京の予想は、村長の肯定によって正しいことが証明される。

 

「そうです。魔草は根っこが陽の光に当たると、再生もしなければ動くこともない。活動を完全に停止してしまうのです」


 魔草の弱点たる習性。

 根に陽の光を当てること。


 弱点を聞いた京は、少し思案する素振りをしてから、デッキブラシを持って魔草の近くまで移動した。

 一方、村人たちは彼女がなにかすごい作戦を思いつき、いまからその策を実行するのだと、期待を寄せる。


 魔草の前まで辿り着いた京は、片足で地面を踏みつけ、硬さを確認した。


「……よし、やるか」


 京がデッキブラシを振り上げる。

 村人たちは固唾を呑んでそれを見守る。


 ところで、京は先ほど、村人たちからとても神妙な顔をして考え事をしていたように見えていた。


 しかし、その表情の持続時間は約三秒。

 時間の短さからお察しの通り、京は神妙な顔のわりに、なにも考えていなかった。


(要は、陽の光が根っこに当たればいいんだ)


 燃やせないから毟るだなんて、非効率が過ぎる。全ての魔草の根に陽の光を当てればいい。陽の光を当てるには──


「地面が、邪魔!!!」

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